第8話 守護聖獣―中―
虎型の魔物が吼える。
それだけで周囲の木々が震え、葉が落ちて行く。
明らかに怒っている。俺の態度が自分の事など相手にならないと言っているように感じられたからだろう。
『いいだろう。まずはお前の仲間から始末してやる』
前足で強く踏み込む。
その行動が合図となって地面が魔物を中心に半径30メートル亀裂が走って陥没する。さらに所々から太い棘のような物が突き出してきて、地上にいる人間を串刺しにしようとしている。
アンが【瞬動】を使用して逃れ、マコトが近くにいたユウカを抱えながら軽やかに飛び跳ねながら移動する。
「ありがとう」
「これぐらいは問題ありません」
ハルナとレイに至っては咄嗟に後ろへ跳んでいる。
ここで経験の差が出てしまったな。
「……って、わたしは!?」
咄嗟の判断ができなかったミツキが陥没する地面に取り残されている。
飛行ユニットの力で空を飛ぶショウが取り残されたミツキを抱えて飛び上がる。
「うん、これなら狙える」
そう言ってアイテムボックスから取り出したのはライフル銃。
魔法で再現した物ではなく正真正銘本物のライフル。森へ向かっている最中に俺が渡した物だ。
ライフルを構えて狙いを定める。
【射撃】のスキルを持つミツキとライフル。
これ以上に相性のいい武器はない。
――タァン!
ライフルから放たれた銃弾が魔物の側頭部を通り過ぎる。
「むっ……!」
自らの横を風よりも早く通り過ぎて行った攻撃に魔物の意識が向く。
「次」
冷静にボルトを引いて弾丸を装填する。
今度は魔物の右頬に当たり仰け反らせる事に成功する。
「ダメ、普通の銃弾じゃあ倒し切る事ができない」
なら、普通の銃弾でなければいい。
『今のは一体何だ?』
対して魔物の方は初めて見る攻撃に困惑していた。
「きちんと当てて下さいよ」
「わたしの力を信じなさい」
――ダァン゛!
放たれた弾丸。
空中にいるミツキを警戒していた音が鳴る前――引き金を引いた瞬間に跳んでいた。
しかし、ライフルが相手ではそんな動きでは足りない。
全てを貫通する弾丸が魔物の左前足と後足の両方を貫通する。
『ぐっ……』
呻き声を上げながら地面を転がる魔物。
ミツキに渡した切り札とも言える弾丸。それは、魔法の力によって魔法物質から造られた徹甲弾だ。
徹甲弾――戦車のように硬い装甲に穴を開ける為の弾丸。
魔法が存在する世界であるポラリスには『ミスリル』が存在する。魔法との親和性が高く、加工次第ではどんな金属よりも頑丈にする事が可能になる。非常に便利な金属なのだが、採掘量が少なく武器に少量を混ぜることで魔法効果を高める、というのがポラリスでの使い方だった。
そんな使い方をしているのも得られる量が少なく、高価だったからだ。
しかし、国を何度も救っているおかげでありあまるほどの金と恩があるおかげで国を相手に大量の取引が可能になった。
結果、特製弾としてミスリルによる徹甲弾の開発に成功した。
ショウの【錬金魔法】の影響を強く受けた徹甲弾は、どんな鎧よりも硬く、ライフルより発射されることによりあらゆる物を貫通することができるようになった。
そんな弾丸が硬いとはいえ魔物の体を貫けないはずがない。
「効いている」
すぐさま次弾を装填する。
ライフルに欠点を上げるとすれば射撃に精密性をさらに上げる為に連射性を失ってしまった事だろう。
『調子に乗るな』
地面から盛り上がって来た土が魔物の体に纏わり付く。
土が顔だけを残して鎧のように全身を覆い尽くす。
「土鎧と似ていますね」
マコトに抱えられながらユウカが分析している。
土属性魔法:土鎧――周囲の土から鎧を造り出す魔法。魔物の場合はスキルによって土を身に纏うと防具にしてしまっていた。
『ガァ!』
ミツキに向かって咆哮が放たれる。
同時に地面から砲丸のような土の塊が放たれる。
「わわっ、右……やっぱり下! ううん停止して――」
「少し黙っていて下さい」
移動と回避に関しては抱えているショウに依存している。
避難方向を指示しているミツキだったが、抱えているショウにとっては邪魔以外の何物でもない。
『ハハッ、ワシに近寄る者は全員が串刺しになり、遠くから見ているだけの臆病者も岩弾によって圧し潰されるのがオチじゃ。危険を覚悟で接近したところでワシの鎧に傷を付けられる者など存在しない』
「そうでもないわよ」
『なに!?』
自信満々に語っていた魔物。
しかし、突如として自分の背中から声が聞こえて来た事で笑い声が途切れる事になる。
遠く離れた場所で戦いを見守っていたアンが【瞬動】によって一瞬で接近していた。
手にした短剣を振り下ろす。
土の鎧は勇者のステータスが相手だったとしても肉体にまでダメージを与える事なく耐えることができる。
それだけの自信があった。
けれども、それは振り下ろされた先にあるのが鎧だった場合の話だ。
『グァッ!?』
魔物の戸惑った悲鳴が響き渡る。
魔法を維持することができないほどのダメージを受けて岩弾が消失する。
『い、痛い……!』
痛みに悶えている魔物。
そのまま痛みを忘れる為に走り出した。
あまりのスピードと乱暴さに背中から振り落とされてしまうが、地面へ叩き付けられる前にアンが体勢を整えた状態で弟の前に現れる。
「何をしたの、姉さん?」
「簡単よ。あの鎧、獣が動き回れるように関節部分は柔軟にできていたの。あたしは単純にそこへ刃を突き刺しただけよ」
柔らかい部分では勇者の攻撃に耐えられなかった。
『よくも守護聖獣たるワシをこのような目に……』
「先に人に対して手を出したのはそっちでしょ」
走り回る魔物の前にはハルナが立っていた。
一見して弱そうにしか見えないハルナ。
『死ねぃ』
ハルナに対して突進する魔物。
両手を前に突き出すと真正面からハルナは受け止めていた。
『なんだと!?』
「悪いけど、あたしの【強化魔法】と合わさればこの程度の攻撃を受け止めるぐらいは造作もないのよ」
『お、おのれ……』
あくまでも力に拘る魔物。
グイグイと押し込むように前へ力を込める。
「それから、そろそろ効いてくるはずよ」
『グオッ、なんだこれは……!?』
ハルナと押し合っていた魔物だったが、突然体の自由が効かなくなってしまったように倒れてしまう。実際、魔物は自分の意思で体を動かす事ができなくなっていた。
「さすがにあの大きさが相手の場合はもっと強力な毒を使った方がいいかもしれませんね」
レイの毒による攻撃だ。
アンの使用した刃にはレイの生成した毒が塗られており、体を麻痺させる程度の力しか持たない代わりに即効性を求めた毒を魔物は受けていた。もっと小さい魔物が相手だった場合には数秒で毒が全身を巡って体を微かにでも動かすことができないようになるのだが、あまりに巨体だったために効果が現れるまでに時間を要してしまった。
「よし、全員で協力すれば規格外の魔物が相手の場合でも倒せるみたいだな」
それが知れただけでも今回は成功と言えた。
こんな状態からでは反撃は不可能――
『「世界樹」よ、ワシに力を授けよ!』
地面を割って出て来た木の根が魔物の体に突き刺さる。
土の鎧が引き剥がされる。
中から金色に光り輝く美しい毛を持った虎型の魔物が姿を現す。
『これぞ「世界樹」の守護聖獣たるワシの本当の姿よ』