第7話 守護聖獣―前―
魔物が拠点にしている集落。
そこはプールよりも少し広い泉を中心に作られた集落で、数十軒の家が建てられていた。おそらく、栄えていた頃は100人近い獣人が手を取り合いながら生活をしていたのだろう。
そんな集落も今は見る影がない。
建物はボロボロに壊されており、地面は何度も掘ったり埋めたりを繰り返したかのように荒らされていた。
集落を真っ直ぐに中心へと向かう。
果たして、泉の前に依頼のあった魔物がいた。
魔物は、報告にあったように虎型の魔物で茶色い毛をしている。ただ、一つだけ後悔させてもらうなら強さや戦い方などは聞いていたが、その大きさまで聞いていなかった事だ。
泉の前で寝そべっていた魔物が起き上がる。
「大きい……」
改めて大きさを確認した事でアンが呟いた。
全長は5メートル以上もあり、起き上がった時の高さは見上げる必要があるほどだ。
『ほう、このような場所へ人間が来るとは珍しい』
急に頭の中に声が響いて来た。
声に合わせて目の前にいる魔物の口が動いている。
『ワシほどの知性ある魔物にもなれば念話ぐらいは簡単に行う事ができる』
心に直接語り掛ける言葉――念話。
なるほど。目の前にいる魔物は今までに相対して来た魔物とは違う、というのがよく分かる。
『もっともワシは魔物ではなく守護聖獣じゃがな』
笑い声が心の中に響いて来る。
陽気な感じのする魔物だ。とても集落を壊滅させた魔物とは思えない。
『で、人間がワシに何の用じゃ?』
突如、殺気が溢れ出す。
魔物にとっては汚されたくない聖域らしく、後ろにある泉を守るように立ち塞がる。
仲間たちも放たれる殺気に委縮……とまでは行かないが、目の前にいる魔物を警戒するように体に力が入っている。
俺は全く恐怖を感じていない。
これまでの戦闘でそういった感覚が麻痺してしまったらしい。
仲間を代表して前に出る。
「あんたがこの集落を襲ったのは本当か?」
『いかにも』
「どうして、そんな事をしたんだ? この集落にはたくさんの人が住んでいたはずだ」
『……この集落にいた連中は、この森の禁忌に触れた。故にワシは守護者の一人として人々を葬り去ったのみよ』
「禁忌?」
集落が魔物に襲われた理由については分からないとの事だった。
実際、それでも問題はなかった。魔物に集落が襲われ、いつもっと多くの人が襲われてしまうのか分からず恐怖に怯えている。
それだけなら討伐してしまえば終わりだ。
しかし、このように知性のある相手なら話し合いが可能かもしれない。
『こちらの質問にも答えてもらおうか』
こちらの意図に反して会話をバッサリと魔物が切る。
『なぜ、人間がこのような場所にいる?』
再度の質問。
尋ねた瞬間、殺気が溢れ出して来た。
これは答えを間違えた瞬間に攻撃される。
「俺たちは森の中心にある集落の獣人から依頼を受けて魔物を討伐しに来た。だけど、そっちが引いてくれるなら助かる」
『はっはっはっ、あいつらは自分たちが何をしたのか理解していないらしい。多少の反省をすれば考慮してやったものを……』
溜息を吐きながら魔物が身を低くする。
次の瞬間、バネのように魔物の体が跳び上がる。
『奴らの前に貴様らを血祭りにあげてやろう』
上から飛び掛かって来る魔物。
その手には伸ばされた爪があり、こちらを串刺しにしようとする魂胆が見えている。
「正当防衛成立」
上へ跳んで飛び掛かって来た魔物を蹴り飛ばす。
……硬っ!
手加減をしていないはずの蹴りにも関わらず、硬い鬣に阻まれて体を蹴り飛ばすに至らず、吹き飛ばすに留まる。
「こっちは話し合いに応じるつもりがあったんだ。それなのに襲い掛かって来たのはそっちだからな」
手榴弾からピンを抜いて顔目掛けて投げる。
『このような物……!』
魔物が眼前に投げられた手榴弾を噛み砕く。
直後、凄まじい爆発が魔物の顔で起こる。
本能から噛み砕こうとしたのだろうが、噛んだ瞬間に爆発が起こる道具だとは思えなかったらしい。
『ぐ、ぐぅ……』
顔に火傷を負った魔物が地面に倒れる。
口を吹き飛ばしたはずなのだが、致命傷には至っていないらしい。
「今のって本物の手榴弾?」
仲間の元へ戻るとハルナが魔物を見ながら尋ねて来た。
「そうだ。魔法で爆発を再現して造った物とかじゃなくて、これもせっかくなので拝借して来た」
垂直離着陸機と同様に軍事基地に忍び込んでしまえば厳重に保管されていた所から簡単に拝借する事ができる。
誰にでも使える兵器なので収納からドバドバと出す。
その様子は、段ボールに入ったミカンを取り出すようだ。
「いくつかいるか? 今のを見ていたら分かると思うけど、致命傷を与える事はできないけどデカいダメージを与える事ができるぞ」
「いや、さすがにコレは……」
ハルナが俺の差し出した手榴弾を押して遠慮した。
どうやら映画やドラマで大量に人を殺すところを見ているだけに手榴弾の危険性をある程度は理解している。そんな危険な兵器を安全装置が付いているとはいえ、手にしていたくないとの事らしい。
他の皆も似たような感じなのか手榴弾から距離を取っていた。
唯一、ミラベルさんだけは強力な爆発を起こしていた手榴弾に興味を覚えており手にしようとしていた。
「せっかく強いのにな……」
ばら撒いた手榴弾を収納する。
さすがに危険性を全く理解していない素人に触らせたりはしない。
『危険だ……』
ゆっくりと魔物が立ち上がる。
起き上がった事で見えるようになったが、吹き飛ばしたはずの口周りが薄らと黄緑色に光っており、傷が徐々に塞がっている。
魔法による癒しだろう。
『貴様のように強大な力を持っていて平気で使えるような者を放置する訳にはいかない』
相当なダメージを受けたらしく怒っている。
「人をボリボリと喰らうような奴には言われたくないな」
それに召喚された被害者だ。
身勝手にも聞こえる言葉を聞いてしまったせいで苛ついてしまったのでショットガンを取り出してぶっ放す。装填されている弾丸は徹甲弾。
魔物が手榴弾の痛みを思い出して避ける。
徹甲弾が泉の向こう側まで到達して木々を吹き飛ばして行く。
「避けんなよ」
再度、魔物へショットガンの銃口を向けて撃つ。
魔物が土魔法を使用して間に土壁を生み出す。
「無駄だ」
しかし、徹甲弾は土壁を物ともせず貫通する。
『そんな……!』
土壁に当たったせいかコースをズレてしまい当たらなかった。
……練習はこれぐらいでいいだろう。
「じゃあ、俺は後ろで見ているから後よろしく」
「え、ちょっと……」
「あの巨体、それに現代兵器を相手にしても無事でいられるだけの力を持っているんだ。倒せば相当な経験値が入るはずだ。今さら俺が倒すよりはお前らが倒した方が効率的だ」
レベルアップによるステータス上昇に頼らなくても無限に強くなり続ける事ができる俺が経験値を得るよりもショウたちが倒した方が今後を思えばいいはずだ。
戦場となった場所から離れて背を木に預ける。
「ここで見ているから思いっ切り戦え」
もちろん危険になれば助けに入るつもりでいる。
それに魔物との戦いに余計な物が介入しないように周囲を警戒する必要もある。
「ソーゴさんの言う通りですね」
ショウがシルバーを槍状に変形させる。
「僕らが相手にしなければならないのはもっと強力な存在です。それに今の僕たちはソーゴさんに助けられている状態です。だったら、少しでも助けになれるよう力が欲しい」
俺が今も異世界にいるのは『仲間も救いたい』という善意からだ。
帰りたければ一人だけでさっさと帰ってしまえばいい。
そうさせていない事がショウには不満だった。
「まあ、厳しそうな相手だけどやらないといけないし……」
マコトも剣を抜く。
男二人は覚悟を決めたようだ。
巨大な魔物と勇者7人による戦いが始まる。
ミラベルは戦力的に魔物と戦えません。