第13話 落下戦
塔の最上フロアに到達する。
行政の塔は、元々魔王によって犠牲になった人々を慰霊する為に造られた塔であるため展望台のような観光名所になるような物はない。
あるのは塔を支える柱のみ。
そして、ようやく見上げれば塔の最頂部が見える場所まで到達した。
「ここまで到達する奴が本当に現れるとはな」
一番高い場所にある足場では金髪の男が両腕を組んで待ち構えていた。
「これでも仲間に恵まれたおかげで待ち構えていた奴らを全員無視して辿り着くことができた」
「チッ、役に立たない奴らだ」
下を見ながら舌打ちする男。
「まぁいい。せっかく辿り着いたが、お前はここで、この俺ガレンツが倒させてもらう。俺を倒さないと先へ進む事はできないぜ」
「いや、もう先へ進む必要はないから」
「は?」
塔をわざわざ昇って来た目的は既に達成された。
「俺たちの目的は、ここの上にある棺みたいな物を回収する事だ」
頂上の少し手前。
鉄骨の隙間に真っ黒な棺のような物が保管されていた。
形そのものは棺なのだが、大きさは1メートル程度と子供サイズしかない。
しかし、塔において明らかに異質な物。
おそらく魔族が躍起になってでも守りたい物とは、アレだろう。
今にも塔から落としてしまいそうな場所に置いてあるが、わざわざ危険な場所に置いているぐらいなのだから意味があるのかもしれない。
そういう事も含めて全ては回収すれば分かる。
「アレを回収するなら俺を倒す必要があるぞ」
「回収するだけなら倒す必要はない」
棺に向かって手を伸ばす。
当然、手が届くような距離ではない。
手を伸ばしたのは、あくまでもイメージを明確にする為。
「【収納】」
既に目的の『物』と『場所』は認識した。
あとは、スキルを使用するだけ。
「は?」
再び呆けるガレンツ。
自分が守り手になってでも守らなければならなかった物が瞬きをしていたかのような一瞬の間に消えた。
「こいつは頂いたぜ」
すぐに俺の横に立てられている事に気付いた。
一体、いつの間に?
そんな疑問がガレンツの中では渦巻いているはず。
もっとも単純に収納の中に入れて、棺があった場所に意識が向けられている間に取り出しただけだ。
「返せ!」
何をすべきなのか即座に判断できるだけの判断力はある。
一気に加速し、俺に接近すると棺へ手を伸ばす。
しかし、手が触れるよりも早く棺が消える。
「俺のスキルは【収納魔法】。収納された物を取り返したいなら俺を倒す必要があるぞ」
「クソッ!」
先ほどとは立場が逆転した台詞に憤りながら凄まじいスピードで周囲を飛び回りながら接近し、鉤爪の付いたグローブで殴り掛かって来る。
グローブからは電撃がバチバチと爆ぜている。
「いや、グローブだけじゃないな」
ガレンツの全身から電撃が迸っている。
「お前の特性は――【電撃】……いや、それも違うな」
グローブの電撃は魔法道具によるもの。
一気に加速して接近し、グローブによる突きで相手の体に致命傷を与える。
おそらく、ガレンツの特性は【加速】に近い物。
「クソッ……どうして当たらない!?」
何度も俺の体を貫こうと手を突き出してくるが、全ての攻撃を俺は紙一重で回避していた。
自分の攻撃が全く当たらない状況に苛立っている。
「お前は速いよ。けど、俺ほどじゃない」
「なにっ!?」
俺の言葉に憤るガレンツ。
たしかに一般人では影すら捉えることができないほどの速度で走り回っているが、アクセルから奪った【加速】能力を得た俺ほどではない。
仮にも魔王軍四天王の特性だ。
それよりも下位の魔族が持つ特性程度で敵うはずがない。
「倒すだけなら簡単なんだよな」
接近してきたガレンツの腕を掴んで鉄骨に叩き付ける。
「くはっ」
口から血とか色々な物を吐き出していた。
ちょっと強く叩きつけ過ぎたかもしれない。
「アクセルとの戦闘を経験した俺からしたらこいつとの戦闘で得られる物なんてほとんどないって言っていい。どうせなら他の奴に倒してもらおうか」
レベルを上げる経験値だけではない。
加速能力を持つ相手との戦闘経験は今後に生きて来る。
スキルの相性的にアンがちょうどよさそうだ。
「そういう訳で、俺は退散させてもらう」
塔の端から跳び下りる。
300メートルを越える場所からのフリーダイビング。
何の用意もなしに地面へ落ちれば無事では済まされない。
「逃がすか!」
俺が跳び下りた直後、ガレンツも追ってきた。
ただし、ガレンツは俺のように空中を落ちているのではなく鉄骨の上を直滑降に走っている。
「なるほど。そういう特性か」
塔を真っ直ぐに走るなどいくら魔力による身体能力の強化があるとはいえ、どうにかなるものではない。
間違いなく特性によるもの。
ガレンツの足をよく見てみれば鉄骨に張り付くようになっている。
「たぶんだけど、【磁力操作】とかそういうところかな」
自分と金属を磁石のようにくっ付けたり、反発させたりすることができる。
通常よりも速く走れているのも蹴り上げる瞬間に磁力の反発を利用しているからに違いない。
鉄骨がたくさんある塔での戦いもガレンツにとって有利となる。
棺を奪った俺を逃がさない為に追って来ている。
「仕方ない」
そこまで必死になって追いかけて来るなら諦める事もない。
俺が倒すしかないみたいだ。
「地面に激突するまで5秒ちょっとだけ付き合ってやる」
ガレンツの【磁力操作】による加速とアクセルから奪った【加速】。
二つの加速能力が衝突する。
5秒もあれば全力を籠めた一撃ぐらいは放てる。
「死ね」
鉄骨の上を走っているガレンツの方が自由落下している俺よりも速いらしく先回りされてしまっている。
「――【加速】」
攻撃の為に交差する一瞬。
さらに【加速】の力を強める。
アクセルの【加速】は単純に移動速度が速くなるだけではない。加速したことによって周囲の認識能力まで速くなり、世界がゆっくりと流れるように見える。
その力をさらに強めれば落下中であろうとも止まったように見える。
鉤爪で突き刺す為に伸ばしてきた手を払い落とす。
そのまま両手首を掴むと背中に左足を乗せて、右足で一瞬だけ塔を蹴って離れる。
「ど、どういうつもりだ?」
「とりあえずこれだけは回収するつもりだからな」
ガレンツとの戦闘では得られる物が少なそうだけど、彼が持っている魔法道具の鉤爪だけは使えそうなので回収させてもらう。
「このまま頭から地面に突っ込む」
「ちょ……塔に近付けさせろ」
磁力を利用しているなら金属が必要になる。
大方、地面に衝突する前に自分は磁力で塔に引っ付いて衝突を回避するつもりでいたんだろう。
俺も収納から適当に何かを出して衝撃を和らげる程度にしか考えていなかったので相手の行き当たりばったりを笑うことはできない。
「このまま衝突すれば、お前も無事では済まないぞ」
「問題ない。この【加速】を持っていた奴に何度も殺されたおかげで痛いのさえ我慢すれば死ぬのには慣れた」
高速の奇襲に対応できるように何度も攻撃を受けた為に少しばかり死に対して慣れてしまった。
地面に衝突することによって俺も無事では済まされないが、どうせ数秒と経たずに全身が再生される。
「ま――」
「残念。タイムリミットだ」
グチャ、潰れる感触が手と足を通して伝わって来る。
同時に自分の体がなくなる感覚を味わいながら意識が消失する。