第1話 国境越境
クウェイン王国。
勇者召喚が行われたメグレーズ王国の西にある隣国で、最大国家と西側諸国の中間にあることから交易などの産業が盛んな国だ。
現在の俺たちは隣国へ渡るため国境にある詰所へと来ていた。
大きな街道の国境には、このように詰所が置かれており犯罪者や違法な物が外国へ行かないよう警備されていた。
その中でも今は厳重な警備が敷かれていた。
「これは、勇者様でしたか」
俺たち8人を代表してアン先輩が身分証を提示してくれた。
「どのような用件でクウェイン王国へ?」
「勇者に求められているのは魔王を倒す力です。レベル上げとその為に必要な力を手に入れる為に隣国へ行く必要が出て来たのです」
「そうでしたか」
詰所の兵士でしかない彼らはアン先輩の言葉を疑っていない。
俺たちとアン先輩たちのパーティが合流したことは、冒険者ギルドで誰かに見られていたらしく王城には伝わってしまっている。王城から回収させてもらった書類の中に報告書があった。
たとえアン先輩たちに対して拘束するような命令が出されることになったとしても末端である国境警備隊の詰め所までは届いていない。
「頑張ってください。応援しております」
「ありがとうございます」
渡された書類に簡単なサインをするだけで国境を通る許可が下りた。
これが多くの商品を積み込んだ馬車を連れた商人だと馬車や荷物の確認に多くの時間を取られてしまうと聞いたことがある。
勇者の威光があって助かった。
アン先輩を先頭にクウェイン王国へと向かう。
「お待ちください」
「何か?」
「後ろの方々の確認がまだです」
やはり、勇者の身分証だけでは国境を通ることができず止められてしまった。
「はい」
仕方ないので冒険者ギルドで作った身分証である冒険者カードを見せる。
勇者であるアン先輩たちは、勇者であることを示す身分証をメグレーズ王国から貰っていたのでそれを見せていた。
まだ拘束命令が行き届いていないアン先輩たちと違って、随分と前から俺たちは拘束するよう国境にある詰所みたいな関係各所へは手配がされているらしい。命令がクウェイン王国との間にある詰所にまで届いているかどうかは定かではないが、態々自分から危険を冒すような真似はしなくてもいい。
冒険者カードは確認させる為に渡すのではなく掲げてみせることで冒険者であることを示すだけ。
見せるだけの俺たちに対して不審な目を向けて来る兵士。
「冒険者の方々ですか。失礼ですが、確認させてもらいます」
冒険者カードを確認する為に手を伸ばしてくる兵士。
その手を躱す為に冒険者カードを懐にしまう。
「どういうつもりですか?」
きちんと受け取って確認しなければ国境を通すことはできない。
それが普通だ。
だが、指名手配されている身では簡単に身分を明かす訳にはいかない。
「……彼らは私たちが護衛目的で雇った冒険者です。彼らの身元は勇者である私たちが保証します」
事前に打ち合わせていた通りにアン先輩が告げる。
「し、失礼しました!」
怒られたと思った兵士が委縮している。
「彼らの身元を疑うということは私たちも疑われていることになりますが?」
「いいえ、そのような事はありません」
「では、冒険者を連れて行ってよろしいですね」
「はい!」
勇者の権力を使った方法でごり押し。
下手な事はしたくない兵士が通してくれた。
そのままクウェイン王国側でも似たようなやり取りをして通してもらう。
「はあ~」
「お疲れ様です」
兵士に声が聞こえなくなったところでアン先輩が溜息を吐いていた。
「こういう交渉とか苦手よ」
「まあ、メグレーズ王国さえ出てしまえば俺たちの名前はそこまで悪名として知られている訳ではありませんよ」
王城の命令も他国までは届かない。
ここからは自由にやらせてもらう。
メグレーズ王国内では指名手配されている俺たちだったが、その効力は外国にまで及んでいる訳ではない。外国にも指名手配するつもりなら罪や拘束理由を伝える必要がある。
しかし、自分たちの都合で処分しようとした勇者が逃げた時に王城にある宝物庫の宝物を盗んでいったから、とは言えなかった。
適当な理由をでっちあげたとしても既にメグレーズ王国の周囲にある国々には俺たちが聖国や帝国で行った功績が伝わっている。
魔王軍四天王レベルの魔族すら倒せる者。
多少の拘束はされるかもしれないが、事情をきちんと伝えれば分かってくれるはずだ。そして、理解してもらえば敵対する事がどれだけ危険な事であるのかも理解してくれるはずだ。
「でも、態々このような方法で国境を越える必要があったんですか?」
いつものように人里離れた場所から人目を忍んで越える方法も使えなかった訳ではない。
ただし、今回ばかりは使いたくなかった。
そういった場所では強力な魔物が出現したり、険しい道を通ったりしなければならないために大変……などといった理由ではない。
「こうして詰め所を通って隣国へ行ったことで俺たちがメグレーズ王国から隣国へと渡った事は両国にきちんと残された訳だ」
現在の勇者は召喚されたメグレーズ王国内でレベル上げに勤しむ為に冒険者のような真似事をして活動している。
召喚した国の監視下に置いておく為だ。
自国内なら簡単に情報を集めることができるし、他国まで同行させるのが難しい騎士を同行させることもできる。アン先輩たちにも騎士が付いていたらしいけど、俺たちと話をする為に冒険者ギルドでの騒ぎに乗じて監視から逃れていたらしい。
「俺たちの活躍を快く思わないメグレーズ王国は、何らかの功績を残しても『勇者は自分たちの国に居た』なんて事を言って功績をなかった事にしようとするかもしれない」
しかし、既に勇者パーティの一つが国境を越えた両国の記録に残された。
この状況ではいくらメグレーズ王国だけが『勇者ではない』と言い張ったところでクウェイン王国と勇者本人が『勇者によるものだ』と言い張れば、どちらが正しいかなど火を見るより明らかだ。
「随分とえげつないですね」
「あの国の思い通りにさせるつもりはない。それだけだ」
人の功績までなかったことにさせられるつもりはない。
国境の詰め所を抜けた先には大きな街が広がっていた。
クウェイン王国内にある物は一度詰め所のある街――バーティスへと集められてからメグレーズ王国へと流される。そのためメグレーズ王国がある東側諸国で取引される品物が集められている。
そして、逆に西側で必要とされる物もバーティスで集められていた。
そういった理由からバーティスには活気が溢れていた。
「いらっしゃい」
国境の近くにある宿屋で部屋を取る。
「部屋は空いていますか?」
「8名だね」
「3人部屋を2つと2人部屋を1つお願いします」
男子で3人部屋を1つ。
女子で3人部屋と2人部屋を使わせてもらう。
「ああ、今は部屋も空いているから問題ないよ」
カウンターにいた恰幅のいい女性に料金を支払う。
「さて、ここからは別行動でいきましょう」
目的地の状況はメグレーズ王国の密偵が集めてくれた報告書が全て手元にあるおかげである程度は分かっているが、実際に自分たちで触れ合ってみると全く異なる情報が手に入るかもしれない。
まずは、聞き込みをして情報を集める。
8人が一緒に行動して情報を集めるのも非効率的なので、親睦を深めることも兼ねて別行動にする。
俺が一緒に行動するのはアン先輩だ。
リーダー同士という事で色々と話をしておきたいということでアン先輩から要請された。
「じゃあ、夕方に集合ということで」
「はい。このような場所で何かあるとは思えませんけど、気を付けましょう」
「ま、何もないでしょ」