第4話 垂直離着陸機
翌日、フォーラントの観光を楽しむ。
森が近くにある事もあって狩猟によって多くの肉が得られるおかげで豊富な肉があり、調味料になる香辛料も少し探せば手に入るので味付けにも文句はない。
女性陣は量の多さに文句があるようだったが、食べ切れなかった分は全て俺が引き受けていた。ただ、見ようによっては引き受ける、というよりも押し付けられるような感じになっていた。
――どうしよう。
徐々にだが、元の世界に帰った時の光景に近付きつつある光景だった。
詳しくは話していない。向こうでのパワーバランスを考えると現実にしたくないと思ってしまったので黙っていたのだが、黙っていた事であのような関係になってしまったのかもしれない。
「いや、深く考えるのは止めよう」
「どうしたんですか?」
「何でもない」
振り向いたレイに言う。
収納魔法があるおかげで荷物持ちは苦にならないのだが、女性陣の長い買い物にいつまでも付き合わされるのは苦だ。同行しているショウとマコトもへとへとになり始めている。
「これが勇者か」
「どうかしましたか?」
朝から同行しているミラベルさんが呟いた。
「いや、こうして楽しんでいる姿を見ているととてもじゃないが世界を救う運命を背負った勇者には見えないなと思ってね」
「当然です。俺たちは最初からそんな存在ではありませんでした」
普通の高校生。
どこにでもいる子供をこんな面倒事に付き合わせたのはこの世界の人間だ。
「それで、そろそろ森を抜ける為に必要な乗り物を見せてくれない?」
「あ、あたしも気になっていた」
「仕方ないですね」
ミラベルさんだけでなくアンからも要求されて街の外へ出る。
森の入口までは100メートル。周囲は平原で、ある程度は開けた場所が必要になるのでこの辺りから出発するのがいいだろう。
「ちょっと離れていろよ」
地面に魔法陣が出現する。30メートル近くあり、かなり巨大である事が一目で分かる。
「な、何をするつもり!?」
ここまで大規模な【収納魔法】の魔法陣を見た事がないミラベルさんが狼狽えている。
他のメンバーも想像以上に大きな魔法陣に「何が出てくるのか?」と不安そうな表情をしている。
果たして、出て来たのは細長い機体の前後にプロペラが取り付けられた乗り物。
「な、何これ……」
恐る恐るといった様子でミラベルさんが乗り物を叩く。
乗り物からは金属の固い感触と音が返って来た。
「ねぇ、これ……」
ハルナたちも言葉を失っていた。
ニュースなどで映像として見た事はあっても実際に見た事はない乗り物だから驚いてしまうのも仕方ない。
「垂直離着陸機だ」
その場で垂直に離着陸が可能で、空中でのホバリングも可能な事から離着陸場所を比較的自由に決めることができる乗り物。昨今は悲惨な事故ばかりが取り沙汰されていいイメージのない乗り物ではあるが、便利である事には変わりがない。気を付けて操縦すれば問題ないだろう。
「問題ないから乗れ」
扉を開けて乗るよう促す。
それでも事故の映像が頭を過るのか躊躇している。
「こんな物をどうやって調達したんですか?」
「もちろん日本にある軍事基地からパクって……いや、拝借して来たんだよ」
「同じ意味ですからね」
ショウからジト目が向けられる。
いくら『借りた』という事実がなくなっていたとしても無断で拝借してしまった事には変わりがない。バレていれば間違いなく窃盗だ。
とはいえ、今後を考えるなら色々と必要になる。
深夜の基地に忍び込んで乗り物に向けて【収納魔法】を発動させるだけ、という簡単な仕事だった事もあって気軽に入手してしまった。
「まあまま、こんな物に乗れる機会なんて滅多にないんだから乗れよ」
「じゃあ……」
ショウとマコトから乗って行く。女性陣が後に続いた。
そして、最後にミラベルさんが続く。
「本当に付いて来るつもりですか?」
「祖母からあなたたちが何をするのか確認するように言われているわ。この乗り物で行けば安全なのでしょう」
「おそらく」
「だったら、アタシも同行させてくれない?」
そういう訳で『世界樹』まで9人で向かう事になる。
操縦席に座って操縦桿を握る。
頭上にあるプロペラが激しく回転して周囲に風を巻き起こす。
「……そう言えばスルーしてしまいましたけど、ソーゴさんが操縦するんですか!?」
「今さら、そんな事を気にするなよ」
既に垂直離着陸機は離陸してしまった。
「操縦方法はどうやって覚えたんですか?」
「今までだって使い方の知らなかった魔法道具を何度もぶっつけ本番で使っていただろ」
フェクダレム帝国でアクセルを相手に使用した対魔王兵器のヘスペリス。
ヘスペリスの使い方を誰に教えられた訳でもないにも関わらず、最初から使い方が分かっていたように扱っていた。
そんな事ができるのも特殊な【収納魔法】のおかげだ。
収納すると名前や使い方まで含めて詳細が分かるようになっていた。
垂直離着陸機も収納した瞬間に操縦方法からメンテナンス方法まで必要な知識が頭に叩き込まれた。
もっとも一度に多くの機体の情報を手にしてしまったせいで頭がパンクしそうになって倒れかけてしまったが。
「大人しく座って外の景色でも見ていろ」
機体はすぐに木の上にまで高度を上げる。
さすがに垂直離着陸機のような特殊な機体の操縦を見様見真似でさせる訳にはいかないので操縦は俺がやらなければならない。
「飛ばすぞ」
樹が遥か下方に見えたところで垂直離着陸機を前方に進ませる。
搭乗者に配慮してゆっくりとした速度だ。それでも時速100キロ近く出ているため目的地まではあっという間に辿り着けるはずだ。
「わぁ、すごい……!」
広大な森を凄まじい速度で駆け抜けるのは圧巻の一言だ。
異世界に存在する馬車とは比べ物にならない速度。久し振りに味わう乗り物の心地に笑顔になっている者がいる。操縦者が素人である事などすっかり忘れているようだ。
「こんな乗り物が存在しているのか」
対してミラベルさんは青い顔をしていた。
初めての乗り物に戦々恐々としているのか。
「あなたたちの世界にはこんな乗り物が普通に存在しているのか?」
「数は少ないですけど、軍事基地とかには普通に配備されている代物ですね」
「そうか。こんな速度で空を飛べる乗り物に襲われたらこの世界の人間ではひとたまりもないな」
「でしょうね」
ミラベルさんに予想できる攻撃方法は奇襲して空から投石などによる轢死、人員の迅速な輸送といったところだろう。
実際、十数人を短時間で移動させる事が可能だ。
「弓矢での迎撃も可能だろうが、この高度と速度で動く相手に当てられる人物など本物の天才――特殊なスキルを持った人物だけよ。そんな人は世界にも数人しかいないわ」
「さすがに、弓矢で当てられるような人は……」
笑いながら否定しようとしたハルナ。
「……ん?」
しかし、次の瞬間に足元から聞こえて来た音に気付いた。
音は一度で終わらずに2度、3度と続く。
「どうやら本当に射って来たみたいだな」
残念ながら4度目が当たることはなかった。
それに3発の矢が機体を傷付けることもなかった。
「今のって……」
「誰かが矢で攻撃して来たみたいだな」
「ちょ、大丈夫なの?」
「特殊なスキルで当てられたみたいだけど、明らかに威力不足だ」
せっかく放った矢も機体に弾かれてしまった。
「ミツキなら正確に狙えるんじゃないか?」
【射撃】のスキルを持つミツキ。
彼女なら空を飛ぶ機体に当てることもできるはずだ。
「当てるだけなら可能だと思う。けど、どんな武器なら垂直離着陸機を壊す事ができるの?」
結局は攻撃方法が不足しているのが問題だ。
「さあ? これを撃ち落としたいなら地対空ミサイルでも持って来れば?」
オ〇プレイです。