第19話 胎動
【収納魔法】は生物を収納する事はできない。
色々とできるようになったが、そのルールだけは改変することができずにいた。
そして、卵から孵ったことでルールに反してしまった。
「凄い光景ではないか」
波紋の奥から棺が出て来る。
空中に浮いた棺が粉々に砕けて『卵』が現れる。
――ドクン、ドクン!
生きているかのように卵から衝撃が伝わって来る。
「本当に卵だ」
棺から出て来た時は鶏卵と同じくらいの10センチ程度。
しかし、脈打つ度に大きくなっていき今では50センチ近くにまで膨れ上がっている。
「これが、あいつの言っていたタイムリミットか」
タイムリミット=孵化の瞬間。
だが、気になる事がある。
「まだ言われた時間になっていないぞ」
「君は、敵の言葉をそのまま信じるのか?」
信じてしまった。
嘘の可能性など一切考えずに24時間――夕方までにどうにかしようと考えていた。
「いや、あの時は24時間がタイムリミットというのは間違っていない。ただ、タイムリミットまでの時間が短くなっていただけだ」
「なに……?」
「【収納魔法】で作り出した亜空間の中に入れられているというのは卵にとってはストレスでしかないらしい。そのため卵は孵化を急がせようとする。もっとも、そのせいで復活は不完全なものになってしまい、全盛期の8割程度に留まってしまった」
「さっきまでやっていたゲームは?」
「あれは、単純に都市から脱出されない為の策だ」
怪しげなアイテムを手に入れ、黒幕の存在も示された。
そういった情報を手に入れた結果、俺は逃げるよりも真っ向から立ち向かう事を選んだ。
気付けばロットにとっていいように動かされていた。
「さすがに都市外へ持ち出されると卵まで届かない可能性があった。だから、イルミナティに留まるよう誘導させてもらった」
思わず舌打ちしそうになる。
完全にハメられた。
「それに塔で奴らと戦ったのもマズかった」
「え?」
「彼らは弱くても魔族である事には変わりがない。瘴気を所有している者が死に、さらには死んだ時に『前魔王の復活を心の底から望む』ように教示しておいた。死に際の想いは何よりも強いものとなって卵へと注がれた。その結果、孵化までの時間が大きく短縮されることになった」
「あちゃあ……」
こちらの行動の全てが裏目に出てしまっていた。
「ああ、楽しみだ――ゴハァッ!」
血の塊を吐き出すロット。
さすがに脇腹を剣で抉られた直後に興奮して話をしていれば傷が広がることになる。
「けど、そんな傷を負っていたら意味はないんじゃないか?」
明らかに致命傷だと思われる。
「こんな力を持たない肉体なんていらない」
「いらない?」
「卵には何カ月も掛けて私の知識と思考パターンを叩き込んでいる。私と同じ知識を有し、同じように考える者――それは、もう私自身と言ってもいいはず」
前魔王を復活させ、精神を自分のコピーにする。
それがロットの目的。
「させません!」
1メートル近くにまで大きくなった卵へとショウの投げた槍が迫る。
が、硬い音を立てて弾かれる。
「そんな……!」
「無駄だ。既に卵には前魔王のステータスが反映されている。その程度の攻撃でどうにかなるような物ではない」
「だったら……」
ショウの視線が俺へ向けられる。
彼らの力が及ばない相手でも俺のステータスなら破壊する事が可能かもしれない。
だが、俺には卵を傷付けるつもりはなかった。
「知らないのか? 変身時と復活時には攻撃をしてはいけないというルールがあるんだぞ」
「これはゲームじゃないんですよ。そんな事を言っている場合ですか!?」
そうこうしている内に他の仲間も集まって来る。
全員、卵を警戒している。
さすがに人と同じくらいにまで大きくなった卵は異常だ。
「俺に卵を破壊するつもりはない」
「じゃあ、放置するの?」
「ああ」
「そんな! あんな物から生まれたのが暴れたらイルミナティにいる人たちは――」
確実に死ぬだろう。
と言うよりも都市そのものが無事では済まされない。
「ああ、勘違いしているようだから言っておくけど、復活した前魔王については倒すつもりでいるぞ」
「どういう……?」
「魔王軍四天王であるロットの特性がどうにも強化系ではなかったんで微妙だったんで魔結晶を取り込んだところで元の世界へ帰れるほど強くなれるのか不安があった。が――」
2メートルを超えた卵を見る。
まだ大きくなるようなので最終的な強さには期待できる。
「こいつを取り込むことができるなら確実に元の世界へ帰れるほど強くなることができるだろ」
「ちょ……」
もっと万全な状態で復活させて取り込む事も考えなかった訳ではない。さすがに街中での前魔王の復活は危険すぎる。
なによりも俺には他の蘇らせる方法が分からない。
「これが復活したら、どれだけの被害が出るのか……!」
「だから?」
「え?」
「俺にとって一番大切な事は元の世界へ帰る事。そのついでに困っている人を助けたり、強力な魔族を倒したりはしてもいいけど、この世界にいる人間を優先させるつもりはない」
今まで聖国や帝国を救ったのはあくまでもついで。
元の世界へ帰る為に前魔王の復活が必要だというのなら復活させるだけ。その過程でどれだけの被害が出たところで俺の責任ではない。
「助かりたいって言うなら自分たちで倒せばいいだけだ」
それは復活したばかりの現魔王に対しても言える事でもある。
「正気か? 復活しようとしているのは全盛期には及ばないとはいえ、魔王である事には変わりない。それを倒すなんて……」
「当然。俺は本気だ――」
【加速】特性を発動させる。
「――それが必要な事だって言うなら」
「がっ!」
ロットの後ろまで回り込むと背中から腕を突き刺して体内から魔結晶を抜き取り収納する。
「チッ、やっぱりステータスはそこまで上がらなかったか」
「きさま……」
「やっぱり復活した魔王から不足していた分を補う必要があるな」
何かをしようとしているのか必死に手を伸ばしてくるロット。
だが、既にロットへの興味はなくなっている。
「いや……こんな何の力も持たない肉体など」
「そうだ。必要ない」
3メートル近くにまで大きくなった卵がひび割れて中から声が聞こえて来る。
「後は任せた」
その声はロットの声とは違っていたが、雰囲気にロットのものが残されていた。
「いいだろう。まずは、そこにいる生意気な人間を殺してやる」
卵の中から青黒い腕が這い出てくる。
全身が露わになると牛のような頭の両側頭部に禍々しい渦巻く角を持つ大男が現れた。
――GUWOOOOOOOO!
大男が咆える。
近くにいた全員が耳を抑える。が、それ以上に強烈な衝撃波が全身に伝わって来る。
「きゃっ」
「うわ!」
耐久力に難のあったミツキとユウカが吹き飛ばされる。
さらに目に見える形として周囲の地面にひび割れる。
「私を復活させてしまった事を後悔させて――」
「吹き飛べ」
まずは小手調べ。
殴って門前にある広場まで吹き飛ばす。
主人公VS前魔王(8割)です。