第6話 楽園への門
楽園への門。
それこそが俺たちの求めていた物に違いない。
「それは、ここにあるんですか?」
「残念ながらここにはない」
だが、少なくともどういった物なのかは知っている。
「説明をしてもらえますか?」
身を乗り出してアンが尋ねる。
他のメンバーも似たような心境だ。
俺は既に1度帰っているので落ち着かせることができているが、仲間が元の世界へ帰還する為には『楽園への門』が必要になる。
「ワシたち獣人は、瘴気の影響を受けたことによって人間より長命となったのじゃ。ワシもこのように老いた姿をしておるが、それも当然の話で既に500年以上の時を過ごしておる」
「ごひゃ……!」
最長老と呼ばれるに相応しい高齢な人だと思っていたが、こちらの予想を上回る年齢だった。
「そういった爺だからこそ今では失われてしまった伝承なんかを伝え聞いているというわけじゃ」
「それを教えて下さい」
「……いいじゃろう」
最長老が疲れた様子で語り始める。
「人間から迫害された獣人は逃げるようにしてこの地へと集って行った。じゃが、中には逃げるような事を良しとせず、立ち向かう者がおった。もちろん迫害する人間を駆逐していった訳ではない。彼らは、獣人の中でも武勇に優れた者で武の極致を目指していたと言われておる。そして、武の極致に至った時、彼らは楽園を目指して挑戦したのじゃ」
挑戦?
力を持つ者が何者かに挑む事によって門は手に入れる事ができる、もしくは利用することができる。
「結果はどうなったのか知らん。じゃが、彼はワシらの元へ戻って来る事だけは何百年という時が経とうともなかった」
成功したのか?
失敗したのか?
仮に成功した場合、楽園とはどのような場所だったのか?
「それで、『楽園への門』はどこにあるんですか?」
「悪いが、それは伏せさせてもらおう」
「は?」
咄嗟に出てしまった殺気を抑える。
ここまで話を聞かされて肝心な部分だけが分からないなど許せるはずがない。
「勘違いをしないで欲しい。ワシは、『楽園への門』がどこにあるのか所在を知っておる」
「じゃあ……」
「じゃが、それはワシらの望みを叶えてくれた時の報酬にさせて欲しい」
そう来たか。
だが、これも予想できた範囲内の事ではあるので頷く。
「で、『勇者』である俺たちに何をさせたいんですか? まさか、宣戦布告した人間たちと戦え、なんて言うつもりではないですよね」
『勇者』は世界を救う存在だ。
そのため、どこかの勢力に所属して手助けするような真似はしない。たとえ、それが迫害されていた獣人であってもだ。
「もちろんじゃ。お主たちに依頼したのはある魔物の討伐じゃ」
魔物の討伐。
魔王復活によって魔物が活性化している事を考えれば、勇者の役割から外れている訳ではない。
「その魔物は――」
「それについてはアタシから説明させてもらうよ」
屋敷の扉を開けて一人の女性が入って来た。
最長老と同じように皺くちゃな顔。それでいて背筋はピンとしているので弱々しさを感じさせない体をしている。
頭の上を見れば何かの鳥類を元にした獣人なのか羽のようなアホ毛が立っていた。
「アタシは鳩をベースにした獣人でね。どういう訳か若い頃の知り合いはここにいる爺さんを除いて死んじまったよ」
「ハク、今は客人を相手にしているんだから来るんじゃない」
「ダンベルトばっかり『勇者』を独占するなんて許さないよ。アタシだって今代の『勇者』を見ておきたいんだよ。次の『勇者』は見られるのか分からないからね」
一種の見世物にさせられていた。
ただ、申し訳ないのは次代の『勇者』が現れる事は絶対にないという事だ。
「で、説明というのは?」
「そうだったね。アタシは昔から占いが得意でね。若い連中はアタシの名前すら知らずに『占い婆』なんて呼んでいるぐらいだよ」
そう言って抱えるほど大きな水晶玉をテーブルの上に置く。
水晶玉は透き通っており、向こう側が見えそうなほど透明だった。
「アタシがいつもの日課で占いをやると、ここから5キロほど南へ行った場所にある集落が魔物に襲われる光景が見えたんだよ」
森の中心にある『世界樹』の傍に俺たちが今いる集落はある。
ただし、森の中にある集落はこの場にある集落だけではなく他にもいくつか存在している。いくら獣人が追いやられた存在だったとしても全員を一箇所だけで養えるはずがない。
「急いで伝令を走らせたんだけど、その集落にいたのは若い連中が中心でね」
彼らは占いを軽視して信じなかった。
結局、魔物に襲われて十数人の犠牲を出すことになってしまった。それでも発見が早かったおかげで多くの人々が逃げる事に成功した。
「それで、話が終わればよかったんだけどね」
集落への襲撃が終わった後、魔物は襲った集落を拠点にしながら次々と森にいる人を襲うようになってしまった。
人を喰った事により人の味を覚えてしまったらしい。
「あの魔物はアタシたちには手が出せない。そんな時にアタシの占いが近々ここへ『勇者』がやって来る事をおしえてくれたんだよ」
「なるほど」
森の上を飛んでいる時に散発的な襲撃があったが、それが中央にある集落とは関係の薄い集落からの攻撃だったのだろう。
対して中央では警戒をされてはいたものの急に攻撃されるような事もなかった。占いのおかげで事前に訪れる事が分かっていたのだろう。
「お願いしたい事は魔物の討伐ですか?」
「そうじゃ」
「どんな魔物なのか教えてくれますか?」
「そうじゃな」
ある程度の事は逃げて来た人たちからの目撃情報によって分かっていた。
形態としては虎型の魔物で、全身が茶色い毛に包まれている。おまけに土属性の魔法まで使えるらしく、最初の内に犠牲となった人々は取り囲んでいたにも関わらず地震のような揺れの後で身動きを封じられたところを襲われてしまった。
魔法が使える魔物がいない訳ではないが、軽々と取り囲んでいた者をまとめて殺せるほどの魔法となると全力なら災害レベルの魔法を使える可能性がある。
これ以上の犠牲を出す訳にはいかなかったので下手に討伐隊を出す訳にもいかない。
それだけ危険な相手という事になる。
「……少し仲間と相談させて下さい」
最長老と占い婆が退室する。
仲間だけになると相談を始める。
「どうする?」
「魔物の討伐でしょ。それほど危険もないんじゃない?」
ハルナは楽観視している。
たしかに今の俺たちのレベルを考えれば大抵の魔物はどうにでもなる。
問題は、大抵の魔物ではなかった場合だ。
「なぜ、獣人たちは自分たちの力だけで解決しようとしないのでしょうか?」
イリスが挙手しながら呟く。
そこが問題だった。
単純に力が足りていないだけならば何の問題もないのだが、魔物に関して勝てなかった理由が分からないまま挑むのは危険が伴う。
「この際、依頼の内容に関しては考えないようにしましょう」
「いいのか?」
「どの道、この依頼は引き受けなければならないのですから」
「……」
ショウの言う通りだ。
だが、言う通りだっただけに思わず言葉に詰まってしまう。
『楽園への門』に関する情報を手に入れる為には依頼を成し遂げる必要がある。俺たちにとって退路は既に絶たれている。
「結局は受けるしかないのか……」
悩むだけ無意味だったという事だ。
屋敷の外で待機していた最長老と占い婆を呼んで依頼を引き受ける旨を告げる。
「依頼は引き受けます。詳しい話を聞きましょう」
門の所在は8章の最後になります。