第15話 潜入諜報員
初めての魔族との戦闘で疲れていた仲間を宿で休ませる。
ショウには危険はないと言っていたが、やはり何かが起こってから対処はしたくない。
そこで、俺だけは一晩中起きていた。
「おはようございます」
寝ていなかったので食堂でコーヒーを頼んで飲んでいるとレイが真っ先に起きて来た。
「おはよう。体の方は大丈夫か?」
「さすがに疲れています」
戦闘をしていなくても塔を自力で昇っていたんだ。疲れるのは仕方ない。
「それで、何かいい案は思い付きましたか?」
レイが聞いて来たのは敵の敵を見つけ出す方法。
敵が提示してきたゲームについては全員が塔を下りてきた時点で説明している。
「……ダメ。結局、何も思い付かなかった」
首を横に振りながら謝る。
レイも似たようなものなので咎めるような事はしない。
「とりあえず、全員が来るのを待とう」
しばらくすると全員が食堂に集まる。
その頃には、他の宿泊客による喧騒もあって食堂が騒がしくなる。
「で、何か思いついた人はいる?」
改めて敵を探す方法を尋ねてみるものの芳しい結果は得られない。
「こういう時は情報収集なんだろうけど……」
ゲームなんかの鉄板を話すアン。
酒場へ行って聞き込みをするのは常套手段だ。
だが、残念ながらイルミナティにおいては不可能だ。
「敵に洗脳されている奴を相手に聞き込みをしても意味がないぞ」
「そうなのよね」
やり取りした情報については全て筒抜けになってしまう。
そもそも教えられた情報が正しい根拠などない。むしろ嘘を教えられてしまう可能性の方が高い。
「聞き込みができないんじゃ情報収集なんて無理じゃない」
「いや、そうでもないかも……」
☆ ☆ ☆
イルミナティの奥にあるバーへと向かう。
「いらっしゃい」
扉の開く音にマスターが挨拶をする。
昼間のバーは喫茶店をメインにして営業をしているため現在は店の中にコーヒーを楽しんでいる常連客や遅い朝食を採っている男性がいる。
目的の人物が――奥から2番目のテーブル席にいた。
その人物の前にアンたち勇者組が座る。俺とレイは一番奥の席について男性の後ろへと回り込み、ショウとハルナは反対側の席で待機してアンたちの援護ができるよう立つ。
「失礼。相席よろしいでしょうか?」
「構いませんが、他にも席は空いていますよ」
「いえ、私の知人に似ていたもので挨拶をしようと思ったんです」
「ほう……それは、どのような人物ですか」
テーブル席に座っていた男性と会話をするアン。
ただ、その会話はどこか余所余所しかった。
「これは珍しいお客さんです」
余所余所しくなってしまうのも仕方ない。
全ては最初から仕組まれていた合言葉に過ぎない。
「よかった」
合言葉が間違っていないと知って安心するアン。
目の前にいる男性は、どこにでも普通の人にしか見えない。
しかし、アンたちの素性について知っていた。勇者の素顔まで知っている人物は限られる。
「私に何か御用ですか?」
「用、というほどの事でもないんです。あなたが持っている情報を渡して欲しいんです」
「私が持っている情報――残念だったな。こいつも俺の支配下にある」
表情が一瞬で消えた直後、口調が敵の物に変わる。
会話をしている数秒の間に俺たちが接触した事がバレてしまったらしい。
「そういう訳じゃない。お前たちの行動は最初から洗脳している奴らの目を使って監視させてもらっていただけだ」
バーまで堂々と大通りを歩いて来た。その間には多くの人に姿を見られている。
そして、裏路地に入ってからも建物の中や陰に潜んだ人にしっかりと姿を見られていた。
こんな街で隠密行動などできない事は最初から知っている。
「それにしてもこいつに目を付けたか」
「やっぱり知っているのね」
「当然。洗脳した奴らは自分から素性や目的について喋るようになる。こいつがメグレーズ王国の送り込んだ諜報員だっていう事には最初から気付いている」
他国に潜り込んで様々な情報を集める軍人。
そもそもイルミナティへ赴こうと考えたきっかけとなった報告書を書いたのは目の前にいる男性――カインだったりする。
クウェイン王国に潜入していたカインは怪しい動きのあるイルミナティへ潜入。
結果、都市へ入った瞬間に洗脳されてしまった。
今となっては敵にとって都合のいい情報だけを送る傀儡と成り果てている。
「それにしてもよく合言葉を知っていたな」
合言葉を知らなければ相手が自分の上司でも他人で押し通す。
俺たちは合言葉を知っていたから目の前に現れた勇者パーティを目にして信用してくれる事ができた。
「私は一言こいつに聞いただけで教えてくれたぞ」
「こっちはちょっと特殊な情報源があるんで知っていただけだ」
報告書と同じ部屋に合言葉を記した秘密の文書があったので回収させてもらったおかげで知る事ができただけだ。
「さて、何が聞きたい?」
敵が意識を憑依させたまま聞いて来る。
悪いが、俺たちが話を聞きたいのはお前じゃない。
――ガチャ。
「うん?」
カインの体を乗っ取った男が視線を自分の腕へ向ける。
腕に装着された腕輪型のアイテムボックス。
「何を――」
「【収納】」
ショウに造ってもらったアイテムボックスに刻まれている魔法陣は俺の【収納魔法】だ。ある程度まで近付けば【収納魔法】を起動させる事も可能だ。
起動した【収納魔法】によって洗脳する為に必要な電波が収納される。
「――私は」
「よかった。意識を取り戻したみたいですね」
いきなり洗脳状態から回復したことで頭を押さえているカイン。
「何をした、貴様!」
バーにいた客の一人が声を荒げながら立ち上がる。
ただ、怒った声なのに表情はなかった。
「このアイテムボックスはちょっとばかり特殊な物で、人を洗脳する電波すらも収納する事ができる」
「まさか……」
「そう、このアイテムボックスがあれば洗脳される事なんて怖くない」
いきなり洗脳が通用しなくなった事で理由を知りたがっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「肩を貸すので捕まって下さい」
「感謝する」
後ろの方ではハルナとショウが諜報員を助けようとしていた。
普段ならメグレーズ王国の軍人が困っていたとしても助けるような真似をしないが、今回は情報収集の為にイルミナティにいた人の協力が不可欠だったため助けさせてもらった。
「二人とも」
ショウの従魔であるシルバーが体の一部な鋭利な刃物に変えて壁を壊す。
そのままカインを背負ったままバーから脱出する。
「きさまら……!」
「おっとお前の相手は俺たちだ」
アンたちも顔見知りということで一緒に出て行った。
残っているのは俺とレイ。
「たった二人で何ができる?」
「色々とできますよ」
レイが怒鳴っている客の足元に瓶を投げる。
すると、地面に落ちた時に割れた瓶の中からガスのような物が溢れ出してくる。
「こ、これは……」
「特製の麻痺薬。少しでも吸い込んだ段階で体が麻痺してしまいます」
次々とバタバタ倒れる人々。
さすがに洗脳されているだけの人々を傷付けてしまうのは忍びない。
「どこへ行く?」
「しばらく人目に付かない場所へ行く事にするよ」
俺たちへの監視を振り切る為には誰もいない場所へ避難する必要がある。
その事はショウたちへ伝えており、今頃は都市にいる人間の全員が敵になった鬼ごっこをしているはずだ。
「悪いが、貴重な情報源は貰って行くぞ」
「ま、待て……」
下から声がするが無視だ。
そのまま屋根の上に登って走り出すと目的地まで全力疾走だ。
「それにしてもこんなに上手く行ってよかったんでしょう?」
「できても、あと8人が限界だぞ」
持っているアイテムボックスは少ない。
一人の洗脳を解除するのに一つのアイテムボックスを使用する。
数万人といる都市なので全員を助けられる訳ではない。
「さて、この人がどれだけの情報を持っているのか」
都市のハズレにある使われなくなった倉庫まで移動する。
聞き込みが意味を成さないのなら意味を持っている状態にして聞き出せばいい。