第12話 格闘戦
「倒せたの?」
「いいえ、手応えがあまり感じられませんでした」
ユウカさんが枝を岩の弾丸で吹き飛ばしながら尋ねて来る。
僕たちが見る先――ガヴァロがゆっくりと立ち上がる。
「ククッ、アハハハッ――つまらない仕事だとばかり思っていたけど、オレを相手にダメージを与えられる奴に会ったのは本当に久しぶりだ」
立ち上がったガヴァロの筋肉が膨れ上がり、体から湯気のような黄色いオーラが立ち昇る。さらに全身が熊の毛に覆われる。獣人の体には獣耳だけでなく、産毛程度だけど獣の毛が備わっているらしく、ガヴァロも体に獣の毛があって一気に盛り上がると全身が覆われた。
「こっからはオレも本気で戦わせてもらうぜ」
両手を地面について身を低くする。
その姿は熊そのもの。
「ガァッ!」
ガヴァロが突っ込んでくる。
巨大化した体は走り回る度に地響きを周囲に響かせる。
突進を受ける直前に横へ跳んで回避する。
体の軸を反らしながら手に持つ剣を槍のように構える。
槍術。
残念ながら槍は常備していた訳ではないので剣で代用させる。アイテムボックスの中には槍も入っているけど、僕が持っているのは高価ではあるものの街で買えるような物。そんな物で今のガヴァロを攻撃してしまうと逆に槍の方が壊れてしまうような気がする。
その点、僕が持っている剣はマルスさんから譲ってもらった国宝。耐久力が劣っているはずがない。
剣を貫くように突き出す。
けれども、そこにいるはずのガヴァロはおらず剣が空を切る。
「もらった!」
剣が突き出されると同時に背を向けたまま地面を強く踏みしめて上へ跳んでいた。
そのまま体を回転させると僕の剣を蹴り飛ばしてしまう。
「その程度の力が限界か!」
獣の姿勢から立ち上がって長身のガヴァロが拳を打ち下ろしてくる。
防御や受け流すのは危険。
全ての攻撃を後ろへ跳びながら回避すると僕の立っていた場所に大きな穴ができていた。
「テメェは人間にしてはパワーのある方だが……所詮は人間。オレたち獣人には敵わねぇぜ」
「パワーね」
「……!」
懐へ潜り込む。
ガヴァロの戦闘スタイルは圧倒的なパワーを活かした暴力の嵐。
そんな強力な攻撃も腕の内側へ潜り込まれてしまえば力を十全に発揮することができなくなってしまう。
近距離まで近付いたところで拳を振り抜く。
「グッ……!」
ガヴァロが吹き飛ばされた。
「随分と硬い体ですね」
「今のは……」
「ボクシング、と言ってもあなたには分からないですよね」
ボクサーの拳は時には凶器となる。
その言葉をそのままに鋭い拳がガヴァロの胸を抉る。
――ガシッ!
「……っ!」
「へへっ、こうして捕まえてしまえば大したことないな。このまま握り潰してやるぜ」
ダメージを負いながら避け続ける僕を捕らえる為に両手で僕の手首を掴む。
なるほど。利に適った方法ですね。このまま僕の腕を握り潰せば戦闘能力を奪うことに成功する。
けれども、それは拘束し続けることができた場合の話。
「は?」
手を開いた状態でガヴァロに力強く一気に踏み込む。テコの原理を応用した力によって掴んでいた手が開く。
そのまま振り上げた右足がガヴァロの左肩を蹴り飛ばす。
「ぐっ……がはぁ!」
「護身術にボクシングだけじゃなくてキックボクシングにまで手を広げておいたおかげで助かりました」
護身術の通信講座のDVDを見ておいたおかげで暴漢に襲われた際における適切な動きは身に付いている。
さらにキックボクシングのプロ試合を見たおかげで今なら蹴りだけであらゆる物を蹴り壊すことができそうだ。
「調子に乗るなよ」
木の枝へ飛び移ると、枝から更に上へと飛ぶ。
両手を組んだ状態で下にいる僕へと拳をハンマーのように振り落としてくる。
渾身の一撃、という奴だろう。
ガヴァロの攻撃が頭上に迫る。
――ドゴォン!
爆発にも似た音が響き渡る。
地面には大きなクレーターが出来て煙が濛々と立ち込めている。
「どうだ……がぁ!」
「残念。僕の姿を見失っているようでは意味がありません」
しがみ付くようにガヴァロの背中に張り付くと両腕を首に回して力を込める。巨大化しているせいで両腕を使ってもギリギリ腕を回せるぐらいで効果が半減されているけど、そこはパワーでカバーするしかない。
「いつの間に……」
「あらゆる格闘術を僕は既にマスターしています。その中には古武術も含まれていたので昔ながらの方法で気配を消させてもらっただけです」
気配をその場に残しながら目の錯覚を起こさせるように拳が打ち下ろされた場所から退避。
衝撃が通り過ぎるのを待ってから背後に接近して首を絞める。
「殴る、蹴るといった攻撃方法ではあなたが相手では効果が薄いように感じました」
熊として性質を獣へと近付けたために体が頑丈になっている。
このまま小さなダメージを与え続けて行ってもいつかは倒すことができるかもしれない。けれども、それでは時間が掛かり過ぎてしまううえ、タイムリミットがそろそろ訪れそうだ。
だから締め技を選ばせてもらった。
締め技なら相手の体の頑丈さなんて関係がない。
窒息に陥りそうになるガヴァロが僕の腕を叩く。
「お断りします。これは礼節を重んじた試合などではなく、命を懸けた仕合です。あなたは僕たちを相手に敵対する事を選んでしまったのですから最終的に命を落としてしまう事も覚悟しているのでしょう?」
ギョロッとした目が僕へと向けられる。
どうやら相手を嬲り殺すことばかり楽しんでいて自分が窮地に陥る事を全く考慮していなかったようです。
……っ!
伸ばされたガヴァロの爪が僕の腕に食い込む。
血が流れて腕が力の入れ過ぎて赤く腫れ上がって来ているけどこのまま窒息させる。
「お前みたいな非力な奴に……!」
「たしかに僕はあなたに比べれば非力です。今の対等に戦えている力だってソーゴさんの協力があって初めて得られた物です。だから僕は傲慢になったりしない」
どうすれば自分の力で相手を倒すことができるのか必死に考える。
考えた先にこそ勝利がある。
そういう意味では、僕の【模倣】は最適と言っていい。どんな達人の動きでも見ただけで自分の物にしてしまえる。それは、一つの競技に限られないのでいくらでも動きを覚えることができるようになる。
「こ、こんな所で……!」
気絶してしまえば自分に次がないと知っている。
だからこそ必死に気絶しないよう耐えている。
「しぶといですね」
ここまで来れば僕も耐えるだけ。
――ゴォォォォォォォォォォン
「なに?」
突如として聞こえて来た爆発音に驚いて腕から力が抜けてしまう。
その間にガヴァロが僕の拘束から抜け出してしまう。
「ど、どういう事だ?」
驚いている拘束から抜け出したガヴァロも同じ。
爆発音は、炎の魔法による爆発やガヴァロが拳を地面に叩き付けた時の衝撃音とも違っていた。
森のあちこちで炎が上がって燃えていた。
しかも至る所で爆発が発生して燃焼が外へと広がって行く。
このままだと広大な森の全てが焼けてしまいそうだ。
「将軍!」
「どうした!?」
「人間の一人が暴れ回っていて手が付けられません。このままだと森が燃やし尽くされてしまいます」
駆け寄って来た狼の獣人が跪きながら状況を教える。
どうやら予想以上に早くタイムリミットが来てしまったみたいです。
「チッ、どうやらテメェと戦っているような場合じゃないみたいだな」
フラフラな体を押して集落のある方へと走って行くガヴァロ。
僕に構っていられるような状況ではなくなったので仕方ない。
「これって……」
「ソーゴさんが怒っていますね」
手の空いたユウカさんが僕の傍に来ます。
それまで枝の相手をしていた彼女だけど、森が燃えているせいでこちらを攻撃しているような余裕は枝から失われていた。
「森の中で火を使うのは自分たちも巻き込まれる可能性があるから避けるべきです。それを無視して森を燃やし続けている、という事は……」
周囲の被害など気にせず暴れているという事。
このまま森の中にいると僕たちまで危険なので最も安全なソーゴさんの傍へと移動する。
ありとあらゆる武術を身に付けたマコト。
最後は暗殺術で心臓を抉り出してしまう予定だったけど、今後のストーリーを考えてああいう形になりました。