第11話 獣人将軍
後ろから触手が迫って来る。
「しつこい奴だ」
適当にボンベを投げ捨てる。
中には強力な除草剤が詰まっているため噴射された煙を浴びて枝が逃げて行く。
それでも『世界樹』が完全に諦めることはない。左右にある木の間や上から逃げる俺たちを警戒するように見ている。
「いっそ垂直離着陸機で一気に逃げたらどうですか?」
「そうするのが手っ取り早いんだけど……」
除草剤を持つ俺とレイがどこから攻撃が来ても対応できるように並んで走る。
垂直離着陸機を使用する為には、まず収納から取り出してエンジンを始動させる必要がある。おまけに最低限の開けた場所ならどんな場所でも離着陸が可能だが、離陸するまでに時間がかかる。そんな時間を『世界樹』が与えてくれるとは思えない。
さらに空での逃走もある。プロペラが回転している最中に枝が絡まってしまうと墜落してしまう危険性もあるし、機体そのものに絡み付かれてしまうと逃げられなくなる可能性が高い。
諸々の事情から森の中にいる間は乗り物に頼るべきではない。
「こうして逃げるのも集落に辿り着くまでの間だ」
正面を見れば離れた場所に集落が見えて来た。
一気に駆け抜け……
「マコト!」
「うん!」
上にある木の葉が音を立てて揺れる。
葉に隠れていた人が落ちて来てガントレットを装着した拳を打ち付けて来る。
ガントレットがマコトの翳した剣を滑って後ろへと流されて行く。そのまま攻撃を相手ごと逸らしたところで後ろ蹴りを浴びせて吹き飛ばす。
蹴られた相手が地面を滑りながら顔を上げる。
「チッ、よく気が付いたな」
舌打ちする青年。
顔は20代ぐらいの人間と変わらないのだが、頭の上に熊に似た耳が這え、腕の服に隠れていない部分が茶色い獣の毛に覆われている。
間違いなく熊の獣人だろう。
「どういうつもりですか?」
「あん?」
「僕たちが正体不明の枝に襲われている事は見れば分かるはずです。それを邪魔するとはどういうつもりですか?」
枝が熊の獣人の後ろから迫って来る。
しかし、枝は熊の獣人に構うことなく俺たちだけに標的を定めている。あくまでも自分を傷付けた相手が『敵』だと『世界樹』は認識している。
ミツキと共に銃弾で枝を吹き飛ばす。
熊の獣人との話し合いはマコトに任せよう。
「アタシも気になるわね」
ミラベルさんがマコトの隣に立つ。
「アタシの記憶が正しければあなたは獣人軍の若き将軍様じゃなかったかしら」
「へぇ、オレも有名になったもんだな」
よほど嬉しいのか牙を見せて笑い出す。
「アンタが言うように俺は獣人軍所属の将軍ガヴァロだ」
「やっぱり……」
ガヴァロと名乗る獣人をミラベルさんは知っているようだ。
「知っているとは言っても警備隊として知っているだけよ」
獣人との戦争になるかもしれなかったため獣人の中でも強い者については覚えるように上から命令されていた。
中でも危険人物として真っ先に挙げられたのが3人の将軍。
3人の内、二人の将軍は東と西の都市の前に展開した軍隊の中に姿を確認することができていたが、最後の一人だけは今どこにいるのか分かっていなかった。
次に侵攻する予定の北か南のどちらかの軍隊を指揮するだろうと予想されていた。
実際は、里の最強戦力としてのこされていただけだった。
「指揮能力はそれほどでもないけど、若くして腕っ節だけで将軍の地位にまで登り詰めた人だから一筋縄ではいかないわよ」
「そうでしょうね」
マコトもステータスを強化させただけでなく、復活した魔王との戦闘という濃い戦闘経験を積んだおかげで相手の力量がそれなりに分かるようになっていた。
ガヴァロが体内に溜め込んでいる魔力は相当だ。
全ての魔力を身体能力の強化に使っているらしく殺気まで感じられる。
「僕らの邪魔をする理由は?」
「さあな。オレは長老からアンタたちを足止めするように言われただけだ。アンタたちが戻って来るのは長老にとってよほど予想外だったのか慌てた様子で命令してきたぜ」
長老の目的が少しだけだが分かって来た。
どういう意図があったのかは不明だが、獣人たちは守護聖獣に狙われていた。そこで俺たちに討伐させ、取引相手である俺たちは『世界樹』に始末させる。この分だと『楽園への門』の場所を知っているのかも怪しい。
すぐにでも問い詰めなければならない。
「長老は集落にいるんですね」
「ああ、いるぜ」
「だったらあなたなんかに構っている暇はないかな」
マコトが剣を構えてガヴァロを睨み付ける。
「先に行って下さい」
「いいのかよ」
「敵は僕が足止めします。あなたが全力を出す事を躊躇っている理由は長老から聞き出さなければならない事があるからでしょう?」
「バレていたか……」
『世界樹』から襲撃を受けたが迎撃に全力を費やしてはいなかった。
本気になれば『世界樹』など相手にならない。にも関わらず逃げ続けていたことからマコトに手加減していることを気付かれてしまった。
手加減している理由もマコトが言ったように長老が巻き込まれる事を恐れたからだ。長老が『楽園への門』の所在について本当は知らないのなら何も問題はないのだが、知っている場合は貴重な手掛かりを失ってしまうことになる。
既に『守護聖獣』を討伐した報酬に教えてもらう約束をしているので後は長老の元まで辿り着くだけでいい。
「……分かった。この場は任せる」
「じゃあ、私がここに残ろうかな」
ユウカからの提案。
たしかにマコトだけを残してしまうとガヴァロと『世界樹』の両方にマコトだけで対処しなければならなくなってしまう。せめてどちらかに集中してもらうなら誰かを残して『世界樹』に対処してもらった方がいい。
「……分かっているよな?」
「もちろんよ。手加減せざるを得ないのは私だって同じなんだから先へ進んで」
マコトとユウカを置いて集落へ向かう。
「あ、待ちやがれ!」
ガヴァロが地面を強く踏み付けて跳躍する。
全身をバネのようにして跳躍した力は凄まじく、木の上の方まで軽々と届いていた。
拳を叩きつけようと構える。
落下速度とガヴァロ自身の重量もあって地面に叩き付けられた場合には大きな穴を開けて陥没してしまうだろう。
だが、そうはならない。
ガヴァロの前に出たマコトの手が手首を掴んで振りかぶる。
すると、相手の体が頭の後ろへ屈曲されて仰け反らされた。
――合気道の四方投げ。
自分の力をそのまま利用されて受け流される形になったガヴァロが地面へと落ちて行く。もう追うような状態ではない。
「さすがに達人の技をそのまま【模倣】したから格好いいな」
「いや、DVDを見ただけで達人の技を真似られるとか凄すぎでしょ」
フォレスタニア王国へ来るまでの車中で暇をしていたみたいなのでテレビとDVDレコーダーを用意して『達人のススメ』という映像を見せていた。
そのDVDは、合気道以外にも柔道や剣道、空手の達人が様々な技を実演して見せてくれる映像だった。
マコトのスキルもあってちょっとした娯楽目的で再生させてみたのだが、きちんとマコトの中で活かされているみたいで安心した。
「テメェ……」
「格闘技を学んでから相手にした敵が虎だったり植物だったりで格闘技を実践する機会がなかったんです。あなたで試させてもらいますよ」
「オレを相手に格闘戦を挑むつもりか」
「ええ。こっちは素人です」
「ふざけやがって……」
マコトに接近したガヴァロが連打を叩き込む。
しかし、ガヴァロの攻撃は全てマコトの手によって払われてしまっている。
「ハッ!」
中国拳法の発勁。
本来は、力が上手に引き出された状態を言う。しかし、マコトは達人の動きを完全に真似た状態で漫画やアニメにある発勁を再現しようと考えた結果、異世界に来て手に入れた魔力を利用することによってフィクションのように不思議な力によって相手を吹き飛ばす発勁を発動させていた。
魔力による発勁で吹き飛ばされたガヴァロが地面を転がる。