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第16話 洗脳されていた者

 倉庫まで諜報員を抱えて移動する。

 やっている事は拉致そのものだが、緊急事態でもあるので見逃してもらうしかない。


「あ、あの……勇者様」

「あなたは洗脳されている間の記憶がありますか?」


 諜報員との交渉のメインは引き続きアンに任せる。


「……はい。記憶がはっきりしています」

「これは、どう見る?」

「向こうは洗脳が解かれるなんて思っていなかったんだろ。それに一度洗脳する事に成功した奴は永続的に洗脳されているみたいだ」


 そうでなければ外に出る商人などから情報が洩れていてもおかしくない。

 そういった人たちは、いつも通りのフリをし続けるよう敵から洗脳されているのだろう。


「あの、私は本当に洗脳から解放されたのでしょうか?」

「今は意思と体の両方とも自由がある。それが何よりの証拠ではないですか?」


 諜報員は立ち上がると自分の体の状態を確かめるように掌を何度も開いたり閉じたりしている。

 やがて自分の自由にできる事を認識すると自然と笑みが零れていた。


「ただし、大元である魔族を倒さないと倉庫に軟禁状態だけどな」

「え……」

「だって、そうだろ」


 外には洗脳された人が何万人といる。

 そんな人たちの中に洗脳されていない人間が飛び込めばどうなるのか?


「そ、そんな……助けて下さい!」

「どの道、魔族は倒さないといけないから助ける事にはなります。ですから、教えて下さい」


 縋り付く諜報員を宥めるアン。


「洗脳されている間に何があったのか」


 これが俺なりに考えた起死回生の策。

 都市にいる人々を洗脳する事によって敵が何をしているのか?

 それを探る為に洗脳されていた人の『洗脳』を解いて事情を聞く。


「はい、お教えします。と言っても、敵の能力は『洗脳』と言えるほど万能の能力ではないのです」

「どういう事ですか?」

「自分の意思が封じられてしまうのは間違いないのですが、一定の事をさせられるだけで後は本国に『異常なし』と報告するだけでした」


 諜報員として都市に潜入する前から人々に『洗脳』されているような兆しがあった。しかし、都市に潜入しなければ具体的な事については分からなかった。

 諜報員である彼は危険を冒す必要はなかった。

 だが、都市の中で何が起こっているのか調べる必要がある。

 そうして都市に潜入した結果、『異常なし』と報告するだけで都市に留まり続ける傀儡と成り果ててしまった。


「それで、何をさせられていたんですか?」


 おそらく、そのさせられていた行動に敵の目的に迫れるヒントがある。


「祈り、です」

「祈り?」

「はい。イルミナティでは毎朝と毎夜、それから食事の前など事ある毎に塔へ祈りを捧げる習慣がありました」


 昔から住んでいる人たちは慰霊の為に建てられた塔に今でも祈りを捧げている。それは若者にも習慣として植え付けられており、イルミナティに住んでいる人なら誰もが行っている。

 そして、イルミナティを訪れた商人たちも都市にいる間は習慣に倣って祈りを捧げている。

 もちろん全員が行っている訳ではなく、祈りを捧げていない人だっている。


「他には?」

「それだけです」

「え?」

「命令されていたのは『全員が塔へ祈りを捧げる』。それから洗脳している魔族が『敵と見做した者が現れた場合には全員が敵意を向ける』ぐらいです」


 都市に初めて入った時、やり直す前に宿屋で襲撃された時、塔から飛び降りた直後など周囲にいた人々から敵意を向けられていた。

 それが二つ目の命令だろう。

 だとしたら目的完遂の為に必要な命令は、やはり前者という事になる。


「塔に祈りを捧げさせてどんな意味が……」


 思い出せ――敵が何を言っていたのかを!


 洗脳する為に必要だったと思っていたが、実は逆だった。


「――人々の思念を集める?」

「え?」


 ポツリと呟いただけの言葉だったが、近くにいた面々には聞こえてしまったらしく、全員がこちらを見ている。


「だって、俺が収納したみたいな人々を洗脳する電波を『拡散させる』の反対っていう事は……『集める』じゃないのか?」

「集めて何をするの?」

「それは……」


 詳しい目的までは分からない。

 しかし、外から訪れた者にまで塔へ祈りを捧げさせて何かを集めようとしていた。


 突然、諜報員が体を抱えて震え出してしまった。


「どうしたんですか?」

「もしかしたら、私は大変な事をしてしまったかもしれません」

「どうしてですか?」

「祈りを捧げる時なんですが……魔族からは『健康』を祈願するように言われていました」

「――健康」


 もちろん純粋な意味で健康祈願をさせていた訳ではないだろう。

 健康を祈願させることによって魔族が得られる物がある。


「……すみません。私では、これ以上力になれそうになれません」

「そうですか」

「何か役に立つ事ができればいんですけど……もう一度洗脳されて調べてみますか?」

「そんな危険を冒して情報が手に入りますか?」

「それは……」


 手に入る訳がない。

 これまで敵が油断していた状態でさえ満足に情報を手に入れることができなかった。こちらが『洗脳』を掻い潜る手段を手にしていると知られた以上は、これまで以上に警戒しているはずだ。


「危険を冒すなら確実な方法がある」

「それは?」

「俺が収納した人々を『洗脳』する電波みたいな物。これを解析する」


 今は体に触れる電波を触れた瞬間に収納して遠く離れた場所へ即座に捨てているからこそ洗脳されることもない。

 しかし、その状態では解析することができない。


 解析が進めば敵の目的も見えて来るかもしれない。


 最初から解析をしなかったのは、長時間『洗脳』の電波を所有することによって俺まで洗脳されてしまう危険性を考えての事だった。

 危険性はあるが、可能性はある。


「ダメです!」


 いざ電波の放出を止めてみようかとした瞬間、レイが声を荒げた。


「どうした?」

「それだけは絶対にやってはダメです!」


 どうにも尋常ではない様子。

 それに表情が急変したような……


「何があった?」


 レイの様子がいきなり変わる。

 心当たりが一つだけある。


「解析を行う直前に保険を掛ける為に『聖典』をわたしに渡しました」


 イルミナティへ侵入しただけで洗脳されると分かった後で、洗脳されてしまった場合に備えて『聖典』を渡した。

 その時は大丈夫だったが、今回ダメだったという事だろう。


「分かった。今回は使わない」


 具体的に何があったのかは聞かない。

 しかし、悲しそうな顔をさせてしまうような事が起こってしまうのは間違いない。


「でも、どうするの?」


 これ以上の手掛かりはありそうにない。


「そうなると、敵の目的は分からない。『洗脳』に必要な電波もどういった代物なのかも分からない」


 どれだけ考えても答えが出て来ない。


「あ~、もう! 洗脳されている人間を救出すれば解決される問題だと思っていたのに!」


 完全に手詰まりとなってしまった。


「せめて、敵の正体ぐらい分かればどうにかなるかもしれないのに!」

「あ、魔族の正体なら掴んでいます」

「え……」


 一瞬、諜報員の言葉が信じられなかった。

 というか、コイツ何て言った?


「敵の正体を知っているのか?」

「ええ、たぶん洗脳されている人間の何人かは気付いているんじゃないですか?」


ヒントを得るつもりが、答えを得てしまった。

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