第3話 対・輸出規制―後―
「ここです」
兵士に連れられてやって来たのは国境に近い場所にある大きな倉庫。
その倉庫は、色々な物が溢れているように見える街中と違ってガランとした空洞が広がっていた。本来ならメグレーズ王国から輸入した物が詰め込まれているはずなのだが、輸入がストップしてしまっている為に倉庫一つ分が空いてしまっていた。
「これが輸出規制されている品物のリストです」
兵士の一人に伝言を頼んで走ってもらい、倉庫にいた役人に用意してもらったリスト。
リストにはどんな品物なのか説明文が添えられており、イラストも描かれていたおかげでイメージすることができた。
「ありがとうございます
「いえ、私たちの窮状をお救い下さる、という事なのですから協力するのは当たり前です」
メグレーズ王国もこれぐらい協力的なら俺も手を貸したのに……いや、メテカルにいた人たちは凄く親切だった。悪いのは全て上にいる連中だ。
とはいえ、メグレーズ王国を相手に手心を加えるつもりはない。
国王や宰相と言えば国のトップに立つような人物。国民が苦しむことになったとしても彼らに全ての責任があるので保証も押し付けさせてもらう。
「ですが、本当にお救い下さるのですか?」
「ええ、可能な範囲で協力させてもらいます」
俺にも『できる事』と『できない事』がある。
とはいえ、今回は『できる事』の範囲だ。
「いえ、そういう意味ではありません。今回の輸出規制はメグレーズ王国の政策。それを勇者が真っ向から反対するような動きを見せて大丈夫なのかと」
ああ、そういう事か。
メグレーズ王国が召喚し、今も国内でのみ動いている勇者はメグレーズ王国の傀儡のように見えるかもしれない。
輸出規制で困っている人を助ける。
それは、王国の政策に真っ向から対立してしまっている。
しかし、俺には関係のない話だ。
「勇者、というのはメグレーズ王国を助ける存在ではなく、この世界を脅かす存在である魔王に対してどうにか対処する存在です。『この世界にいる人を助ける』――勇者としてどこか間違っていますか?」
俺の行動は勇者として何一つ間違っていない。
たとえメグレーズ王国が何かを言って来たところで反論できるだけの自信がある。
「では、みなさん。一度外へ出て下さい」
「外へ?」
訳が分からなかったが、この状況をどうにかできるという俺の言葉を信じて外へ出てくれる兵士や役人たち。
こんな簡単に信じてくれるのは、やはり『勇者』という肩書があるおかげだ。
誰に憚ることなく名乗れるというのは気持ちがいい。
上機嫌で全員を連れて外へ出て扉を閉める。
「もう、いいですよ」
「へ……?」
外に出て扉を閉めてから5秒と経っていない。
そんな短い時間で何ができるのか?
しかし、開けられた扉の先に広がっていた光景を見て言葉を失っていた。
「どうですか?」
空っぽだった倉庫にはコンテナのような箱がギッシリと詰め込まれていた。
もちろんコンテナの中身が空などという事もなくきちんとリスト通りの品物が詰め込まれている。
「これは、どうやって……」
「いや~、たまたま皆さんが必要としている物が俺の収納の中にあって良かったです」
「そ、そうか……」
既に一般的に知られている【収納魔法】の限界を越えている。
色々と問い詰めたいところだが、相手が勇者であるという事もあって強く出る事ができずにいた。
なによりも商人たちの嬉しそうな顔。
「本当にありがとうございます。これで商売ができます。今回お願いした商品は国境を越えることができずに多くの人が困っていたのです」
「困っている人がいたら助ける。当然の事をしただけです」
少しばかりの魔力を消費しただけでここまで喜んで貰えるなら安い物だ。
「ただ、こちらも仕入れた物を譲り渡している訳ですので当然のように仕入れる為に使ったお金があります。きちんと買い取って頂けると……」
「もちろんです! 色を付けてお支払いさせていただきます」
ホクホク顔で金を用意しようとする商人。
商売が停止してしまったせいで彼の手元には多くの現金が残されていたみたいで一括で支払う事も可能らしい。
「いえ、通常の取引金額だけで十分です」
「そういう訳には……」
「でしたら、用意してもらいたい物があるのでそちらを下さい」
☆ ☆ ☆
「――という訳で、クウェイン王国の商人や役人が集めたイルミナティに関する情報を譲ってもらって来たぞ」
『……』
と、情報を手に入れた経緯を宿屋で報告しているんだけど、6人ともポカンとしていた。
「あ、あれ?」
「あのね。色々と突っ込みたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「いつの間に倉庫が一杯になるような物資を確保していたの? それも商人が求めている物を偶然持っていて……偶然、な訳ないわよね。もしかして、過去に跳んで調達して来たの?」
態々、過去へ跳んでこのタイミングで譲り渡せるように?
それなら事前に相談してから街へ繰り出しているし、真っ直ぐに例の薬店へと向かっていた。
今日の一件は完全な偶然であり、全てアドリブだ。
「今日、提供した品物は全て【遠隔収納】によって確保した物ですよ」
クウェイン王国への輸出が規制されているという事は、本来なら輸出されるはずだった商品が在庫としてメグレーズ王国内のどこかにあるという事になる。
ちょっと調べてみたところ在庫に困り果てた商人が王城へ駆け込んだ結果、国の方で買い取るという事になったらしく、倉庫で大事に保管されていた。
「後は、倉庫にあった物をちょろまかして来て――」
「まさか、また泥棒したの!?」
真面目な性格のユウカ先輩は、相手が誰であれ犯罪染みた事をするのが許容できなかった。
とはいえ、自分たちがどのような被害に遭っているのかは理解しているので強く言って来る事はない。せいぜいが言い諭してくるぐらいだ。
「ははっ、とんでもない」
俺もユウカ先輩から言われて拝借するのは問題だと気付いた。
「持ち主に無断で持ち出したのは本当ですけど、きちんと売った時と同額の金貨を倉庫に置いて行きました」
広々とした倉庫にポツンと置かれた金貨の山。
これを見た時に倉庫の管理担当者がどのような顔をするのか見られないのが残念だ。
「とはいえ、俺が置いて来たのは真っ当に商人同士の間で商売が行われた時の金額なんですけどね」
帳簿を確認したところ保証分として通常の取引がされた時よりも多くの金額を国は渡していた。
つまり、国は保証分だけ損していることになる。
「そもそも、異世界から勇者を召喚しなければならないほど困っていて全世界が一丸となって魔王に立ち向かわなければならない状況で自国の利益を追求しているような奴が悪い」
輸出を規制すれば多くの人が困る事になる。
それは、薬店を訪れていた村人を見れば明らかだ。
そんな状況が生まれれば人の動きは停滞し、魔王に対抗していられるような状況ではなくなる。
これは、世界にとって必要な事だ。
「ま、今回の一件は輸送に掛かる手間を俺のスキルで全て解決させただけ。それでいいだろう?」
俺がやった事なんて、王都で保管されていた物資を収納に回収し、倉庫に出したぐらいだ。
「それよりもイルミナティに関する情報だ」
クウェイン王国・副都イルミナティ。
400年前まではクウェイン王国の中心にある王都だったらしいが、魔王復活時の混乱に乗じて当時のメグレーズ王国に領土の東側を奪われ、さらに王都が魔王軍の襲撃に遭った事から王都は別の場所で再建される事になった。
その後、数十年の歳月をかけて元王都だったイルミナティは交易の中心地として復活を遂げることになった。
今では王都と同等数の人が住み、活気の溢れる街を取り戻している。
「いくつかの情報から特におかしい事はないみたいだ」
「じゃあ、何かの間違いっていう事?」
「そうじゃない。副都は定期的に王都へ報告書を送っているらしいんだ。最近でも報告書はきちんと送られてきているんだけど、その報告書によると何も問題が起きていないらしい」
「それは、治安がいいっていう話じゃないの?」
そういうレベルで何も問題が起きていない訳ではない。
「商売でイルミナティを訪れた商人は、イルミナティにいる間の記憶が酷く曖昧になってしまうらしい。一種の記憶喪失みたいだな」
「え……」
「けど、そういった報告書は一切届いていないらしい」
何よりも被害が出ているはずなのにも関わらず調査が全くされていない。
明らかにおかしい。
イルミナティを中心に異常事態が起こっているのは間違いない。そして、報告を受けた人々に異常事態を悟らせないのも異常だ。
「ま、イルミナティで起きている問題については具体的な事は自国でも把握していなかったっていう事が分かった。後は現地に行って調べてみるしかないな」
とりあえずガイドブック代わりになりそうな資料は確保させてもらったので名産などについて確認しておく。
動きあるはずなんだけど、敵の姿が見えない副都。
次回、ようやく目的地へ潜入です。