第20話 降伏勧告
叩き込まれる拳。
だが、当たる直前にサンダースの姿が消えていた。
移動したサンダースの姿を追う。ショウの攻撃から逃れる為にサンダースは上へ跳んでいた。兎の獣人らしく跳躍力には自信があるみたいだ。
木の上に着地したらしく落ちて来る様子はない。
「本当に躊躇がないな」
「お褒めに預り光栄ですね」
「……!?」
人間は簡単に到達できない高さ。
そんな場所にいるにも同じ高さから聞こえてきた声に顔を向ける。
そこには、自分と同じように木の上に立っているショウの姿があって驚いていた。いや、ショウの方は足が少し浮かんでいるので実際には木の上に立っている訳ではなく浮いているだけなのだろう。
「将軍!」
「援護をしろ!」
獣人軍の兵士たちが地上から木の上へ向けて矢を放つ。
今のショウのステータスを考えれば矢が刺さった程度では大したダメージにはならないのだろうが、こちらも援護が必要だろう。
火炎放射器と火属性魔法によって炎を浴びせると矢は瞬く間に燃え尽きてしまった。
「戦争を止めるつもりは本当にありませんか?」
「くどい。私はこのような閉じ込められた生活を強いる人間に復讐できる機会を待っていたんだ」
「そういうのは僕たちに関係ないところでやってくれませんか?」
「私の邪魔をするというのなら貴様も排除するまでだ」
ダメだ、全く話を聞いていない。
既に人間へ復讐することばかり考えていて何も見えていない。
木の上で身を低くするサンダース。次の瞬間、撓った木の反発力も利用して横へ跳ぶ。さらに跳んだ先にあった木も同じように利用して跳躍する。
そうしてショウの周囲をグルグルと回る。
目にも留まらぬ速さ。残像すらも薄らと見えるほどで高速移動しながら一瞬の隙を突いて攻撃する。それがサンダースの必殺技。
「もらった!」
背後に回ったサンダースがショウの背中目掛けて一直線に跳ぶ。
手刀が突き出されており、ショウの体を貫くつもりでいるのが分かる。
ショウは反応できていない。そもそも反応するつもりが最初からない。
「なに……!?」
ショウの体まで1センチ。
ほんの少しでも伸ばすことができれば貫く距離まで近付いたにも関わらずサンダースの手が止まっている。それ以上、奥へ進めることができずにいる。
届かない理由は、ショウの体に薄く張り巡らされた銀色の膜だ。本当に薄いため近くで見なければ認識することができない。だが、手が届く距離まで近付いたことによってサンダースにも見えた。
「なんだ、これは……?」
「メタルスライムによる鎧です」
鎧と言っても防御力がある代わりに重たく動かし辛い金属製の鎧ではなく皮鎧のように服よりも耐久力がある程度の鎧。
シルバーは主であるショウの体を自らの体で包み込むと相手が触れる瞬間を待ち続けていた。
そうして、触れた瞬間こそシルバーにとって最高の好機となる。
包み込む対象をショウからサンダースへ変更するとサンダースの体を包み込んで行く。
「くっ……離れろ!」
体に纏わり付くシルバーを引き剥がそうと暴れるが、シルバーが剥がれる様子は全くない。
やがて、木の上にいられずに落ちてしまう。
どうにか地面に着地するサンダース。
「どれだけ速く動けたとしても攻撃する瞬間だけは僕に接触しなくてはなりません。そして痛みを感じないスライムならどんな攻撃にも耐えられる」
もちろん普通のスライムならば攻撃を受けた瞬間に吹き飛んでいる。
だが、シルバーは俺たちのこれまでの旅に付いて来たことでレベルが上がって防御力も上がっているので耐えることができた。
がっしりと纏わり付いて拘束するシルバー。
「戦争を止めてくれませんか?」
「だ、誰が……」
スッと手を上げるショウ。
それがシルバーとの間での合図になっていた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
急に締め付けられて叫び声を上げるサンダース。
「僕たちの目的は獣人たちの殲滅ではありません。人間や獣人といった種族に関係なく全員が手を取り合って世界の問題に取り組む事です。世界救済に協力できないと言うのなら力尽くでも言う事を聞かせるだけです」
ショウの鋭い視線が後ろで控えていた兵士たちへ向けられる。
睨まれて思わず尻込みしてしまう兵士たち。自分たちの頼れる将軍が敗北してしまったせいですっかりと戦意を喪失してしまっていた。
「続けるのか? 止めるのか? はっきりさせて下さい」
今後の事を考えれば獣人軍を徒に消耗させるのは得策ではない。
それよりは、たとえ力尽くであったとしても停戦に向かわせた方がいい。
その為に最も必要とされるのが将軍であるサンダースの降伏。
こうして拘束した方が降伏はさせ易い。
「どうしますか?」
「もちろん――戦うに決まっている!」
てっきり降伏を選ぶものだとばかり思っていた。
ところが、サンダースと同じように人垣の向こうから現れた人物が声を荒げていた。
現れたのは豚の獣人。ペタンとした豚の耳と豚の鼻が特徴的な人物だ。
「どういうつもりですか?」
「こいつらに降伏なんて認められない。俺たちは最後の一人になるまで戦い続ける!」
ガン――!
持っていた棍棒を地面に叩き付ける。
その音を聞いた瞬間、獣人軍の兵士も持っていた武器を地面に叩き付けていた。
「そうだ。何も恐れる必要なんかない!」
「敵は全員ぶっ殺せ!」
「行くぞ――!」
武器を手にした獣人が突っ込んで来る。
その目は狂気に染まっており、とてもではないが正常な状態ではない。
「態々自分たちに有利な場所である森での戦いを捨てて街へ攻め込んでくるのか」
それと言うのも森での戦闘を恐れた人間が森へ入ろうとしないという事を分かっているためだ。
豚の獣人――おそらく最後の将軍だと思われる人物も森の中での指揮に専念していた。
だが、サンダースの降伏しそうな雰囲気を察知してこうしてやって来ていた。
「どうしますか?」
レイが尋ねて来る。
あんな普通の状態ではない奴らを相手にしていられない。
こちらは既に降伏勧告を行っているのだから、どうなったとしても受け入れなかった向こうの方が悪い。
「ユウカ、殲滅させるぞ」
「はい」
ユウカの持つ杖が赤く光る。
【複合属性魔法】のスキルを持つユウカは火・水・風・土の4属性の魔法を使いこなすことができる。その代わりに必殺技になるような高威力の魔法を放つことができずにいた。
だが、この場所なら高威力魔法並の被害を出すことはできる。
それは既に実践している。
杖から炎が吐き出されて瞬く間に草を燃やして行く。
「あ、熱い!」
「クソッ……さっさと消せ!」
獣人たちの服は森での活動を考えて植物を多く使った動き易い格好になっている。つまり――燃えやすい。
ユウカの魔法から逃れた獣人がいたので火炎放射器で炎を浴びせる。
二つの炎による攻撃で燃える獣人たち。
「止まるな!」
「あ、ああ……!」
一瞬だけ躊躇したものの豚の獣人から命令が下ると武器を構えて突撃して来た。
「ひぅ……!」
狂気にも似た感情を捉えてユウカが尻込みする。
人を殺すことにもある程度の覚悟ができるようになったが、それを超える狂気を見た瞬間、思わず躊躇ってしまった。
「悪いが、俺は邪魔する者には躊躇しないぞ」
森の中に銃声が響く。
先頭を走っていた獣人の一人が倒れ、そんな姿を見せられた獣人たちの足が止まる。
しかし、止まったのは一瞬だけですぐにこちらへ突進して来た。
仲間の死を目にしても止まらない。
明らかに異常な状態だ。
「何か秘密があるな」
あるとしたら豚の獣人だ。
彼が現れてから兵士たちが狂気を纏い始めた。




