第8話 塔を登る―前―
行政塔は、3階までは一般人でも使えるようになっていた。
どうやって上の階へ行くのか悩みながら探索していたところ『職員専用』と描かれた扉を見つけたので開けてみたところ上へ行ける階段があった。
鍵が施錠されていなければ、警備員が立っている様子もない。
警備的にどうかと思うところだけど、それだけモラルがしっかりとした都市という事なのかもしれない。それに今は警備に意味などない。都市にいる全ての人間が洗脳されている状態では犯罪など起きるはずがない。
行政塔の屋上へ出てみた。
5階の上に相当する場所は風が強く吹き付けていた。
「特に何もないわね」
塔の向こう側には平和な街並みが広がっていた。
屋上には荷物が置かれていることもなく、何もない空間が広がっているだけ。
「何かがあるとすれば……」
全員が空を見上げる。
頭上には組まれた鉄骨があった。巨大な鉄骨の塔は、真下から見上げるとまるで網のようになっている。
「あの中から不審な物を見つけるの?」
「凄い大変そう」
これからの作業を考えたミツキとユウカが呟いた。
「やるしかないですよ」
状況的に考えて塔に何かがあるのは間違いない。
その何かを見つける事こそ急務だ。
「とりあえず手分けして探しましょう」
鉄骨は四隅から中央へと寄っている。
そこで四組に分かれて探索を行う事にする。
何かがあった時に対応できるよう男子3人は分かれて行動する事にした結果、俺のパートナーはミツキになった。
「よろしく」
分かれて鉄骨を登り始める。
手掴みで登れるように造られている訳ではない塔を登るのは至難だが、ステータスのおかげでスイスイと登って行ける。
落ちてしまった時の事を考えると対応できるように俺が下になるべきなのだが、スカートを履いているため俺が上になることになった。
「わっ!」
足元から声が聞こえて見てみればミツキが下を向いたまま動きを止めていた。
「下は見ない方がいいですよ」
「わ、分かっているんだけど」
人間の心理として、ついつい下を覗いてしまう。
そして、下にいるミツキの声に見てしまったために俺も地面を見てしまった。
既に地面から50メートル近い場所まで登っているため地上にいる人々の姿が米粒のように小さく見える。
「早く登ってしまいましょう」
見上げれば50メートルほど先に足場として利用できる場所が塔の内側に広がっていた。
そこまで行けば休憩することができる。
「うん」
ミツキの声が下から聞こえる。
――グサッ!
右肩に鋭い痛みが走った。
痛みのせいで右肩へ手を伸ばして思わず鉄骨から手を放してしまい、屋上に向かって落ちてしまう。
「ソーゴ!」
すぐ真上で落ちたせいでミツキには見えていた。
おまけに全員から見られてしまっていたらしく7人分の声が聞こえる。
「失敗した」
痛みのあった右肩を見ると矢が突き刺さっていた。
肩から矢を引き抜くと『再生』のおかげで傷は瞬時に塞がった。
「敵がいる可能性を失念していた」
俺の体に突き刺せている時点で普通の矢ではない。しかし、一瞬だけ見た矢は普通の矢にしか見えない。いや、そもそも矢に関して知識を持っている訳でもない俺が観察したところで何かが分かる訳もない。
矢から情報を探るのを諦めるとポイっと捨てる。
可能性として、魔族のような強者が射ったという考えさえあればいい。
「だが、敵がいるっていう事は塔の上に何かがある可能性が高い」
上から射ったということは、狙撃の為に待っていたという事だ。
俺たちの行動を読んだうえでの待ち伏せも全住民を洗脳して支配下に置いている状況なら難しくない。
「捕まえて情報を吐かせてやる」
足元に瓦礫を出して蹴り上げると上へ進む。
「……!」
なんとなく上から驚く気配が伝わって来た。
「いた」
塔の反対側にある鉄骨の陰に隠れて弓を構える女。
褐色の肌に水色の髪、薄い布を纏っただけのような服装をした女がいた。
上へ進みながら銃口からレンガを銃弾として放つ。
レンガが鉄骨に当たり、拉げた鉄骨の陰から女が出て来る。
鉄骨の陰から飛び出した不格好な姿勢のまま弓から矢を放つ。しかし、狙いは見当違いな場所で塔の外側へと矢は進んで行った。
「なんだ……?」
姿勢を崩してまで放った意味の分からない矢。
しかし、放たれてから数秒後に矢が方向を変えて俺の方へと飛んで来た。
「そういう特性か!」
大盾を収納から取り出して塔の外側から飛んで来た矢を受け止める。
凄まじい勢いで飛んで来た矢は大盾を貫通するほどではなかったが、半分ほど埋まるほど勢いのある物だったらしく突き刺さっていた。
相手に向かいながら鉛玉を放つ。
手加減された威力の弾丸が鉄骨に当たって弾かれる。
「チッ」
こんな跳びながらの状態では精密射撃などできない。
足場まで到達すると一気に反対側へと走って女へ駆け寄る。
女は俺が駆け出した瞬間に上へ跳んで鉄骨の裏へ隠れてしまった。
そして、自分は鉄骨の裏側から4本の矢を放つ。
全て見当違いな方向へと放たれた矢だったが、急な進行方向の変更によって俺の正面へと集まっていた。
再び大盾を構えて防御する。
だが、3本の矢を受け止めたところで限界が来てしまったらしく、大盾は砕けて粉々になってしまい、4本目の矢が腕に突き刺さる。
「厄介な奴だな」
敵は塔での戦い方を熟知している。
おそらく塔にある何かを守る為に置かれた人員だろう。
怪我が瞬時に再生されるとはいえ、負傷してしまうのは痛い。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
足場まで登って来たレイが駆け寄って来た。
塞がった傷口を見せて安心させる。
「何者でしょうか?」
「矢の方向を変えるだけじゃなくて威力まで増強させるなんて特性を持っているんだから、間違いなく魔族なはずだ」
「ソーゴさんでも倒すのは難しいですか?」
「倒すだけなら簡単だ、と思う」
大質量の弾丸で圧し潰してしまえばいい。
相手は鉄骨の上に立っている事から空を自由に飛べる訳ではない事が分かる。逃げ場さえなくしてしまえば攻撃を当てるのは難しくない。
「ただ、その方法は使えない」
こんな場所で全ての物を圧し潰すような攻撃を行えば塔が倒壊する。
地上への被害もそうだが、塔の上部にある何かを見つける前に手掛かりを失ってしまう訳にはいかない。
「じゃあ、どうするんですか?」
「どうにか接近して倒すしかないな」
手加減のできる近接戦闘で塔に影響を与えずに敵を倒す。
それは、それで難しい。
女に向かって走る。
同時に女が矢を5本の矢を射って俺の動きを止めようとして来る。
「もう大盾の耐久力は見切った。矢が5本もあれば貫通できる」
女の静かな声が聞こえる。
放たれた5本の矢は、進路を調整する特性によって縦に一直線に並んだまま目標へと迫っている。
もっと耐久力のある盾で防ぐ事も考えられたが、耐え続けても意味がない。
「仕留める」
女が背中の矢筒から矢を取り出す。
「減っていない」
女は既に10本以上の矢を使っている。
体に隠れて見えないが、体に隠れてしまうような大きさの矢筒なら何十本と入れられるはずがない。
ところが、残りの本数を気にした様子がない。
現に再び5本の矢を同時に放った。
「能力は、矢の威力増加と方向変換だけじゃないのか」
決して減らない矢。
矢という消耗品を使っている以上は、欠点になり得ると思っていたがそこまで甘い話ではないらしい。
減る事のない矢を自由自在に操作して俺を近寄らせないようにする。
そして、自分は縦横無尽にある鉄骨を木登りでもしているように鉄骨を飛び移って攻撃を回避する。
おまけに塔を支える為にある鉄柱のせいでこちらは真っ直ぐ走り難い。
動き回るには不利なフィールドだった。
「私がやる。皆は上へ向かって」
「ミツキ?」
どうするべきか悩んでいるとミツキが名乗り出た。
「私のスキルなら相性がいい。それに私たちが優先させないといけないのは洗脳をどうにかする事。いつまでも敵に足止めさせられているような暇はないはず」
「そうかもしれないけど……」
いくらアイテムボックスのおかげで強力なステータスを手に入れたとはいえ、ミツキ先輩に魔族の相手を任せるのは不安が残る。
実力が不安なのではなく、相手は常識が通用しない相手。
迷っていると視界が上から下へと落ちる。
「え……」
下腹部から感じる冷たい感触。
いや、違う。
上半身が下腹部から下と繋がっていなかった。
「まずは、一番強い奴」
目の前に血の付着した長い刃を腕に装着した男がいた。