第14話 炎の向こうに消えた未来
瞬く間に炎に包まれる森。
黒い液体――ガソリンは引火し易く、場所は森。燃え易い物がそこら中にある。
「な、なっ……!」
真っ赤に燃える森を前にして長老が言葉を失っている。
「どういう事だ、ハク!?」
長老が占い婆に怒鳴る。
「お前の占いだと勇者たちに『守護聖獣』の討伐を任せたら怒り狂った『世界樹』が勇者たちに襲い掛かる。逃げる勇者たちだったが、森を出られる前に一人を除いて『世界樹』が取り込んでしまうという話だったろう!」
本来の歴史だとそういう風になっていたのか。
しかし、そういう風にはならなかった。
「アタシにだって分からないよ! アタシのスキル【未来観測】は絶対だよ。未来を観る為にはいくつか条件が必要だけど、一度観た未来が起こらないなんて事は絶対にない」
戸惑いから頭を掻き毟る占い婆。
未来を観ることができるスキル。そんな物を所有しているなら占い師としてやって行くのも困らなかっただろう。
そして、【未来観測】について長老も知っていたから『占い』という不確かな未来に懸ける事にして勇者を利用する事を思い付いた。
結果は――最悪と言っていい。
「あんたの占いは途中までは正しかったよ」
現に『守護聖獣』の怒り狂った『世界樹』が暴れるところまでは実現した。
だが、そこから先が違った。
森全体が敵になるという事態に対して恐れを抱いた俺たちは立ち向かうのではなく逃げる事を選択する。それが正史。
けれども、そんな事を許容するつもりはなかった。
立ち向かう事を選択した瞬間――妙な違和感を覚えた。
「正しい歴史だが、俺にとっては邪魔な壁でしかなかったから喰わせてもらった」
「喰った!?」
あくまでも比喩的な表現だ。
邪魔な未来だったので【収納魔法】で取り込ませてもらった。
何を取り込んでしまったのかイマイチ分からなかったが、妙な物が収納内にあるのは分かる。
既に分岐するはずだった未来を収納することまでできるようになってしまった。
「自分たちの予想とは違った結果になった事を嘆いている暇があるのか?」
「……!?」
今も森を燃やす炎は広がっている。
「……兵士たちは消火活動に当たれ」
「ですが、炎の勢いが強過ぎます! 集落にいる水魔法の使い手を総動員させても間に合うかどうか……」
「それでも消さねばならん!」
長老に一喝されて兵士たちが駆け出す。
獣人たちは炎に対処するだけで精一杯だ。
「大丈夫か?」
森が燃えてしまった影響はこちらにもある。
このまま炎に包まれたままだと普通なら燃やされてしまうし、その前に酸欠で倒れてしまう。
「こういう事をするなら先に言ってよね」
「そうよ!」
アンとミツキから抗議が上がる。
二人とも対抗策を持っていないから仕方ないかもしれない。
「レイ」
「はい」
炎の中にいても平然としているレイに頼む。
いくら対抗策を持っているとはいえ炎に包まれていても平然としていられるなんて彼女も随分と強くなった。
「これをどうぞ」
アイテムボックスから取り出した掌で包み込めるほどの大きさの球体を渡す。
レイはさらにもう一つ取り出して顔の近くへ持って行って握り潰すことで実演させる。顔の周りに白い靄のような物が漂う。すぐに見えなくなってしまったが、今も靄は顔の周りに存在している。
「これは簡単に言えばガスマスクの代わりです」
球体の中には新鮮な空気を生み出してくれる薬が入っており、割られた瞬間に周囲に漂うようになる。
これで空気の問題は解決された。
ショウに至ってはいつの間にかシルバーがマスクの様にへばり付いて煙をシャットアウトしているし、ハルナは自分の【強化魔法】で酸素が足りなくなっても活動できるように強化している。
「後は炎や熱だけど……」
その時、近くの木で爆発が起こった。
燃える木が炎に耐えられなくなって崩壊してしまったことにより火が飛んで来た。
手を飛んで来た火へ向ける。手から放たれた魔法陣と衝突した瞬間、火は収納の中へと消えてしまった。
どれだけ危険な物であろうとも『物』である事には変わりない。
俺の【収納魔法】の前では無力と化す。
常時【収納魔法】を発動させて熱を吸収する。
「後は向こうが音を上げるのを待てばいい」
普通にやっていては消火活動が間に合うはずがない。
「ん?」
腕を組んで暢気に待っていると10人の兵士が武器を向けて来た。
「貴様ら……よくも我らの故郷を!」
故郷を燃やされた彼らは怒りに身を任せて消火活動に従事するのではなく俺たちに復讐する事を優先させた。
……まったく愚かな選択だ。
「勇者と敵対――世界を救う事に対して反対するような奴らに天誅を下せ」
【収納魔法】の魔法陣が4つ周囲に浮かぶ。
それぞれの魔法陣から先端が丸まった筒のような物が姿を現す。
「まさか……」
それを目にしてレイが言葉を失った。
他の仲間たちも似たような反応だ。
魔法陣から現れたそれはテレビなどで戦争の映像によって見たことはある代物。けれども、実際に目にする機会は一度もなかった。
「軍事施設から奪って来たミサイルだ。スキルや魔法で対抗できるものなら耐えてみろ」
狙いは適当。
魔法陣から飛び出したミサイルが武器を構えていた獣人たちの横を通り抜けて森の奥へと進んで行く。
――ドゴォォォン!
数キロ先から聞こえて来る爆発音。
ミサイルが爆発したことによって着弾地点を中心に地面が大きく抉られ、周囲の木々が吹き飛ばされた。さらに吹き飛ばされた木が他の木を圧し潰し森の被害が広がって行く。
「う~ん……強力なのはいいんだけど、手加減ができないのが問題だな」
何分テストなどせずに持ち込んでしまったので威力を知らなかった。
それに真っ直ぐにしか飛ばないのも問題だ。ミサイルを発射させるには当然のように発射台も必要になる。しかし、持ち込んで発射できるようにする方法など全く分からなかったので軍事施設で発射。そのまま発射されたミサイルを収納することで持ち込むことに成功した。
そのため着弾した時の光景を実際に目にしたのは初めてだ。
「お前たち、まだやるのか?」
「我々は……」
「こっちの要求は長老が約束を守る事だ。もしも、約束を守られたなら森を元通りにしてやろう」
「……こんなに破壊された森が元通りになるはずがない」
「信じる、信じないはそっちの自由だ。俺たちに協力せず、自分たちの力も及ばずに森が燃え尽きるのを待っていればいい」
その前に焼け死ぬのがオチだろうけどそこまで言わない。
選択肢は与えた。しかし、選択肢を与えられた長老は歯を噛み締めるばかりで決断するつもりはない。どうやら自分の思い通りにいかなかったせいで俺たちに屈するのが嫌みたいだ。
森の事を考えればどうするのが最善なのか分かっているはずだ。
「はぁ!」
長老と対峙していると炎の向こうからガヴァロが襲い掛かって来た。炎の中を突き抜けて来たせいで体の至る所に火傷があり、マコトにやられたのか傷がある。それでも故郷を燃やす俺たちへ衰えない敵意を向けていた。
すぐに興味を失う。
ガヴァロへは右手を向けて魔法陣を叩き付けるだけ。
――バチバチバチ!
「がぁ……」
炎だけでなく電流に焼かれたガヴァロが地面に落ちる。
既に黒焦げになっていたが、まだ息はあるようだ。
「今のは電撃魔法か?」
「俺たちの世界には電撃をエネルギーにする術があって、その電撃を流している物に触れたせいでガヴァロは体を麻痺させることになった」
長老の疑問に答える。
収納から取り出したのは高圧電線。普通の人間なら触れただけで感電死するような威力があるはずなのだが、生命力に優れた獣人であるガヴァロは耐え切ってしまったらしい。
獣人側にとって最大戦力とも言える将軍が一瞬で倒された。
その事実は獣人たちに衝撃を与えた。
次々に武器を落とす獣人たち。
その光景を見て長老も諦めた。
「約束通り『楽園への門』の在り処を教えれば元通りにしてくれるのだろうな」
「当然」
長老が屈した。
しかし、この場にはまだ屈していない者がいた。
――Ahaaaaa!
『世界樹』が声にならない悲鳴を上げている。