第1話 獣人との確執
密林国編開始です
「フォレスタニアってどういう国なの?」
次の目的地に向かって車を走らせていると隣に座ったアンから質問された。
ちなみに運転はマコトが行っている。最初は不安そうに弟の運転を見ていたアンだったが、これまでの旅で運転に慣れたショウの運転を何度も見ていたおかげでスキル【模倣】を使って難なく運転している。
「俺だって詳しくないんだけど……」
頼りにできるのはガイドブックぐらいだ。
むしろメグレーズ王城できちんとした教育を受けていたはずのアンたちパーティの方が国々の情勢には詳しいはずだ。
「いや、あたしはあまり興味がなかったから覚えていないの」
あっけらかんと言うアン。
「私はきちんと聞いていましたよ」
ユウカはきちんと聞いていたらしい。
「そもそもの成り立ちから説明するなら獣人族についてから説明しないといけないですね」
「ファンタジー世界と言えば獣人だけど、俺はほとんど見た事がないな」
これまで大都市と呼べる場所に何箇所も立ち寄って何十万という数の人を見て来たが、その中に獣耳を持つ人物は数える程度しかいなかった。
俺が見つけられなかっただけかもしれない。
「獣人がどのようにして生まれたのかは定かではありません。ある日を境に人の中で頭の上に獣の耳を持ち、その獣のような特性が身体能力に現れる者が突如として見られるようになった。それが成り立ちらしいです」
獣人発生の原因は分かっていない。
しかし、ある時を境に普通の人が獣人へと姿を変えてしまった。
「世代を変えても獣人の子供には獣人としての性質が受け継がれてしまいます」
人々は謎の現象として獣人化を受け入れるしかなかった。
「大昔――それこそ最初の魔王が生まれる前の数年は普通に共存していたらしいです。ですが、状況は最初の魔王が現れてから一変します」
魔王が現れて以降、街中で突発的に暴れ出してしまう獣人が増えた。
しかも暴れていた人はしばらくすると正気に戻るのだが、暴れていた時の記憶はなく、どうして暴れたのか理由も分からないと言う。
原因不明という事で調査が行われる事になった。
結果――暴れた獣人の中に僅かながら瘴気が確認され、瘴気が精神に異常を来たして暴れ出す原因になっていると結論が出された。
「つまり、魔族と似たような状態になったのが獣人だったのか?」
「はい。正確に言うと瘴気を受けて変質した動物も魔物と呼ばれます。そのため魔物ほどの変化はなかったものの魔物へと近付いてしまった者の事を獣人と呼ぶ、という認識へと変わったみたいです」
魔物に似た存在。
この世界の人にとって魔物は討伐しなければならない危険な存在。
そんな存在と似ていると知らされていつまでも友好な関係を築き続けられるはずがなかった。
「気付けば人々は獣人の事を畏れて遠ざけるようになったみたいです」
獣人の中でも瘴気の影響を受けて暴走してしまうのは極僅か。
それでも獣人全体が暴走する危険を孕んでいた。
「獣人側も人々がそのような意識を持った事に気付いたみたいで自主的に人のいる場所から遠ざかったみたいです」
最初の魔王に対しては『勇者召喚』が当初からなかったために魔王が討伐されるまでに十数年もの時間を擁してしまった。
それだけの時間があれば獣人を迫害するには十分だ。
「ところが、人の全くいない地域など限られています」
選んだのが密林の奥地。
密林の入口では人が生活していたが、奥地は人が生活するには向かない環境の場所だったため無人だった。
「獣の特性を持っている獣人にとって密林の奥での生活は難しい事ではなかった。さらに密林の奥へ行けば行くほど魔王の影響を受けにくくなったこともあって獣人はそこを聖地にして生活するようになったらしいです」
「そういう事情があったのか」
ガイドブックから得られる知識だけでは限界があった。
俺が知っていたのはフォレスタニアが昔から獣人の聖地として崇められている事と場所ぐらいだった。
その場所の背景など気にした事がなかった。
「そんな場所なら俺たちが足を踏み入れるのはマズいかな」
迫害された人々が頼った場所。
そこへ異世界の人間とはいえ、人が足を踏み入れる事を快く思わないかもしれない。
「それは……」
さすがにその辺までは教えてくれなかったらしい。
「実を言うと、そういった事情も過去の事になっているんです」
「どういう事?」
「迫害が行われたのは1000年以上も前の事。そこから何世代も重ねた結果、今の人たちは獣人が自主的に密林の奥で生活を選んだ事を知らない。人間側にしても獣人は追いやるものだという認識だけが残って背景なんかは一般には伝わっていないんです」
「は? なんだよそれ」
獣人を迫害する人間。
人間から迫害される獣人。
そういう図式だけが残されてしまった。
平和な日本で育った人間としては信じられない差別意識だ。いや、日本でもある所にはあったのだろうが、目にするような機会はなかった。
「ただ、暴走についても伝わっていないので一般で獣人を忌避するのは極一部の人たちだけ。そこまで毛嫌いされている訳ではありません」
「そっか」
ホッと胸を撫で下ろす。
「人間の中でも獣人を毛嫌いしているのは貴族などの特権階級に座している人々が大半です」
迫害していたという事実を背景に獣人を奴隷のように扱う口実にしているらしい。王家としては、獣人に対する負い目もあるのでどうにかしたいと思っているらしいが決定的な解決策を見出すことができずにいる。
「私が獣人に対する認識を正しく持てているのは、私たちに教えてくれたのが背景を今でも正しく受け継いでいた王城の人たちだったからです」
せめて異世界から召喚された人たちには正しい認識を持っていて欲しかったらしい。
ただし、こちらにとっては関係のない話だ。
過去にどのような背景があろうとも今がどのような態度を取るかだ。
「じゃあ、街中にいる獣人は?」
これまでに立ち寄った都市に獣人がいなかった訳ではない。
「彼らは森から出て来た獣人でしょう」
永い時間を経た事で獣人の中に森の中でジッとしている事ができない者が出て来てしまった。
その事を咎める事は出来ない。
そもそもが同じ人間であるにも関わらず危険だから、という理由だけで密林の奥へと追いやった方にも問題がある。
せめて出て来た者ぐらいは歓迎しなくてはならない。
貴族などに見つかってしまうと面倒事にしかならないので一か所に定住することなく旅をしながら生活している者が多いらしい。
「それならますます……」
「間違いなく簡単には受け入れられないかと」
思わず頭を抱えてしまった。
今後の事を考えると獣人との接触は絶対に行いたい。
ところが、獣人側から歓迎される可能性は低い。
そうなると取れる選択肢は限られてくる。
「最悪、武力行使をする事になるのか……」
「それは――」
止めようとするレイだったが、俺の表情を見て諦めた。
必要なら本気でやると悟ったのだろう。
なにせ今なら広大な森が相手だろうと焼き払えるだけの火力を手に入れた。この手には人類が手にしてしまってはいけない禁忌の兵器まであるのだから畏れてしまうのも仕方ない。
「ま、フォレスタニアの入口まででさえ車を走らせても5日は掛かる。その間に方法を考える事にしよう」
俺たちの目的地は聖地である密林の奥地。
当然、舗装などされていない森の中を車で移動できるはずがないので奥地までは自分たちの足で移動するしかない。
今や収納内は危険な兵器で一杯になっています