第6話 初めての依頼
「ただいま……」
「おかえり~」
ギルドから借りてきた本を宿屋の部屋で読んでいた俺だったが、ハルナとレイが戻って来たところで読むのを止めた。
「2人は一緒だったんだな」
「うん……ギルドに依頼達成の報告に行ったらレイがいたから一緒に帰って来たの」
たしかハルナはレストランみたいな店で臨時のウェイトレス、レイは道具屋の薬品庫で整理の仕事をしていたはずだ。
ハルナとレイが同時に自分のベッドへ倒れ込む。
「随分と疲れているみたいだな」
「労働をしたのなんて初めてだからね」
よほど疲れているのか体を起こす体力もないみたいだ。
疲れているみたいなのでそっとしておくと、しばらくしてショウも帰って来た。
「おかえり」
「ああ……」
ショウも同じようにベッドに倒れ込む。
「お前は元気みたいだな」
「まあ、俺は魔法を使って重たい荷物を運んだだけだからな」
ベッド横にあるローテーブルの上に置かれていた皮袋を手に取ると部屋の中心にあるテーブルの上に皮袋の中身を広げる。
中に入っていたのは今日の報酬だ。
「……あれ?」
ショウがテーブルの上に広げられた10枚の銀貨を見て首を傾げている。
「倉庫の整理って報酬は銀貨5枚じゃなかったか?」
「ああ、その件か。実は、依頼の方がかなり早くに片付いたからもう1件依頼を引き受けたんだ」
「そんな……」
自分たちは1件の依頼を終えるだけで疲れているにも関わらず、2件の依頼を終えて疲れた様子の見せていない俺をショウが不思議な物でも見るように見ていた。
「こればっかりは相性みたいなものだから仕方ないって」
シャーリィさんに紹介してもらった2件目の依頼は、ある商人にギルドへ納められた素材を納品する配達依頼だった。
素材は木箱に収められており、中身を見ていないがかなりの重量があった。本来なら馬車で運ぶところなのだが、収納魔法があるということで俺が運ぶことになった。大きな木箱が一瞬で消えたことに依頼を出したギルド職員も驚いていた。
後から考えるとギルドに俺の収納魔法の限界が異常なことが知られてしまったことになる。
まあ、いずれは知られることになったことだ。
いつまでも秘密にしておくと動きづらくなる。
「皆はどうだった?」
「あたしは普通にレストランみたいな場所でウェイトレスしていただけだからね」
元の世界でアルバイトをしていたのとあまり変わらないらしい。アルバイトをしたことはなかったが、元の世界での接客術を参考にして笑顔で仕事を続けていたらしい。
しかし、昼の忙しい時間帯は死ぬほど忙しかったため初めてのアルバイトで疲れ果ててしまったらしい。
「僕がしたのは、鍛冶場の掃除だったけど、掃除をしながら色々な武器を見ることができたから得られた物は大きいと思うよ」
ショウがもらったスキルは、金属の形を自分のイメージ通りに変形させるスキル。
そのイメージ次第ではどんな形にでも変えられるため日本における漫画やアニメなどから得た武器のイメージよりも実際に自分の目で見た武器の方が強くなるのは当然のことだ。
「……ごめんなさい。わたしはスキルのこととか全然考えずに薬品庫の整理に没頭していました」
レイのもらった調合魔法のことを考えれば薬品庫の整理は、様々な薬品や薬草を見て、魔法を使わない方法での調合がどのように行われているのかを自分の目で見ることができる機会だった。
色々と気遣ってくれたシャーリィさんは俺たちにとって有益になる依頼を選んでくれていたはずだ。
「まあ、明日から頑張ればいいよ」
幸いにも依頼内容が雑用だったため依頼が失敗に終わることにはならなかった。
依頼を受けた冒険者が依頼に失敗してしまうと違約金を支払う必要が出てくる。さらに他の冒険者に失敗の尻拭いをしてもらうことになってしまうのでギルドの信用を大きく損なうことになってしまう。
そのため依頼は慎重に選ぶ必要がある。
「そんなこと説明されていた?」
「ああ、それは……」
ハルナたちが帰って来る前に読んでいた本を渡す。
「この本は、冒険者としての心得とかが書かれたマニュアルみたいな本だ」
本来ならギルドからの持ち出しが禁止されている本だったが、シャーリィさんに頼んで必ず元の状態で戻すことを条件に借り出した。
冒険者登録をした時に受けた説明では教えてくれなかったことが書かれており、なかなか興味深かった。特に魔物を倒した時に売れる部分と売れない部分があることだけは後々の為に覚えておいた方が良さそうだ。しかし、魔物ごとに違う売れる部位については専門書を手に入れる必要があるみたいだ。
こういった知識だが、本で知識を手に入れる以外には先輩冒険者と一緒に依頼を受けて実地で学ぶのが普通らしい。
俺たちの場合は、異世界人や城の関係者に見つかると面倒といった理由から先輩と一緒に依頼を受けるというのが難しい。
「さて、初めての依頼を終えて報酬も得たわけだけど、これからどうする?」
「どうするって?」
「服を買いに行く約束をしていただろ」
「ああ!」
冒険者ギルドへ行きながら服屋を探したが、見つからなかったので先に冒険者ギルドへ行ったが、制服のままでは目立つので目立たない服を調達する必要がある。
しかし、初めての依頼を終えて疲れた彼らの姿を見ていると順番を間違ったかもしれないと思ってしまう。
だが、女子の買い物への意欲を甘く見ていた。
「ソーゴの奢りなんでしょ」
「早く行きましょう」
「……あれ?」
さっきまでの疲れた様子など一切見せずにベッドから立ち上がって部屋から出て行こうとしていた。
ショウは置いたまま。
「早く行かないと夕食の時間になってしまうわよ」
「時間が掛かるんですから急いでください」
「はい……」
もう諦めて財布役に徹するしかない。
疲れて寝たままでいたいショウを起こす。
俺だけが女子の買い物に付き合わされるなんて地獄だ。お前も付き合え。
「服屋の場所は予め俺がギルドで聞いているから案内するよ」
正確には防具として使える服を売っている店だ。
結局、各々動きやすい服を何着か購入した。
店に置かれている商品は駆け出し冒険者向けの商品が多く、懐事情にも優しい値段なので何着か買っても疑われることがない。
「ん?」
その店では防御力のあるコートやローブも置かれていたのだが、真っ黒なコートが一着壁に掛けられていた。
気になったので店員を呼んでみる。
「すみません。これは売り物ですか?」
「はい。売り物ではありますが、ダメージを吸収する効果が付与されているため高価となっております。駆け出し冒険者が買えるような商品では――」
「いくらですか?」
俺には払えないだろうと思っているのか見下した態度で店員が告げてくる。
「金貨10枚です」
コート1着に100万円ですか……。
ま、払えるんだけどね。
「はい」
「え……」
店員さんが自分の手の中にある金貨10枚を信じられないといった様子で見ていた。
「たしかに駆け出し冒険者ですけど、お金を持っていないわけじゃないですよ」
「し、失礼しました」
店員が慌てた様子で壁に立て掛けていたコートを外して準備をしてくれていた。
「え、そんな高価な物まで買っていいの?」
店員とのやり取りを見ていたハルナが尋ねてくる。
まあ、俺だけが高価な物を買ってしまうのも忍びない。
「いいよ。1つまでなら高価な物でも買っていい」
「やった!」
店のどこにあったのかジャケットを1着持って来ていた。
同じようにハルナは真っ赤なローブを持ってきた。
店員に値段を聞くと両方とも金貨3枚らしい。
「……それぐらいなら、いいよ」
宝物庫から大量の金貨を貰って来た時は必要ないと思っていたけど、けっこう早い段階で散財してしまった。