第5話 洗脳都市潜入
「ま、これもイルミナティの名物みたいなものだ」
「教えてくれてありがとうございます」
レイがイルミナティの情報を教えてくれたお礼を言っている。
……詳しい地点まで指定せず、『街へ入る前』とだけ指定したから印象に残っていた商人との会話最中に跳んでしまったらしい。
「そっちの兄ちゃんはどうした?」
「ちょっと具合が悪いみたいです」
「おいおい……俺たちが街へ入れるまで1時間は掛かるぞ。今から疲れていて大丈夫かよ」
「きっと大丈夫ですよ」
状況を整理する為に額を押さえていると心配されてしまった。
「ええ、大丈夫です」
気丈に振る舞う。
「そうかい。こっちも並んでいる間にやっておかないといけない事があるから失礼するよ」
商人はもう関心がないのか俺から離れて行く。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
初めて未来から跳んで来た姿を見たアン先輩は本気で心配していた。
「……何があったんですか?」
付き合いの長いショウは俺が未来から戻って来た事に気付いていた。
「何が起こったのか説明する」
時間は十分にある。
☆ ☆ ☆
「――つまり、街に入った瞬間に私たちは洗脳させられてどこかに走り去って行った、という事?」
確認してくるアン先輩に頷く。
俺の説明を聞いた全員は不安そうな表情をしていた。
これから自分が気付かない内に洗脳させられてしまう。
しかも、洗脳させられる方法については全く分かっていない。
未知の攻撃に怯えてしまうのは仕方ない。
「じゃあ、私はイルミナティに入る事すらできないっていう事?」
「そんな訳の分からない敵がいるのに放置するしかないなんて……」
ミツキ先輩とユウカ先輩が自分の境遇に憤っている。
アン先輩たちには少なからず勇者としての責務を果たそうとする気があるらしい。
「いいえ、希望がない訳ではありません」
ショウはきちんと気付いてくれた。
「理由は分かりませんが、ソーゴさんは洗脳されませんでした。洗脳されなかった理由が分かれば対策は可能です」
「そっか」
問題は、洗脳されなかった理由が分からなかったところにある。
「『洗脳が通用しなかった』と考えるよりも『精神系魔法が通用しなかった』と考えた方がいいのではないでしょうか?」
アン先輩のパーティで魔法を担当しているユウカ先輩。
パーティの中でも魔法に詳しいため推論を述べる。
「この世界には、洗脳ほど強力なものはなかったはずですけど、精神に干渉する事ができる魔法が存在します」
人の意識を誘導。
暗示によって触れることなく窒息させる。
操作だけでなく、攻撃にも有効な魔法。
普通の攻撃魔法と違って目に見えた脅威がないため人々から畏怖されているせいで異端とされていた。
ただ、高位の魔法使いは一般人ほど畏れていなかった。
「精神に干渉する魔法は、保有している魔力が多いと通用しないみたいです」
魔力が鎧のようになって体を守り、精神干渉魔法を弾いてしまう。
「ソーゴさんに『洗脳』が通用しなかったのも同じ理由ではないでしょうか?」
筋は通っている。
俺の魔力値は5万を超えている。
既に人の領域にはないおかげで魔族の『洗脳』すら無効化してしまった。
対策は、単純だからこそ使えない。
「魔族の遺した魔結晶をアイテムボックスに納めたショウたちですら洗脳されていました。単純にステータスを上げて無効化できるような洗脳ではありません」
街へ入ってすぐに静電気のような物を感じた。
おそらく『洗脳』に必要な何かが電波のように発せられており、俺も『洗脳』を受けていた。しかし、何らかの要因によって無効化されてしまっていたために無事だった。
つまり、僅かにだが耐えられなかった。
「パラード以外の魔結晶を一人に集中させれば耐えられるかもしれないですけど……」
結局は他のメンバーが洗脳される。
街の外で留守番させる事も考えたが、ステータスが下がった状態で別行動するのも危険が伴う。
「そもそも本当に魔力値が高いだけでレジストする事ができるのか?」
そこに不安がある。
魔力が鎧のように守ってくれていたのなら前兆とはいえ洗脳されている事に気付く事もなかったと思う。
「あ……」
一つだけ可能性に気付いた。
けど、その場合は俺が無意識で無効化させていた事になる。
そんな偶然があり得るのだろうか?
「何か分かったんですか?」
「可能性には気付いた。これで『洗脳』を無効化していたなら全員に適用可能だ」
もっとも俺の負担が半端ない事になる。
違うかもしれない段階で、そこまで教える必要はないだろう。
「ただし、違うかもしれない、ですか……」
「ああ」
ショウと二人で頭を悩ませる。
「あの……」
おずおずとマコトが怯えながら手を上げる。
さっきの本気で腕を斬り落とそうとしていた時の顔つきとは正反対だ。
「話を聞く限り、今の状況はやり直した後なんだよね」
「そうだ」
マコトの確認に頷く。
『聖典』の細かい効果まで教えると面倒だったので彼女たちパーティには「やり直しができる魔法道具を所有している」としか伝えていない。
「だったら、思い切って可能性を試してみて、ダメだったらまた過去へ戻ればいいだけなんじゃないかな?」
そう思えるかもしれない。
現にダメだったから過去へ戻った。
「それしかないか」
収納から『聖典』を取り出してレイに渡す。
魔結晶の影響から俺に次いでレイが最も魔力を持っていた。
「俺とショウが先に街へ入る。ダメだった場合には即座に『聖典』を使って過去へ跳んでくれ」
「分かりました」
失敗した時を考えると俺は過去へ跳べない。
その時――俺は正常ではいられないはずだ。
「もしも、考えた可能性が間違っていて俺まで洗脳されるとやり直す手段を失う。だからやり直す為に必要な道具を事前に渡しておく」
万が一の場合を考えてショウたち3人が『聖典』を使える事は確認済みだ。
練習した通りに実践すればいいだけだ。
「あの、絶対に成功させて下さい」
「あ、ああ」
手に持った『聖典』をギュッと握りしめたレイ。
その瞳は心配からか不安に満ちていた。
「そうじゃないと過去へ跳ばなくてはなりません。いくら誰も覚えていないとはいえ、詠唱しないといけないなんて恥ずかしくて仕方ないんです」
「そういう理由かよ!」
俺はその恥ずかしい詠唱を毎回唱えているんだよ。
☆ ☆ ☆
「どうだ?」
ショウと一緒に門を潜る。
レイたちが不安そうにこちらを見つめている。
前回と同じように洗脳されたのなら同じ行動を取る可能性が高い。
ところが、街へ入ったショウに走り出す様子は見られない。それどころかこちらを見て頷いている。
「どうやら成功したみたいだ」
俺の考えた可能性は正しかったみたいだ。
手招きしてレイたちを呼び寄せる。
レイから『聖典』を受け取って収納する。
こんな便利すぎる魔法道具は収納から出したままにしておく訳にはいかない。
『聖典』を渡したレイの表情は晴々としていた。
……そんなに詠唱したくなかったのか!?
「で、結局どうやって『洗脳』を無効化しているの?」
「さっきから微弱だけど、静電気みたいな感覚があるのが関係しているんですか?」
アン先輩とユウカ先輩が首を傾げている。
落ち着いてみれば俺も静電気のような感覚が流れている。
「電波のように体へ流れて来る『洗脳』ですけど、俺は無効化させているんじゃなくて別の場所に収納しているんですよ」
「それって……」
腕に嵌ったリングを叩く。
街へ入った人間を問答無用で洗脳する力だったが、俺は【収納魔法】で、仲間は俺とショウで作ったアイテムボックスの中へと収納されている。
【非物質収納】によって洗脳する為に必要な『力』を取り込んでいた。
最初は微かに洗脳されてしまった俺だったが、洗脳された状態は『異常』。能力に『洗脳』された状態が反映されていた。そのため【能力反映】が反応したことによって『洗脳』に必要な力を認識し、【非物質収納】による収納が可能になった。
収納したままだと【能力反映】によって洗脳されてしまうところだが、洗脳される前に適当な場所へポイ捨てさせてもらっている。先ほどはどこに飛ばしていたのか分からないが、今は街の外に置いて来た予備のアイテムボックスから放出させてもらっている。
仲間に浴びせられている洗脳波もそれぞれのアイテムボックスを起点に発動させた【収納魔法】によって取り込んでいる。
要は、【収納魔法】によって『洗脳』を素通りさせていた。
これで、イルミナティへ潜入することはできた。
「さ、ここからが本番だぞ」
洗脳されていない俺たちは敵にとって排除すべき存在に見えているはずだ。
洗脳波すらポイ捨てできる【収納魔法】。
【収納魔法】の万能感が留まるところを知らない……