第26話 世界を越える物資
「ただいま……」
「ソーゴさん!?」
異世界ポラリスへと戻って来る。
戻って来てしまった……
世界を移動した時と同じ場所へ移動すると仲間が全員こちらを見ていた。
「いきなり『転移の宝珠』が現れて宙に浮いたと思ったら光を放って気付けばソーゴさんがいたんです」
ショウが何があったのかを説明してくれる。
たしかにいきなり物が現れれば警戒するのは当然だ。
「いきなりいなくなって本当に心配したんですよ」
「それは、悪かった」
涙目のレイに謝る。
向こうは離れ離れになっていたと言う。
さっきまで見た目は全く変わらない存在と一緒にいたので不思議な気分だ。
「……それで、どこへ行っていたんですか?」
空を見上げれば夕焼けが見える。
どうやら半日近くも向こうで過ごしてしまったらしい。
「元の世界へ帰っていた」
「!?」
俺の言葉に全員が驚く。
だが、この程度では済まされない。
「向こうの世界で俺がこの後何かをして召喚された事実が可能な限りなかったことにされていた」
「何か、とは?」
「分からない。そこまでは教えてもらえなかった」
そこで、向こうに行ってから何があったのかを教える。
未来の自分が召喚された直後まで時間跳躍をした事。それに他のメンバーも一緒に付いて行ったので記憶を保持した状態で仲間も過去へ跳んだ事。
――全ての問題は解決されていた。
「本当なの?」
懐疑的な目を向けてくるハルナ。
タイムトラベルそのものは『聖典』を使って何度も経験させているが、それでも召喚された直後まで移動できるとは信じられなかった。
「本当だ。嘘を言う理由がそもそもない」
「そうなんですよね。これが何者かの策略だったとしてもこんなに手の込んだ嘘を教え込ませる必要性が感じられません。なら、ソーゴさんだけは世界を越えられる、という事になりますね」
「ズルい!」
黙って話を聞いていたアンが立ち上がる。
俺たちにとって元の世界への帰還は最重要目的。
一人だけ叶えられてしまったので羨ましいのだろう。
「落ち着いて下さい」
「けど……」
「こうして戻って来たという事は僕たちの事を諦めるつもりはない、という事です」
「う……」
下級生から指摘されてアンが引き下がる。
そろそろ物的証拠を見せてもいいだろう。
「実は、向こうの世界へ帰還を果たした皆から預かっていた物がある」
レイを始めに次々と集まる未来の仲間たち。
全員の想いは一致しており、過去の自分たちに協力していた。
収納から預かっていた物を取り出す。
「……これって携帯電話?」
そう。俺が預かっていたのは皆の携帯電話。
異世界に来た時にも所有していたが、異世界には電気も電波もないので最初の内に城に置いて来てしまっていた。
「でも、携帯だけがあっても……」
「電波がないんじゃあ連絡も……」
「問題ない。俺が持って来る」
一時的に世界と世界を隔てる壁を収納する。
そうして開いた穴を通して連絡する。
「時間としては数十秒が限界だろうけど、これで世界を越えて連絡が可能になる」
「じゃあ……!」
期待に満ちた目を向けてくるレイ。
「ああ、両親と会話するぐらいなら可能だ」
「ありがとう!」
あまりの嬉しさから抱き着いて来るレイ。
それだけ喜んでくれるのなら無茶をする甲斐もある。
「ただし、自分が召喚されたとか久し振りの会話だと思われるような言葉は控えるようにしてくれ」
不審に思われてしまうと未来の自分が困る事になる。
彼女たち自身からそのように頼まれていた。
「【収納】」
一度、世界を越えてしまった影響なのか簡単に次元の壁を取り除くことができた。
喜びながら家族との通話を始める仲間。
彼女たちにはこれでいいだろう。
俺は焚火の前まで行くと鍋にお湯を用意する。
「ソーゴさんは電話しないんですか?」
一人だけ電話をしないマコトが隣に座った。
「俺は会おうと思えばいつでも会えるようになったから電話する必要はない。そういうお前はいいのか?」
「僕は、今お姉ちゃんが電話しているからできないんです」
両親との会話を姉に譲った弟。
「僕はお姉ちゃんを両親の元に還すことができればそれで構いません」
「そうか」
「だから感謝をしています。僕も最後まで付き合います」
「……ありがとう」
何を言ったらいいのか分からず視線を目の前の鍋に移す。
「ところで、お湯を用意しているみたいですけど、何に使うつもりなんですか?」
「……ん? 携帯電話以外にも物資を手に入れたから食べ物を用意するつもりだけど」
そうしている内にタイムリミットが来てしまう。
次元の壁は修復され、電波を繋げることができなくなってしまった。
「ありがとうございます。久し振りにお母さんの声を聞けてよかったです」
「わたしもお父さんが元気みたいでよかった」
「あたしは……ボロが出るんじゃないかって不安だった」
レイ、ミツキ、ユウカは家族と会話できたことで満足できたらしい。
「せっかくだから今日は俺が夕食を用意しよう」
「何を作ってくれるの?」
「果たしてこれを作る、と言えるのか」
お湯が沸騰したみたいなので火の傍からどける。
そして、収納から取り出した物を見て全員の視線が釘付けになる。
「これは……」
「カップラーメン」
「そう。久し振りに食べようぜ」
どこにでもあるカップラーメン。
味噌、醤油、塩と様々な味を用意したので好きに選んで欲しい。
これなら沸騰させたお湯を注いで時間を待てば完成だ。
料理と言えるほどの手間を掛けていない。
「いただきます」
ラーメンを口の中へ運んで行く。
「美味しい……」
ハルナがポツリと零した。
決して味は上質な訳ではないが、異世界では決して食べられない懐かしい食べ物に感動してしまった。
「後は、これだな」
ハンバーガーにコーラ、ポテトチップスなどを出して行く。
大量のジャンクフード。
普段なら体調や体重を考慮して暴飲暴食を避けるべき食材が並べられる。
「こんなに……」
「いいの? けっこうな値段がしたと思うけど」
「大丈夫だろ。異世界産の金塊を売り払って得た金で手に入れた物らしいから購入資金については気にする必要がないぞ」
この後で何をしたのか知らないが、未来の俺の収納には大量の金塊が入れられていた。
しかも【収納魔法】を駆使して安全に売り払う方法まで確立させていた。
もはや、一生を遊んで暮らしても問題ないレベルで資産を持っている。
「さて、今後の予定を教える」
大きな目標としては、『楽園への扉』を探す事。
その為の情報収集が必要になる。
「このまま西を目指そうと思う。ただ、西は西でも南西だ」
「南西と言うと大きな密林があったよね」
しっかりと異世界の情報を叩き込まれたアンは近辺の地形を覚えていた。
「そうだ。密林の中で生活している亜人が目的だ」
異世界には獣人や亜人と呼ばれる人間とは違った特徴を持った人がいる。
ところが、ポラリスではあまり見かけなかった。
理由は、ポラリスでは獣人や亜人の迫害が酷く、多くの獣人は身体能力の高さを活かして密林のような隠れやすく人間が生活するには厳しい場所を生活の拠点としており、亜人たちも隠れながら生活していると聞く。
「もう、人間の国々には『楽園への扉』はないと考えた方がいいだろう」
これまで大国を巡って来たが、目ぼしい情報は得られなかった。
持っている可能性が高いとしたら人間以外の種族の方が可能性が高そうだ。
「そういう訳で次の目的地は亜人たちの聖地――フォレスタニアだ」
これにて第7章は終了です。
年内に完結させたかったので4話分ほど削ったせいでイルミナティでの出来事はところどころ不都合があったかもしれません。本当はロットも都市を裏から操る組織のトップだったんですけど、話を削る為に都市長という立場になりました。
さて、一人だけ帰還を果たした主人公。
元の世界の物資も持って来られるようになったので、さらにやりたい放題です。
皆さま、来年もよろしくお願いします。