第20話 前魔王
復活した前魔王。
ところが、復活した直後に殴られて都市の広場まで吹き飛ばされた。
彼には何が起こったのか全く分からなかった。彼――と言っても内面は既にロットの特性によって上書きされてしまっているため困惑しているのはロットそのものだ。
「ど、どういう事だ……」
くぐもった声が広場に響き渡る。
「塔の前で道は広く造られているとはいえ、お前みたいな巨体を相手にするには狭い場所だったんで移動させてもらった」
「そういう事ではない!」
疑問を口にしてしまっているようだったので答えてあげると怒りだした。
まあ、困惑するのも分からなくはない。
「先代の魔王は、圧倒的な破壊力を武器に人間の都市を次々と自ら落としていったという逸話がある。単体での力に優れているはずの魔王がどうしてこうも簡単に倒される!?」
蘇った魔王は決して弱い訳ではない。
手近な場所にあった小さな倉庫を手で掴むと握り潰す。
「ふむ……」
ロットが自分の力を確認して納得している。
「どうやら弱い訳ではなさそうだ」
ロットが握り潰したのは倉庫の一部などではなく倉庫そのもの(・・・・)。
細かな破片が足元に落ちる。
「これが私の求めていた力だ」
倉庫を握り潰すなど人間にできるはずがない。
「先ほどは私を倒すと言っていたな。まだ、本気で勝つつもりでいるのか?」
「……勝てるさ」
「ほざけ!」
青黒い腕を伸ばして殴り掛かって来る。
ロットの拳が空振る。
「……」
「随分と遅い攻撃だ」
「がっ!」
後ろから蹴るとロットの体が前へ倒れる。
「死ねい!」
両手を使って何度も拳を突き出してくる。
しかし、その全てが俺に当たることもなく、地面を打ち抜いている。
「……どういう事だ?」
地面に空いた大穴を見ながらロットが呟く。
「単純な話だ。どれだけ強力な力を得ていても当てる為の術を持っていなければ当てることができない」
「……!」
ロットの体を斬ると血が溢れ出す。
「ええい!」
苛立ちながらロットが腕を振るう。
しかし、その場に俺はいない。
「加速能力――随分と便利な能力を手に入れることができたな」
魔力の消費が激しい能力ではあるものの攻撃が当たる一瞬にのみ特性を発動させれば全ての攻撃を回避することができる。
ロットの体を何度も斬り付ける。
彼は俺の動きを捉えられていない。
「その煩い動きを止めろ!」
ガクッ!
全身が重くなったような衝撃を受けて走り回っていた俺の体が止まる。
――!
咄嗟に後ろへ全力で跳ぶ。
想定以上に離れることができない。
おまけに俺が立っていた場所へロットの拳が叩き込まれる。砕いた地面の破片が襲い掛かって想定以上に離れることができなかったこともあって押し出されるようになる。
ロットまでの距離は50メートル。
「……ようやく体の使い方が分かって来たぞ」
真っ赤な瞳が俺へ向けられる。
「今のが前魔王の特性か」
「ああ、これだけの力があるなら最強の魔王と言われていたのも頷ける」
「試させてもらおう」
二丁拳銃を取り出して大岩を射出する。
しかし、ロットの手前10メートルで岩が粉々に砕けた。
「貧弱だな」
ロットが一歩踏み出す。
すると力に耐え切れなくなった家の一部が粉々に砕けて消失してしまった。
「もはや誰も近寄ることすら叶わない」
笑いながら近付いて来る。
「消失させている――と言うよりも超パワーで圧し潰しているような感じだな」
後ろへ跳びながら大岩を射出する。
全ての大岩がロットの手前10メートルで消滅してしまう。
「効果範囲は10メートルってところか」
弾丸を変更。
一般的に使われている鉛玉と同じくらいの大きさの弾丸が【加速】特性の恩恵も受けて発射される。
しかし、やはり10メートル手前で消滅してしまう。
「なら、こっちだ」
収納から大量の水を放出。
やはり、10メートル手前で消失してしまう。
同じように突風を圧縮させた弾丸を発射してみたが、見えていないせいで正確な場所は分からないが10メートルよりも先へ進めたような感じがしない。
「重力ですね」
ずっと混ざるタイミングを伺っていたショウが近付いて来た。
他の仲間も同じような状態で復活した魔王を前に武器を構えて警戒していた。
「やっぱりそう思うか?」
「最初の頃は拳による攻撃に重力を付与させて威力を増加させていたみたいですが、今は完全に力を使いこなしているみたいで自分の周囲に超重力の空間を形成して近付く物全てを潰しています」
それでいてロットの体は重くなっていない。
自分は影響を受けないという特性まである。
「俺は無事だけど?」
「あの超重力は、特性によって生み出されたものです。魔力が多く魔法抵抗力の強い者なら耐えられるということでしょう」
離れたところから見ていたショウには状況も見えている。
「どうしますか?」
「全員で協力すればどうにかなるだろ」
決して倒せない相手ではない。
それは魔王が倒された事から明らかだ。
「絶対に超重力フィールドの中に入るなよ」
全員が頷く。
俺と同じように耐えられる保障などない。
ロットの後ろからミツキの銃弾が迫る。昨日の内にアイテムボックスへ魔結晶を移し終えているので【射撃操作】のスキルも体得している。ロットの横から撃ったはずの銃弾を後ろから襲わせる事も可能だ。
「煩い蠅だ」
ロットが背後に向けて左手を伸ばす。
ミツキの撃った6発の弾丸が消滅する。
だが、1発目の弾丸は7メートル手前まで進み2発目も他の弾丸よりも1メートルだけ近付くことができていた。
「火球」
ユウカの周囲に浮かんだ20発の火球が左から襲い掛かる。
舌打ちしながら背後に向けていた目を大量の火球へと向ける。
「むっ」
ロットの足が地面に埋まる。
重力の影響を受けた訳ではなく、地面に潜行していたマコトが片足を掴んで引き摺り込んだ。
「あの程度で十分ですか?」
「あれで十分だよ」
マコトにも倒した魔族の魔結晶を渡しておいた。おかげで地面や壁といった障害物の中へ潜り込むことができるようになった。
一応、超重力空間の中で素手を晒しても無事でいられるようにハルナに【強化魔法】を掛けてもらってステータスを上げていたが、土中の中だけでなく素手を晒した状態であっても無事だった。
「やっぱりな」
最初からある程度は予想できていた。
前魔王の特性が『重力』であるのは間違いない。
しかし、全てを押しつぶしてしまうような能力なのだとしたら地面まで陥没してしまわないのはおかしい。
「あいつは意識的に重力の影響を受ける物を選んでいる」
ただし、近付いている物さえ認識してしまえば圧し潰してしまうことができる。
「レイ頼む」
「はい」
試験管を地面に叩き付ける。
中に入っていた薬液が空気と触れ合って白い煙を発生させる。
「毒ガスを発生させても無駄だ」
白い煙が毒ガスだと思っているロット。
その煙も10メートル手前まで近付いたところで消滅してしまう。
しかし、周囲には白い煙が充満し俺たちの姿を隠してしまう。
さらに収納から直径30メートルある大岩を次々と取り出して行く。
「無駄だ。私はこうして立っているだけでいい」
腕を組んで立っているロット。
彼の意識は目立つ大岩へと向けられている。
「そうでもないさ」
ロットの後頭部に張り付くと声を掛ける。
「なっ!?」
驚き口を開けるロット。
認識されたことによって俺の体に超重力の負荷が掛かる。しかし、持ち前のステータスで耐え、【再生】によって潰された体を次から次へと修復させて行く。
自分の体には構わず大きく開けた口のところへある物を入れる。
――ゴクッ!
俺が入れた物を呑み込んでしまった。
「何を入れた!?」
「教える訳がないだろ」
前魔王の特性は対象を認識しなければ使用することができない。
何らかの物を入れられたとしても何を入れられたのか認識していないロットでは対処することができない。
「それに入れた時点で俺たちの勝ちだ」
ロットの口の端から細い線のような物が飛び出していた。
それは、従魔との繋がりを明確にしておく為の物だ。
「やれ、シルバー」
「がぁ!?」
体内で鋭い剣に変えたシルバーが暴れる。