第7話 行政塔
「それで、これからどうする……って本当にどうしたんですか?」
過去に戻って来た瞬間、頭を押さえて顰め面になる。
そんな姿を見せれば心配させてしまうのも無理はない。
「もしかして、また未来から戻って来たの?」
ユウカ先輩が気付いた。
さすがにいきなりおかしな状態になっていて1度見せていれば気付くか。
「とりあえず歩きながら何があったのか説明します」
仲間にもそうだが、おかしな姿は街の中にいる人々にこそ見せない方がいい。
あくまでも世間話をしているように装って事情を説明する。
「――という訳で、周囲にいる人々には聞かれないように話をしている訳です」
宿屋であった一件を話すと世間話を装っている理由を理解してくれた。
「事情は分かったわ。けど、宿屋に行った私たちはどうなったの?」
「さあ?」
あの時は部屋に行った彼女たちの状態を確認する余裕がなかった……訳ではないが、俺自身が確認したくなかった。
もしも、油断していたところを暗殺などによる手段で襲われてしまった場合には対処は難しいだろう。
大量の血が残された部屋。
そんな痕跡を見たくなかった。
あったかもしれない――そんな事実を詳しく覚えているのは俺一人でいい。
「とにかく周囲にいる人間は全員が敵。それだけを覚えておいて下さい」
「分かった」
アン先輩は理解してくれたみたいで真っ直ぐ前を見ている。
ただ、マコトだけは目に見える範囲にいる人が次の瞬間には襲い掛かって来るのではないかと怯えてキョロキョロしている。
「そういう真似をするなよ」
俺が都市には敵ばかり……敵しかいない状況である、という事を伝えたのは油断してもらわない為だ。
決して警戒させる為ではない。
それに、今の俺たちにとって最大のアドバンテージは、街の人間が洗脳済みだという事を知らない、と敵に思われている事だ。
「もしも、敵が都市の人間全員が洗脳済みだと知られていると気付いたら宿屋の時みたいに襲い掛かって来るかもしれないぞ」
宿屋の時みたいに本性を現して襲い掛かって来ないのは、こちらが油断している最大のタイミングを見計らっている為だ。
それまでは普通の都市のように装っていた方がいい。
そして、こちらも普通の都市だと思い込んでいる、そう思わせておいた方が奇襲がなくていい。
「それで、ここが『洗脳』の大元になっている場所なんですね」
「俺はそうだと思っている」
事情を説明している内に都市の中心にある行政塔へ辿り着いた。
目の前にある巨大な塔を全員が眺めている。体育館を思わせるような大きな建物が土台部分にあり、そこを覆うように四隅から反り立った鉄骨が空へと伸ばされている。
土台部分にある建物には次々と人が出入りしている。
利用している人には身形のいい者もいれば普通の者、中には浮浪者のようにボロボロの服を着た者までいた。
彼らが利用している場所が行政機関。
そして、塔全体が慰霊を目的とした建物なのだろう。
「今回は短期決戦になる。問題を解決するまでは休んでいるような時間はない」
「だから殴り込みを?」
「そうだ」
レイの質問に頷く。
行政塔のどこかに敵がいる可能性が高い。
手っ取り早い手段を採るなら正面から堂々と殴り込みをかけた方がいい。
一般人のフリをしながら行政塔へ入る。
「いらっしゃいませ」
行政塔は入ってすぐの場所にカウンターがあった。
カウンターの奥ではいくつもの机を並べており、男性はスーツに似た服を、女性は制服を着ていた。
行政機関――役所を思わせるような場所だ。
少しばかり懐かしい気持ちになりながらカウンターに近付く。
列ができていたので最後尾に並ぶ。しばらく待つのかと思っていたが、意外とすぐに順番が回って来た。
そこでは、若い女性が立っていた。
笑顔を見せてくれる女性だけど、既に洗脳済みだと思うと途端に胡散臭く見えてしまう。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「初めてイルミナティに来たんですけど、都市に入った瞬間から見えた大きな塔が気になったので宿も取らずに立ち寄ってみました」
この理由なら真っ先に行政塔へ向かっても違和感はないだろう。
実際、都市に入る前から塔の姿は上部だけだが見えていた。
「こちらは住民の登録や納税、福祉関係を執り行っている場所となっております。一般の方が利用できるのは1階から3階までとなっております」
それよりも上の階があるはずだが、そちらは役所に勤める役人が利用する場所となっているのだろう。
「よろしければこちらをお持ちください」
受付の女性からパンフレットを2冊渡される。
1冊は、そこそこの厚さがある物でイルミナティの観光名所などが細かく記されていた。
もう1冊は薄い冊子で役所について描かれていた。
「観光でいらしたという事でしたら、現在街で行われているイベントをまとめたポスターがあちらの壁に貼られているので確認してみて下さい」
それで受付での用件は終わったらしく、列からズレるよう言われた。
俺がズレた後には後ろに並んでいた人の用件を処理している。
役所は本当に忙しいみたいだ。
「こんな光景を見ていると本当に洗脳されているのか疑わしく思えて来るわね」
役所内の光景を見ながらミツキ先輩が呟いた。
目の前に広がる光景は、普段通りなのだろう。
洗脳されてはいるものの敵は『非常事態の襲撃』と『監視』に役割を留めている。
パンフレットを見ながら役所を歩く。
「ここも召喚されて来た奴の入れ知恵があるんだろうな」
見れば見るほど日本の役所を思わせるような作りになっていた。
おそらく日本から召喚された者が行政に深く携われる立場におり、自分の職場ぐらいは故郷を思い出せるような作りにしたのだろう。
俺たちだって懐かしい気分にさせられた。
「さて、ここからどうするか?」
仲間に相談してみる。
1階を歩いてみたが、特別怪しいところはない。
「あんたの【収納魔法】でどうにかならないの?」
これまで【収納魔法】に頼って来たところがあるので今回も【収納魔法】があれば解決できるかもしれない、などとハルナは思ったのだろう。
さすがにそこまで万能ではない。
「たとえば役所にある物を一度、全部収納してしまうとか」
そうして収納した物の中にあった怪しい物を辿る。
もしも、迷惑を掛けることになったとしてもやり直せるのだから気にする必要もない。
「残念だけど人がいる状態だと無理だ」
無人の個室ごとなら収納も可能だった。
役所の中にある物を指定して収納することもできる。
しかし、役所の中に人がいる状態では生物が含まれていることになるのか役所の全てを収納することはできなかった。
「せめて無人になってくれれば……」
「無理じゃない?」
ハルナが首を傾げている。
実際に俺も同意できる。
役所の中には多くの人が詰め掛けており、夜になっても役所という性質上、当直などが詰め掛けていなければならないので無人になる事はないと考えた方がいい。
「そうなると――」
天井を見上げる。
正確には塔の上部だ。
「電波とかは上から下に向かって放った方が効率良さそうだし、何かあるんだとしたら上にある確率が高いな」
何か怪しい物があれば回収してしまえばいい。
パンフレットには5階までしか描かれておらず、塔を登る手段については機密事項なのか一般人には知られない為に何も描かれていなかった。
とはいえ、物理的に存在している以上は塔を登る手段はある。
怪しい物を求めて塔を上へ進む。