第22話 世界樹からの謝罪
森の中、装甲車を走らせる。
枝や石など障害となる物がいくつか進路を遮っているけど、構わずに吹き飛ばしながら進む。
一際太い枝が進路を遮る。
枝はウネウネと生きているように蠢いており、明らかに他の枝とは違う。
「任せた」
「よくこんな物まで持ち込んでいたわね」
天井にあるハッチを開ける。
装甲車の上には大型ライフルが取り付けられている。
使用する弾丸は徹甲弾。
装甲車の中から上半身だけを出したミツキが進路を遮る枝に狙いを定めて引き金を引く。
「お見事」
「いや、威力が強力過ぎるでしょう」
正面にあった枝だけでなく、後ろで控えていた枝すらも吹き飛ばしてしまった。
徹甲弾の通った跡の道が出来上がっていた。
【射撃】のスキルを持つミツキだからこそ分かるが、通常の徹甲弾を超える威力だ。
「どうやら、ある国で秘密裏に開発されていた弾頭みたいで、これ以上研究を続けられると危険だから研究資料は全て処分して完成していた実物については全部回収させてもらったんだよ」
とはいえ、数年後には研究が続けられるだろう。さらに発展している可能性だってある。
全くの無駄な行動に終わる可能性が高い。
「それでも研究そのものは無駄じゃなかった。こうして俺たちの役に立ってくれるんだからな」
「そう、よね」
「だから、邪魔をする枝は全部その弾丸で吹き飛ばせ」
ミツキがライフルを構える。
しかし、たった一発の弾丸で恐れを成してしまったのか枝は邪魔することなく退いて行ってしまった。
「あ、あれ……?」
全ての吹き飛ばすつもりでいたミツキとしても拍子抜けだ。
「この反応……」
一見、怯えているだけのように見える。
事実として怯えているのは間違いない。
しかし、その怯え方が過去へ戻ってくる前と同じだ。
「――覚えているな」
ビクッと枝が跳ねて反応する。
森を支配する『世界樹』はしっかりと俺の言葉が聞こえていたらしい。
「このまま突っ切るぞ」
☆ ☆ ☆
さすがに垂直離着陸機を使った時よりも時間が掛かってしまったが、それでも普通に森を探索するよりも早く集落へ戻って来ることができた。
あれから半日程度しか経過していない。
にも関わらず戻って来るとは思っていなかった。
「さて……」
目の前には鎖で拘束された長老がいる。
さらにはガヴァロを始めとした獣人の兵士たち。彼らは最後まで長老を守ろうと抵抗を続けていたが、既に相手にならない事は時間を巻き戻す前に証明済み。おまけにガヴァロはマコトによって簡単に倒されていた。
「どういうつもりだ!?」
喚く長老。
時間を巻き戻す直前とは大違いだ。
今、目の前にいる長老にしてみれば俺たちは全くの初対面の相手。
それが、今回は有無を言わせずに守る為に立っていた兵士を薙ぎ倒して一番偉い人物を拘束。
本人にしてみれば訳が分からない。
「あんたが知る必要はない。あんたが占い婆から未来に何が起こるのか教えられて俺たちに守護聖獣を倒させようとした事、さらに疲れたところを『世界樹』に襲わせて養分としようとした事。全部知っている」
「ど、どうして……!」
信用の置ける側近にすら教えていない情報。
唯一、知っているのは占い婆ぐらいだが、彼女が裏切る可能性は全くないと言っていいほど低い。
「さあ、どうして未来で起こるはずの出来事を知っているんだろうな?」
「……そうか、『聖典』の能力か!」
「さすがに知っていたか」
長生きをしている長老は『聖典』についても知っていた。
あれが未来を記した日記などではなく、日記に記された過去へと跳ぶことが可能な魔法道具である事まで知っている。
なら、話は早い。
「あんたの計画は途中までは上手く行っていた。けど、全ては過去へ戻られてしまったせいで失敗に終わった。それだけの話だ」
現実を突き付けられた長老が唇を噛み締める。
頭の上にある狐耳は怒りからピンと立っている。
「こちらの要求はただ一つだ。人間と仲良く魔王を討伐しろ」
「ハッ、人間共と協力など絶対に不可能だ」
獣人の人間に対する恨みは根深い。
特に大昔から生きている獣人ほど恨みが強くなる傾向にある。
それだけ苦労して来た、という証拠だ。
「お前らは何も知らないから『人間と協力しろ』などという事が言える!」
「そうだ。俺たちには関係のない話だ」
異世界からの勇者に頼らなければならないほど世界は窮地に追い遣られている。
既に召喚が成された以上、この世界にいる全ての人々は協力しなければならない義務が生じる。
「全員が一丸となって魔王討伐に向けて動き出さない。それ以外の事をする。俺たちに邪魔にしかならない連中なら世界にとっても必要ない存在だ」
怒りを抑える長老の額に銃口を突き付ける。
どんな武器なのか見ただけでは分からないが、勇者に武器を向けられているというだけで脅すには十分な威力がある。
「ま、待て……!」
「待つ必要を感じないな」
「分かった! 協力する。人間たちと手を取り合ってでもお前たちを元の世界に帰す事を第一優先に動く事を約束しよう!」
「長老!」
拘束されて転がされていたガヴァロが叫ぶ。
ガヴァロはまだ若いが、それでも人間への恨みを抱くには十分な時間を生きていた。
「無駄だ。他の選択肢は獣人が滅ぶ以外にない」
俺の表情から既に獣人と人間の間で戦争が起こった場合には、俺たちが人間側に付くことは予想されてしまっている。
本格的な戦争になった場合、勝敗は目に見えている。
「そんな選択を選ぶことはワシにはできない」
「長老……」
結局、長老が折れるしかなかった。
「お前もだぞ」
『世界樹』を指差す。
まるで森全体が怯えたような気配が伝わって来る。
「どうして時間を巻き戻す前の事をお前が覚えているのかは分からないけど、お前自身が覚えているなら俺たちが何をされたのかは覚えているはずだ。慰謝料を請求させてもらおう」
「―――――」
静かな風の音が響き渡る。
――ポワッ。
集落の近くにある『世界樹』の根元から光の球体が現れる。
球体は根元を転がると弾けて中にあった物の姿を現す。
「これは……」
現れたのは木製の杖。
木の紋様が『世界樹』と似ている事から『世界樹』を切り取って作られた杖みたいだ。
「せめてもの謝礼っていう事かな」
一度収納してみる。
たった、それだけで物の秘めた効果まで分かる。
「これは、お前に渡すよ」
「私?」
杖をユウカに渡す。
世界樹の杖には、周囲の魔力を取り込んで使用者に還元する効果。さらに杖を所有した状態で放った魔法の威力を高めてくれる効果がある。
パーティメンバーの中で魔法をまともに使えるのはユウカぐらいなため自然と彼女に渡すしかなくなる。
杖を軽く振るう。
振るわれた軌跡に沿って放たれた風の刃が普段よりも幾分か強化されているように感じられる。それに簡単な魔法とはいえ、魔力を消費したはずにも関わらず既に回復しているように見える。
間違いなく今後は有益な存在となってくれる。
特別、恨んでいる訳でもなかったが許してあげることにしよう。
「じゃあ、今の言葉を忘れないように。もしも、魔王と戦うようなことがあった場合には全力で助けてくれよ」
「……善処しよう」
言質は得た。
困った時には最前線で善処してもらおう。
「悪いが、そう簡単には行かないぞ」
「と、言うと?」
拘束されたまま睨みながらガヴァロが言う。
「ビルツ様がいる。それにビルツ様に付いて行った連中だって絶対に諦める訳がない!」
「ビルツ?」
これまで聞いた事のない名前だ。
「昔は、この集落に住んでいた子供だった。だが、魔王が復活した瞬間に村を出て行った連中の事だよ」
魔王が復活したタイミングでの失踪。
魔物に襲われて死んだという事でもなければ考えられるのは一つだ。
「あいつは、人間の事を強く恨んでいた。おそらく魔王が復活したタイミングで魔族になったんだろう。あれから数年が経過している。力を蓄えた奴が人間たちに復讐を考えていてもおかしくないぞ」
第8章も終わらせます。
第9章は、魔王城での決戦に向けて戦力強化と3人目の魔王軍四天王。