第19話 差別問題との関わり
夜の街を駆ける。
街の住人は北側へと逃げている。
森があるのは南側。現在も街の南門で戦闘が行われていると聞いている。
人の波に逆らいながら走る。
「もう明らかに劣勢だぞ」
街の門を守るように展開された人間側の軍。
しかし、既に獣人軍によって何十人もの兵士が倒されており、血を流して地面に伏している者までいる。
「ぐわぁ!」
今も一人の兵士が狼の獣人に殴られて街を囲む壁に叩き付けられた。
若い兵士が叩き付けられた兵士を回収している。どうやら生きているらしく、後方へと運んでいた。とはいえ、治療が終わったとしてもこれからの戦闘に加わるのは無理だろう。
「クソッ、なんだっていうんだよ!」
「こいつらは他の街にいるんじゃなかったのかよ!」
攻め寄せて来る軍勢を前に兵士たちが声を荒げる。
フォーラント側で集めることができた戦力は500人。急な襲撃であったので夜ということもあって掻き集めることができたのは、その人数が限界だった。これからさらに集まって来るとは言っても絶望的な状況には違いない。
それでも誰一人として逃げ出していない。
自分たちが逃げれば次は街が蹂躙されると分かっている。
フォーラントを守る使命を持っている兵士たちには耐えられなかった。
「ここからは俺たちが引き受けますよ」
自分たちよりも圧倒的に多い人数の軍隊を前に震えながら槍を持っていた兵士の肩に手を置いて安心させる。
兵士の方も俺から何かを感じ取ったのか何も言わずに引いてくれる。
他の兵士も同じように前線から退いてくれる。
「さて……」
「あん? なんだテメェ!」
急に現れた俺に声を上げながら先ほど兵士の一人を殴り飛ばした狼の獣人が殴り掛かって来る。彼にしてみれば相手が誰であろうが噛みつくつもりなのだろう。さすがは狼だ。
殴り掛かって来た狼獣人の腕を掴んで地面に叩き付ける。
「痛ぇ!」
それでも体をバネのようにして起き上がって来る。
本当に起き上がられても面倒なので靴で胸を踏む。
「悪いが、そこで大人しくしていてもらおうか。次に動こうとした時には首を刎ねさせてもらう」
「……」
地面に倒れた獣人が何も言えなくなってしまう。
上から踏み付けているだけだが、互いの実力差が分かる程度には強かったらしい。
「こちらは、異世界から召喚された『勇者』の一人だ。この状況を説明できる奴がいたら俺たちにも分かるよう説明してもらおうか」
『勇者』という言葉を聞いて戸惑っている。
それは、人間側だけでなく獣人側も同様で、森の中で住んでいる彼らが世界を救う存在と関わり合いになるとは考えていなかった事に原因がある。
そして、今の状況。
襲い掛かったとはいえ、一人の獣人を踏み付けて動くことができないようにしている。明らかに敵対関係にあると分かる。
と、一人の獣人が軍勢の向こう側から現れる。
「話は聞かせてもらった。この軍の指揮官を務めているサンダースという者だ」
現れたのは兎のようにピン! と空を突くように伸びた長い耳とフリフリな丸い尻尾を持つ獣人。
獣人特有のパーツだけを見るなら非常に可愛らしい。
しかし、現れたのはごついオッサン。
とてもじゃないが、見ていられなかった。
「おい、どうして目を逸らす」
「き、気にしないで」
同じような反応をしているのは仲間たち。
だが、サンダースと名乗る兎の獣人を前にしてもフォーラントの兵士たちは平然としていた。どうやら、この世界の人たちにとっては可愛らしい獣耳と尻尾を持つオッサンというのは普通に受け入れられているらしい。
「失礼。話を進めよう」
「……そうだな。私たちは、このような森に閉じ込められて生活をさせられている現状を嘆いた。だからこそ、森から出て独立する為の戦を仕掛けさせてもらった。どのような意図があったのか知らないが、森の中心にある集落から『北の都市であるフォーラントを襲撃せよ』という命令が下った。私たちとしても油断している北へ襲撃を仕掛けるのは間違っていないと判断して攻め込ませてもらった」
獣人軍の背景は分かった。
いつまで待っても森へ来る様子のない俺たち。
その事を知った長老もしくは占い婆がフォーラントへ攻撃を仕掛けるよう命令を下したのは間違っていない。彼らにとって『勇者』という餌がない状況は困る。
そして、目の前にいる軍人たちはそんな背景まで知らない。彼らはあくまでも独立の為に武器を手にしている。
「いや、森から出たいなら普通に出ればいいだけじゃないか」
サンダースの言葉を聞いてそんな感想が思わず出てしまった。
しかし、間違っていないのも事実。昔は迫害が酷かったらしいが、今は当時ほど酷くない。現に森の外で生活している獣人だっているし、そんな彼らと一緒に過ごしている人間たちは普通に笑っていた。
たしかに一部分では差別問題が残っているかもしれないが、決して森の中に押し込めている訳ではない。
同意を得ようと兵士たちを見れば、ウンウンと頷いていた。
今は戦争中なので敵対的な感情を抱いているものの一時的な感情だ。
「悪いが、昔から根付いた感情というものは簡単に拭えるものではない。私たちが外で生活する為には人間たちを相手に勝つ必要がある」
どうしても戦争で勝ちたい獣人たち。
独立云々は言い訳。
「お前たちは昔からの鬱憤を戦争で晴らしたいだけじゃないか」
「なっ……!」
サンダースが言葉を失くしている。
図星を突かれたせいでどう言えばいいのか分からなくなっている。
「さらに言わせて貰えば今の世界状況をまるで分かっていません」
後ろで俺たちのやり取りを聞いていたショウが声を上げる。
「世界状況?」
「今は魔王が復活して世界そのものが存亡を懸けて戦っている最中です。この世界に住む者は全員が手を取り合って協力しなければならないはずです。それでも力が足りないからこそ異世界からも助けを求めた。その証拠が僕たちでしょう」
異世界から救援を頼まなければならないほど困窮している。
それが現状だ。それぐらいでなければ身勝手な理由で召喚された方としては納得できない。
「そんな状況で自分勝手な理由で戦争を起こす。僕たちとしては、納得できるはずがありません」
「ふっ……異世界から召喚された貴方たちには分からないかもしれませんが、人間と獣人の間にある溝というのは世界が危機を迎えた程度で消えるようなものでは……」
「そんな物は関係ありません。僕たちは『世界を救ってくれ』という理由で召喚されたんです。それ以外の『些事』に構っているような余裕はありません」
「些事……!」
サンダースたち獣人にとっては深刻な問題。
それでも『勇者』である俺たちにとっては関わり合いになる必要がない問題。
そして、両者が争って戦力を無駄にしてしまうのは魔王との戦いを控えている身としては許容することができない。
「今すぐに停戦して下さい」
「断ります。私たちにとっては決して退く事のできない戦いなのです」
「そう、ですか……残念です」
ショウの姿がその場から消える。
予めハルナに【強化魔法】を掛けてもらって敏捷のステータス値を倍加させていた。さらに体を一切動かすことなく、背負った飛行ユニットによる動いていないような錯覚を相手に引き起こさせる。
結果、ショウの姿が消えたように錯覚してしまう。
気付いた時には既に懐へ潜り込まれていた。
「あなたを説得したところで意味がなさそうです。無理矢理にでも全員を無力化させてもらいます」
その手にはガントレットに変身したメタルスライムのシルバーがあり、構えた拳を叩き込もうとしていた。