第21話 重力弾
煙を発生させて姿を消し、さらには派手に大岩を出したことで俺たち自身への意識が向いていなかった。
そこで、気付かれないよう一気に近付いたところまではよかったのだが、悠然と立っているだけのロットは口を閉ざしたままだった。
だから――驚かせて口を大きく開けさせた。
巨体のロットが口を開けば中に放り込むのは簡単だ。
俺が中に放り込んだ物は、バスケットボールのように丸まったシルバーだ。
体の一部で主であるショウと繋がったままのシルバー。ショウの魔力を流されて体の形を鋭い剣に変える。
「ぐおおおぅ!」
いくらタフな相手でも内側から攻撃されれば無事では済まない。
その証拠に超重力空間が消失している。
さらにはアイテムボックスまで預けている。
――ボォン!
上を向いたロットの口から黒い煙が吐き出され、腹が大きく膨らむ。
「あ、わたしの渡した爆薬が使われましたね」
最近では高火力の爆薬を用意するのがマイブームらしいレイ。
ちょっと振って空気と触れ合わせるだけで爆発を起こすことができる。威力の方も現代兵器に劣らない。
「煩い蠅め!」
ロットが鋭い爪の生えた両手を自分の胸に突き立てる。
そのまま固い扉を無理矢理開くように左右へ動かす。
「まさか……!」
左手を開いた胸の中へ突っ込む。
出された手の中にはシルバーが握り締められていた。
「スライム、だと……?」
自分を苦しめていた存在が最弱の魔物として知られているスライムだと知って顔が歪んで行く。
最強の存在になれたと思っていた彼にとって最弱の魔物に苦しめられるのは屈辱以外の何物でもない。
「ふざけるな!」
握り締めていたシルバーを地面に叩き付ける。
粘性の体がポヨンポヨンと跳ねる。
「潰れろ!」
苦しんでいる間に消失していた重力空間が元に戻る。
しかし、元に戻った時にはシルバーは効果範囲内にはいなかった。ショウが自分の手元から鎖を伸ばしてシルバーの体にくっつけると引き寄せた為だ。
「ええい、忌々しい」
ロットが逃れたシルバーへ手を向ける。
「届け!」
ロットの手から放たれた直径30センチほどの真っ黒な球体が放たれる。
間違いなく重力に関連するような力を備えた攻撃だ。
銃から瓦礫を放ってショウと重力の球体の前に壁を生み出す。
「は……?」
重力の球体――重力弾が瓦礫に穴を開けて突き進む。
重力弾が通った後にはポッカリと消失したような穴が開いている。
「防御は無理だ」
【加速】を使ってショウの前に躍り出る。
左手を突き出して手から魔法陣を発生させる。
ありとあらゆる物を呑み込んで来た【収納魔法】の魔法陣。このまま重力弾も呑み込んでみせ……
――パリン!
まるでガラスが割れるような音と共に魔法陣が砕け散った。
そして、瓦礫と同じように真っ直ぐに突き進んだ重力弾が魔法陣の先にあった手を撃ち抜く。
「あ……っ!」
二の腕あたりが消失していた。
そのせいで肘から先だけの左手が地面に落ちている。
「ははっ、はは……!」
ロットの口から笑いが漏れ出す。
「これだ。この力だ! 自分は大丈夫だと慢心しているからそのような目に遭う!」
たしかに【収納魔法】を使えばどんな遠距離攻撃も無力化することができると思い込んでいた。
「そっちだって胸に大きな口が開いているぞ」
「これぐらいは問題ない」
ロットの体内で瘴気が高まる。
すると、ロットの瘴気に応えるように周囲の地面から瘴気が噴き出してロットの胸に空いた口を覆ってしまう。
「おいおい……」
「ふぅ、いくら回復することができるとはいえ、胸に大きな穴を開けてしまうのは辛いな」
穴が開いていた場所に手を当てて体の状態を確かめている。
その場所に傷は既になく、消耗した様子はない。
瘴気を集めることによって自らの傷を癒し、失った体力まで回復させてしまえるみたいだ。
「高い授業料になったけど、学ばせてもらった。次に活かさせてもらう」
「次? そんなものはない!」
拳を突き出してくる。
重力が付与された拳は何物をも砕いてしまう。
左手で拳を弾く。
「なに、左だと……?」
「体を再生させる事ができるのはお前だけじゃない。こっちはパラードから奪った【再生】も持っているんだから腕の1本や2本程度なら好きなだけ持って行けばいいんだ」
情報は手に入った。
最悪の場合には戦闘開始直後まで跳べばいい。
「どれだけ私を苛つかせれば気が済むんだ!?」
辺りに重力弾をばら撒く。
重力弾の直撃を受けた建物に穴が開けられて行っている。
「全員、アレを受けるなよ」
「さすがにさっきの見た後だと受けないわよ」
飄々とした様子で重力弾を回避していくハルナ。【強化魔法】で速度を強化しているおかげで苦労することなく回避できている。
他の皆も回避に余裕がある。
中でも最も余裕があるのはアンだ。
「こっちよ」
態とロットの前に立つ。
明らかな挑発に冷静さを失ったロットが重力弾を放つ。
しかし、直前まで立っていた場所にアンはおらず、重力弾は地面に穴を開けるだけで終わる。
「残念ね」
いつの間にか左横へ移動している。
「クソッ!」
再び狙い済ました重力弾が放たれる。
「本当に遅い攻撃ね」
「どういうことだ……」
気付けば左横――元の位置まで戻られている。
単純に速いとかそういう次元の話ではないことにロットも気付いた。
アンのスキル【瞬動】。
目視している場所へなら一瞬で移動することができるスキル。言ってしまえば瞬間移動を行っているからアンに重力弾は当たらない。
魔力消費が激しく、本来なら日に10回も使えればいい方らしいので多用できるスキルではない、という欠点を持っていた。ところが、俺の与えたアイテムボックスによってステータスを一気に向上させたおかげで100回ぐらいなら余裕で使用可能になったと言っていた。
「はっ!」
――ガキン!
背後から跳んで首へ斬り掛かったマコトの剣がロットの体に当たった瞬間に弾かれる。
「硬い!」
魔王として持っているステータスは、アイテムボックスによるステータス強化を大幅に越えている。
自分の剣技が通用しない。
純粋な剣士ならショックを受けるところだが、マコトは剣士から動きを模倣しただけの人物。
目の前に迫っていた拳を受け流す。
ロットの方も回避される事は織り込み済みだったらしく、重力弾をばら撒く。
しかし、巧みな足捌きで回避されてしまい、当てることができない。
「凄いな。体の動かし方だけで残像を生み出している」
この動きも誰かから【模倣】したものだろう。
彼らのパーティはマコトが前衛として剣を振るい、アンが遊撃として相手へ一瞬で接近し、ミツキとユウカが後衛として弓矢と魔法でサポートする。
囮は彼女たちに任せておけばいいだろう。
その間に確認しなければならない事がある。
逃げ回りながらショウに近付く。
「魔結晶はあったか?」
と言っても相手はショウではなくシルバー。
腕輪形態になっていたシルバーが首だけ出して頷く。
「それはありがたい」
「そうなんですか?」
「相手は瘴気を必要としているとはいえ再生能力を保持しているんだ。普通にやっていたんじゃ絶対に勝てない」
勝つ方法としてはロットの体内にある魔結晶を抜き取ってしまう事。
そうすれば魔王と言えども動かなくなるはずである。
「でも、どうします? 先ほどの攻撃で体内への侵入は警戒されていますよ」
同じ方法での体内への侵入は不可能だろう。
「悪いけど、真っ向から立ち向かうだけだ」
「後、瘴気についてはどうしますか?」
「……方法は考えているけど、成功する保証はない」
「そもそも、倒す事ができるんですか?」
不死性を持つ相手にショウが不安になってしまっている。
対して俺は不安に思っていなかった。少なくとも前回の勇者が倒しているのは間違いないのだから倒せない相手では……
「そうか!」
収納内にある勇者の遺した日記を確認する。
日記そのものはギルドで渡してしまったが、情報は収納に残されたままなので何度でも閲覧が可能になっている。
「ここに魔王の倒し方が載っている」
魔王の倒し方――カンニングします!