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第6話 心の拠り所

「それで、これからどうするんですか?」


 イルミナティに潜入しても自我を保てる事を確認するとショウが確認してきた。


 最初からノープランでの潜入だった。情報不足もあったが、得体の知れない相手を調査しなければならなかったので時間が掛かってしまうのは仕方ないと考えていた。

 だが、潜入を果たした今ではそんな事を言っていられない。


「僕は大丈夫ですけど、女性陣が落ち着かないみたいです」


 『洗脳』の影響を受ける前に洗脳波を排出しているとはいえ、体に一瞬だけ影響を及ぼしてしまう。男だからか俺やショウ、マコトは気合で捻じ伏せることができているが、女性陣はどこか落ち着かない様子で腕を擦ったりしている。


 それに『洗脳』は無力化させている訳ではなく対処しているだけだ。

 もしも、何か不備があった時にはあっという間に洗脳されてしまう。


「短期決戦で敵を見つける必要があるな」


 悠長な事を言っていられるような余裕はない。


「でも、手掛かりなんてありませんよ」

「手掛かりなら手に入れた」


 街に入った瞬間に窮地に陥られた俺たちだったが、ピンチを乗り切ったおかげでチャンスになってくれた。


「俺たちを今も洗脳しようとしている洗脳波だけどな。街の中心から発せられているんだ」


 正確には今いる場所の西側。

 東にあるメグレーズ王国から真っ直ぐ西へと来た俺たちはイルミナティの東側にある門から潜入していた。


 西側には何があるのか。

 当然、都市の中心がある。


 そして、イルミナティの中心には非常に目立つ建造物があった。


「あれ、ですか」

「随分と大きな塔ですね」


 ショウとマコトが呟く。

 パリのエッフェル塔を思わせるような塔がイルミナティの中心に聳え立っていた。


「まず、間違いなく洗脳波はあそこから出ている」


 真っ先に調査しなければならない場所は分かった。

 しかし、落ち着かない女性陣をそのままにしておく訳にもいかない。


「すみません。宿泊したいんですけど、いいですか?」


 大きめの宿に入る。

 これから何が起こるのか分からないのでセキュリティ面でも安心できる宿を拠点に動きたかった。


「ええ、大丈夫ですよ」


 エントランスにあるカウンターに立った20代ぐらいの女性が答えてくれる。

 幸い、交易都市でも部屋が空いていたらしく3階にある3人部屋を3つ確保することができた。


 俺以外のメンバーが部屋の様子を確認に行く。

 ついでに少し休憩するらしい。


 少しでも情報を得ようと俺はエントランスに残って情報収集に努める。


「ところで、聞きたい事があるんだけどいい?」

「何ですか?」


 懐からチップを取り出して女性に渡す。

 女性は廊下を掃除している他の従業員などに見つからないよう急いでスカートのポケットにしまっていた。


 日本人としてチップという文化には馴染まない。

 それでも、この世界では自然と受け入れられているので情報料として渡す。


「イルミナティへは初めて来たんだけど、都市の中心にある大きな塔は何かな?」

「ああ、それは『行政塔』の事ですね」


 行政塔。

 そのままの意味でイルミナティの行政機関が塔に集約されており、役人などは塔の中で仕事をしていた。と言っても実際に仕事場として活用されているのは塔の下部だけらしい。


「どうして、あんな建物を?」


 行政機関として使用するなら塔という構造は使い難い。


「元々は慰霊塔として作られたみたいです」


 魔王軍との戦いで亡くなった人々の魂を慰める為の塔。

 王都だった頃に滅びた後、この土地には多くの報われない死者の魂が彷徨っていた。そういった魂が無事に成仏できるよう、天へと届くような塔を建設した。


 それが――鎮魂の塔。

 しばらくすると彷徨っていた死者の魂は感じられなくなり、イルミナティが再建されることになった。


 役割を終えた鎮魂の塔だったが、今も死者の魂を天へと送り出しており、都市のシンボルとしてそのまま残されることになり、そこで仕事をできる事を役人たちは誇りに思っていた。


「鎮魂の塔は、街の人たちにとって心の拠り所なんですよ」


 女性は誇らしげに語っていた。


 ――チッ、厄介だな。


 話を聞いて内心では舌打ちしていた。

 洗脳してくる対象は既に分かっているような物だ。ならば、対象を破壊してしまうのが一番手っ取り早い解決方法に思えた。


 しかし、女性の話を聞いた後ではその手段は採れない。

 都市に住む人々にとって心の拠り所であり、シンボルとも言える物を破壊するなど、とてもではないが世界を救う勇者が行っていい事ではない。


 自重するつもりはないが、自分から嫌われるような真似をするつもりはない。


 ――ま、これは最後の手段として取っておくしかないか。


 それに今の話を聞いて洗脳の大元であると確信した。


「今も役割を果たしているっていう事はお祈りを捧げていたりするんですか?」

「当然ですね」


 毎朝、行政塔に対して祈りを捧げるのがイルミナティの住人にとっては昔からの習慣らしい。


 洗脳波を発している対象を毎朝のように意識している。

 それでは、何らかの理由で洗脳を受けていない住人に期待するのは難しそうだ。


「もう、いいんですか?」

「ええ、街に入った瞬間に目に入って来たのでどんな場所なのか気になっていたんですけど、近付いて実際に自分の目で見ることにします」

「それがいいですよ」


 行政機関なので塔の中に入ることはできないが、下から見上げるだけでも迫力満点なので観光名所になっている、と教えてくれた。

 ここは観光旅行者のフリをしながら近付くべきだろう。


「……遅いな」


 部屋の確認と休憩だけなのになかなか降りて来ない。


 3階に続いている階段を見上げる。

 次の瞬間、首から血が噴き出していた。


「……っ!」

「油断し過ぎですよ」


 膝をついて屈む。

 屈んだ俺の目の前には数秒前まで笑顔で受け答えをしてくれていた女性がナイフを手に立っていた。


 ――洗脳されている!


 さっきまでは笑顔だったが、今は全ての感情が抜け落ちてしまったかのように無表情だった。


 咄嗟に後ろへ跳ぶ。

 ポタポタと落ちた血の跡ができている。


「一体いつから?」

「それは洗脳されていたのが『いつから』という意味ですか?」


 そういう意味もあったので頷く。


「最初から、でしょうか――この街の人間は全て『ワタシ』の支配下にある。そして、『ワタシ』のテリトリーに入っておきながら洗脳されていない者。一体、何者なのかと思って接近してみたが……」


 途中から女性の口調が変わり、俺の事をジロジロと見て来る。


「なるほど。報告にあった魔王軍四天王すら倒せる力を持った勇者か」


 どうやら俺がパラードやアクセルを倒した事は容姿まで含めて敵に伝わっているらしい。

 こっちは敵の容姿すら分かっていないというのに理不尽な話だ。


「お前は何者だ?」

「貴様が知る必要はない」


 女性がナイフを手にしたまま襲い掛かって来る。


 油断していたせいでパックリと斬られてしまった首。

 流した血の量を考えれば女性の動きに対処できない。


 しかし、俺は襲い掛かって来た女性の手首を掴むと後ろへ放り投げる。女性の体が積み上げられていた椅子を倒しながら転がる。


「な、何故だ……!」


 無表情のまま声だけが驚いている。

 その視線は俺の負傷した首へと向けられていた。


「俺はお前と違って疑問には答えてやる。こっちは再生能力があるんで死ぬような怪我を負っても問題ないんだよ」


 既に血は流れなくなっている。

 手を添えて血を収納すれば服についた汚れも含めて綺麗になる。


「仲間が上から下りて来ないのは襲撃されたせいだな」

「その通りだ」


 意趣返しとばかりに俺の疑問に答える『洗脳者』。

 そして、宿のあちこちから武器を持った従業員が次々と出て来る。


「なるほど。洗脳した相手をこんな風に操ることもできるのか」

「当然だ。このまま上へ行った連中のように始末してやる」


 自分たちが洗脳されないようにする事ばかりに意識が向いていて既に洗脳されてしまった人間への対処が疎かになってしまっていた。

 おそらく街へ入った瞬間から洗脳された住人を通して監視されていたのだろう。


「自分の考えの甘さが嫌になる」


 洗脳都市の住人を相手に情報収集。

 先ほどまで上手く行っていたように見えたのは最後の最後に俺の油断を誘う為。


「なぜ、すぐに癒さなかった?」

「負傷して動けない俺を見てお前はペラペラと喋ってくれただろう」


 油断させる為に『再生』を一時的に抑えさせてもらった。


「次からは気を付けることにしよう」


 俺に対しては『再生』を持っている事を前提に動く。

 その事から、どうやら詳細な情報は伝わっていないという事が分かる。


 それに、油断して貴重な情報を喋る事がないよう気を付ける、という意味もある。


「悪いが、その決意は無意味だ」

「……仲間は既に始末されている。それに、こいつらは洗脳されているだけで一般人だ。勇者であるお前はどうするつもりだ?」

「もちろんバッドエンドを回避する」


 『聖典』を取り出して過去へ跳ぶ。

 全てをなかったことにすれば「気を付ける」なんて事は不可能だ。

間違った行動をした瞬間、主人公はともかく仲間がバッドエンドへ直行。

セーブ&ロード能力のある『聖典』で乗り切ろう。

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