第22話 王の謝罪
携帯電話のような通信機の魔法道具から凄まじい音が聞こえて来る。
具体的に言うなら建物が崩れて行く音。
「陛下、何があったのですか!?」
『分からぬ。突然、謁見の間に大きな岩が出現した』
「岩!?」
そんな物が王城にあるはずがない。
あるはずのない物がある。
直前に魔法を俺が使用したことはバレている。
「ああ、俺の仕業だよ」
「……!」
肯定すると宰相が懐に忍ばせていた短剣を抜いて突き付けて来た。
騎士にしたように武器を持てないようにする事はしない。
こいつにはしてもらわなければならない事がある。
「こちらの要求を呑まなければ王城が崩壊する事になる」
――ドォォォォォン
今も王城のどこが崩れた。
『宰相、何が起こっているのか知らないか?』
「いえ、私は……」
指を横に振るう。
すると通信機の向こうから壁が崩れる音が聞こえて来る。
『きゅ、急に謁見の間の中心に岩が現れて壁を壊したぞ……』
それでも宰相に謝る様子はない。
「俺の持っているスキルは【収納魔法】。そして、遠隔からスキルを発動させて王城にある物を収納することができるんだから、収納の中にある物を向こうで取り出せてもおかしくないだろ」
俺がした事は単純。
収納の中にある大岩を次々と取り出しているだけ。
【遠隔収納】があるおかげで、こうして離れた場所にいながら王城の崩壊が大質量を以て可能になった。
今も謁見の間の中心にある床に描いた魔法陣から放出された大岩を使って謁見の間の壁を壊させてもらった。
王城には騎士が何十人、何百人と詰め掛けているが彼らには何もできない。
何もない所に唐突に魔法陣が現れて大きな物体が吐き出されるだけ。
防御手段としては、魔法が使われないように強力な結界を張っておくことだが、今からでは何もできない。
「どうする?」
王城の崩壊を止める方法はたった一つ。
「なぜ、私が頭を下げなければならない!」
しかし、プライドが邪魔して宰相は頭を下げられなかった。
これまで順風満帆と言っていい人生を送って来た。その彼にとって頭を下げて謝罪するなど許されることではないのだろう。
「そうか……」
プライドと職場の崩壊。
どちらを選ぶのか問われて宰相はプライドを選んだ。
ならば、選ばなかった方を失ってもらうだけだ。
「王城は大きかったけど、さすがに山には勝てないだろう」
屋上を起点に魔法陣を上空に描く。
王城よりも大きな魔法陣から落ちて来るのは大きな山。
そんな大質量に潰されればどれだけ物理的・魔法的な防御を施していようと意味を成さない。
「謝るなら今の内だぞ」
「……」
溜息を吐くしかない。
【収納魔法】の制御を手放して、後は重力に従って落として行くだけ……
『待ってくれ!』
通信機から声が聞こえて来る。
テーブルの上に置かれて通信機は、いつの間にか宰相の後ろに控えた騎士の手に持たれていた。
「なんですか?」
『事情はそこにいる騎士から聞いた』
「貴様っ!」
宰相が通信機を持っていた騎士に殴り掛かる。
無抵抗の騎士は黙ったまま殴られて通信機が床に転がる。
殴られた騎士がゆっくりと立ち上がる。
「勝手に陛下へ事情を説明したお叱りは必ず受けましょう。ですが、この状況でどのように動くのが最善なのか、それを判断するのは宰相ではありません」
国のナンバー2とも言っていい宰相に指示を出せる人物。
そんな人物は国王ぐらいしかいない。
『申し訳ない』
通信機から聞こえて来たのは謝罪。
『召喚された君たちがそのような目に遭っているなど初めて知った』
「国王様は与り知らない事だった、と?」
『その通りだ』
「つまり、全ては宰相の独断で自分たちは関係ないから許して欲しい――そう言いたいんですか?」
『そこまで厚かましい事は言わない。だが、国にとって重要な物が何点か宝物庫にはあった。それさえ返却してくれるなら謝罪の証として宝物庫にあった物を持って行って貰っても構わない。そのうえで君たちの自由行動を認めよう』
「陛下!」
声を荒げる宰相。
自分が思い描いた通りに話が進まなくてイライラしてきたみたいだ。何よりも今後に待ち受けていることを考えると恐ろしい。
『宰相……いや、ガーグ』
「はっ」
『失敗したな』
「……申し訳ございません」
国王には謝罪する宰相。
『彼らに謝罪しろ』
「……! それは!?」
『貴様の頭一つで彼らの機嫌が直るなら安いものだ。これは国王命令だ』
国王命令。
自分よりも上位に位置している者から命令されれば宰相とて従わなければならなかった。
宰相は歯を噛み締めながら何度か迷った後でイスから立ち上がって両手と両膝を床について頭を下げる。
土下座。
異世界にあるとは思っていなかった文化だが、召喚された勇者による文化侵略が進んでいたことから土下座ぐらいなら伝わっていてもおかしくないのかもしれない。
「申し訳ございませんでした!」
――ドン!
床に額を打ち付ける宰相。
「謝罪を受け入れよう」
「本当ですか!?」
ガバッと上げられた顔。
額は真っ赤になっていた。
仲間にも確認を取ってみたけど、みんな宰相の姿を憐れに感じたみたいで苦笑しながら了承していた。
「国王様」
『何だ?』
「先ほどの言葉に全て嘘偽りはないと約束してくれますか」
『もちろんだ。神に誓って嘘偽りはないと証言しよう』
「ありがとうございます」
その言葉が最も聞きたかった。
思わずほくそ笑みそうになるのを抑える。
「では、宝物庫にあった物は全て返却します」
【収納魔法】で全ての宝物を元に戻す。
「じゃあ、行こうか」
『待て! この大岩はどうするつもりだ?』
「それは宰相がさっさと謝らなかった罰です。あなたの監督不行き届きが今回の騒ぎを引き起こしました。それぐらいの処分は自分たちで行って下さい」
さすがに上空に出現した山の回収は無理なので俺の方で回収させてもらう。
『……いいだろう』
明らかに不満そうな声が帰って来たけど気にしない。
椅子から立ち上がるとギルドの入口がある方向にいた人たちが左右にズレて出られるようにしてくれる。
せっかく作ってくれた人垣の道を進む。
「よかったんですか?」
「何が?」
歩いているとすぐ近くに立ったレイが小声で訊いて来る。
「宝物を全て返却してしまった事です。あの中には王剣みたいな使える道具も含まれているんですよね」
王剣は魔王軍四天王と戦えるぐらい優秀な武器だ。
そんな物を簡単に手放してしまった俺の行動が信じられないみたいだ。
「安心しろ。既に手は打っている」
「分かりました」
事情説明は後で宿に戻った時にでも行うつもりだ。
レイも言葉だけで信用してくれたのか付いて来てくれている。
「あの……!」
冒険者ギルドの戸に手を掛けたところで後ろから声を掛けられた。
声のした方を振り向くと背の高い女子が3人と気弱そうな男子一人が女子の後ろに隠れるようにいた。
「さっきの話は本当ですか!?」
「さっきの話?」
3人組の内の一人が近付いて来て周りに聞かれないよう小声で話し掛けて来る。
「魔王を倒しても元の世界には帰ることができないという話です。さっきの日記も読ませてもらったので事情はなんとなく理解できるんですけど……もっと詳しい話を聞きたいんです」
4人の冒険者を見る。
彼女たちは、背は高いものの筋肉質という訳ではなく女性らしい柔らかさを持っていた。それでいて強者みたいな雰囲気を持っている。男子についてはよく分からない。
見た目とは違った強いステータスを持っている。
それらの情報を考えた結果――
「勇者ですね」
メテカルを拠点に活動している安藤たち以外の勇者。
彼女たちなら魔王を倒しても元の世界に帰ることができない、などという情報を聞けば黙っていられるはずがない。
「いいですよ。詳しい状況を説明するので付いて来て下さい」
一度立ち寄った場所なら必要物資を好きなだけ盗めるし、大質量の物体を送り込んで破壊することも可能。
新たに4人を加えてのパーティはどうなるのか?