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第2話 対・輸出規制―前―

 アン先輩と一緒に街を歩く。

 昼食もまだだったのでハンバーガーみたいな物を買ってみる。肉や野菜をバンズで挟んだ食べ物で、ハンバーガーにしか見えないのだが使われている肉は牛肉とは違うらしく見た目は同じでも味が全く異なる。


「これも勇者が広めた文化だよな」


 異世界の文化が日本人の手によって浸食されている。

 本来なら現地の文化を歪めるなど咎めるべき行動なのだが、彼らの事情も分かっているので強く咎めることもできない。いきなり異世界へと無理矢理連れて来られた少年少女たち。故郷を懐かしく思ってハンバーガーが再現してしまうことだってあるだろう。


「美味しいには美味しいんだけど……」


 見た目が完全にハンバーガーだったため味もハンバーガーであることを予想していた。

 そのため違和感が強い。

 さすがに異世界にある食材ではこれが限界だろう。


「もしかしたら長い年月の間に再現したはずの物が変わってしまったのかも」


 最後に勇者召喚が行われてから200年。

 今回の勇者が文化を侵食するには時間が足りなすぎるのでハンバーガーを広めたのは前回よりも前の勇者になるはずだ。


「まあ、こういう特産品だと思いましょう」


 街の名物らしく人気商品という事で買ってみた。


 他にもクウェイン王国の特産品を見つければ手当たり次第に買って行く。


「予算は大丈夫ですよ」

「国家予算以上に使うつもりがなければ大丈夫ですよ」

「え……」


 俺の言葉でどこから予算が出ているのか気付いたみたいだ。

 金が必要になればメグレーズ王国の王城にある金庫から拝借させてもらうだけだ。


「た、頼む薬を用意してくれ!」


 金庫から拝借している事に気付いてアン先輩が若干引いていると偶然通り掛かった店から怒鳴り声が聞こえて来た。

 思わず足を止めて見てしまう。


 薬草などが置かれているところから、どうやら薬品店みたいだ。


「何かしら?」

「覗いてみますか?」


 特に反対する意思もないようなので店へ近付いてみる。

 店の中ではカウンターに立った困った顔をしている店主と思しき男性と怒った様子の村人と思しき男性が対面しており、その間に帯剣した兵士が立っていた。


「落ち着いて下さい」


 状況を見る限り兵士は怒っている村人をどうにか宥めようとしているみたいだ。


「俺の妻には薬が必要なんだ。金なら絶対に用意するから薬を売ってくれ」

「悪いが金の問題じゃない。あんたの奥さんの病状は私も知っている。そろそろ薬を飲ませないと命に関わる状況な事も……けど、薬は売れないんじゃなくて用意する事ができないんだ」

「クソッ!」


 店主の言葉に怒った村人がカウンターに拳を叩き付ける。

 鍛えられた拳が打ち付けられたことによってカウンターにヒビが入る。


「す、すまねぇ……」

「いや、あんたの気持ちも分かるからな」


 店主も今の状況には困っていた。


「仕方ないですよ。メグレーズ王国から薬を作るのに必要な素材が入って来ない事には用意できません」

「あのクソ国家が……!」


 村人の握る拳に力が強められる。

 俺にも彼らの事情が分かって来た。


「行くの?」


 思わず前へ出てしまった俺を見てアン先輩が呟いた。


「これは、世界を救う旅をしている勇者にとって見過ごせない出来事です」


 実際のところはメグレーズ王国に恥を掻かせたいだけだ。


「何かできるの?」

「もちろんです」


 そうでなければ自分から首を突っ込むような真似はしない。


 コツコツ、と店の中を歩いて行く。

 騒ぎの中心人物だった3人が自分たちに近付いて来る俺を見て眉を顰めている。


 店の外には俺たちのように騒ぎを聞き付けた人々が何人もいたが、彼らは遠巻きに店内の様子を見ているだけで関わろうとする意思はないように見えた。


「お前は?」

「事情は店の外から騒ぎを聞いていて大凡は察しました」

「なら、関わり合いになってるんじゃねぇよ」

「ま、その方が賢明なんでしょうね」


 今も店の外から騒ぎを見ている彼らのように部外者であり続ける事を選んだ方がいい。

 ただし、この騒ぎは全くの無関係という訳でもなかったので見過ごせなかった。


「何が足りないんです?」

「なに?」

「メグレーズ王国が輸出規制を行っているせいで薬に必要な素材が手に入らなくて足りてないんでしょう?」


 それが今回の騒ぎの原因。

 俺たちもメグレーズ王国の輸出規制が原因で車の燃料を確保することができなくなってしまいメテカルへ寄らなければならなくなってしまった。

 さすがに命に関わる病気に必要な薬の素材まで規制するのはやり過ぎだ。


「……ブローサ草っていうメグレーズ王国の北部にある山でしか手に入らない薬草が必要なんだ」


 魔力のある世界。

 世界そのものに魔力があり、土地によって魔力の性質が異なっているらしく気候や植物が魔力の影響を大きく受けている。そのため、限定された場所でしか手に入れることができない素材という物が数多く存在した。


 デュームル聖国で起こった元魔王軍四天王パラードとの戦いの裏で色々と暗躍していたメグレーズ王国。具体的な証拠は何一つとして得られなかったので、でっち上げた証拠を突き付けさせてもらった。

 その結果、周辺諸国から批難される事になった。


 魔王が復活した現在、世界各国が協力して対処しなければならない。


 そんな中、自国だけの利益を求めるように行動したメグレーズ王国は裏切り者に等しいように見えた。


 もちろんメグレーズ王国も反論した。

 だが、元から反感を買っていたこともあって誰にも信じてもらえず(工作員を派遣していたのは事実)、怒ったメグレーズ王国は国力が大きい事を利用して輸出品に規制を掛けた。


「ブローサ草ですね。よければ実物を見せてもらえませんか?」

「ああ」


 そうして店主がカウンターの下から一房のブローサ草を取り出す。


「あるじゃねぇか!」

「悪いが、薬に使うなら大量に必要になる。この程度の量から作れる薬を飲ませたところで病状が軽くなる事すらないんだよ」


 舌打ちをする村人。


「で、大量っていうのはどれくらいですか?」

「そうだな……他にも必要としている連中はいるから不足している奴ら全員を満足させるなら、それこそカウンターが埋もれるくらいの量が必要になる」

「それだけあればいいんですね」


 忽然とカウンターの上に現れる大量のブローサ草。


「え、あれ……?」

「今の【収納魔法】か!」


 店主は出現したブローサ草に驚き、兵士は【収納魔法】を使用してブローサ草が出された事には気付いたものの異様な力に驚いていた。

 そして、村人は言葉にもならなかった。


「さすがに無料でお渡しする訳にはいかないので、いつもメグレーズ王国から買い取っているのと同じ金額でお売りしますよ」

「それは、構わない」


 相場なんて調べているほど暇ではないので金額は店主に任せる。

 店主が買い取るのに必要な金額を用意してくれたので受け取る。これでカウンターの上に置かれたブローサ草は全て店主の物だ。


「良かったですね。これで奥さんに必要な薬を用意することができますよ」

「あ、ああ」


 村人は、その言葉でようやく自分の要望が叶った事を理解した。


 薬を買う為に必要な金はある。足りなかったのは素材だけ。

 そして、足りなかった素材が目の前にある。


「ありがとうございます!」

「いえ、困っている人が目の前に居たら手助けするのは当たり前ですよ」


 実際にはこれでメグレーズ王国が困った立場に立たされるから手助けしただけだ。


「あの」

「はい?」

「まだ輸出規制のせいで足りなくなって困っている物はありませんか?」

「ええ、ありますが……」

「だったら教えて下さい。全て俺が提供しますよ」

「あなたは一体……?」


 突如として現れた正体不明の少年。

 今、クウェイン王国が直面している危機をどうにかすることができると言う。


 不足している輸入品。それを求める人々。

 国の至る所で今回と同じような問題が発生して、その度に問題の仲裁に駆り出される兵士は辟易させられていた。


「俺と隣にいる女性は、魔王を倒す為に異世界から召喚された勇者です。ちょっとばかり異常な【収納魔法】が見られたかもしれないですけど、それは全て勇者の持つ【収納魔法】だから――という理由で納得して下さい」

「ゆ、勇者!?」


 一頻り驚いて後ろに下がる。

 そのままコクコクと頷く。

 勇者という不確かな存在が相手だから納得してくれたみたいだ。


「まずは世界の前に、この国を救ってあげますよ」


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