第20話 宰相との対話―後―
「王城の宝物庫からいくつかの宝物がなくなりました。そして、情報を集めている内に他国で起こった戦闘で宝物の一つが使用されたという情報を掴みました。何か知っているようなら――いえ、今すぐに返却しなさい」
詫びることもなく命令する宰相。
「盗まれた物っていうのはこれの事かな?」
王剣や王盾、他にも宝物をいくつか取り出す。
死体がそのまま放置されているのは問題なので、ライデンの遺体はついでに引き取らせてもらう。
「やはり、貴様が盗んでいたか!」
本性を表して怒鳴る宰相。
「これは人の事を勝手に召喚した挙句に襲われた慰謝料として拝借しておいた物です。本来なら召喚した貴方たちが俺たちの面倒を全て見なければならない。にも関わらず、貴方たちは俺たちの保護を放棄した。当然、生活する為に必要な資金ぐらいは提供してくれても問題ないんじゃないですか?」
「役立たずのスキルしか持っていないお前たちが悪い!」
俺たちが悪いと言う宰相。
話を聞いていた冒険者たちの評価は既に最悪だ。特にランクの低い冒険者。
宰相の行った事は、戦う力がないからという理由だけで勝手に処分してしまうようなもの。力が弱く、ランクが低いままだと待遇が悪い冒険者でも殺されるような目には遭っていない。そんな事があれば冒険者になる者はいなくなる。ランクが低い者は低い者で雑用などの仕事で必要とされている為だ。
「いや、報告によれば随分と活躍しているようではないか」
さすがに国家レベルでの諜報機関ともなれば誤魔化せるものでもない。
聖国や帝国でどんな活躍をして来たのか知っているのだろう。
あんな目に遭わされたというのに自分たちに協力しろ言って来ている。
……もはや呆れてしまう。
「異世界から召喚された勇者として使命を果たすがよい」
「断る」
「なに!?」
俺の答えは最初から決まっていたというのに驚いている。
「こっちは元の世界に帰る方法を探す必要があるせいで忙しいんだ。魔王退治なんてやっていられる暇はない」
「元の世界へ帰る? それなら魔王を倒せば帰れると伝わっている」
後ろにいた騎士たちも頷いている。
彼らも伝説を信じているのだろう。
「これを読んでも同じ事が言えるか?」
「これは!」
今度は古びた手帳を取り出す。
それは、前回の勇者召喚で魔王を討伐した勇者が遺した日記。
勇者の日記を宰相ではなく冒険者たちの野次馬に紛れて俺たちの事を心配して見ていたシャーリィさんに渡す。
彼女は渡された日記を広げ、読み進めて行く。
受付嬢として書類整理に慣れているおかげなのか物凄い速さで読み進めて行く。
物珍しい日記を読もうと横から覗いている冒険者では追い付いて行けず、所々でしか読み解けないレベルだ。
「これは……」
必要な場所を読み終えたシャーリィさんが溜息を吐いた。
「その日記は、前回の勇者召喚で召喚された勇者が遺した日記です」
「伝説と全く違うではないですか!」
シャーリィさんが憤るが、騎士たちは訳が分からず首を傾げている。
唯一、表情を暗くさせて行っているのが宰相だ。
宰相は勇者が遺した日記。
そして、勇者がどのような末路を辿ったのか知っていた。
宰相や騎士の中には知っている者がいたと思ったから彼らには見せずに冒険者ギルドの人間に見てもらった。
「そんな物まで盗んでいたのか」
「当然」
そもそも日記を手に入れたからこそ出て行く決心ができた。
そのついでに宝物庫からも色々と拝借して来ただけだ。
「どういう事なのか説明してもらえますか?」
「……っ」
宰相が舌打ちをしている。
そんな事には構わずシャーリィさんが続ける。
「私たちが幼い頃から聞かされていた伝説では、魔王を退治した勇者は王女様と結婚して幸せに暮らしていたとありました。ですが、事実は全くの逆! 勇者様は邪魔者のように扱われ、元の世界へ帰れる日を死ぬ瞬間まで待ち望んでいた。勇者様の子孫に関する話を聞かないと思ったらこういう事情があったんですね」
勇者と王女様の間に子供はいたらしい。
しかし、勇者の日記に子供が生まれた記述はあっても生まれた後の記述が一切なかった。シャーリィさんが言うように一般的に流布されている伝説にも子孫に関する話はない。
あまり考えたくない事情があったのかもしれない。
「こんな事実の隠蔽が可能だったのは当時の王家をおいて他にありません」
「日記はそのまま差し上げるので読んでいいですよ」
シャーリィさんから日記を受け取って本当の歴史を読み進めて行く冒険者たち。
今後に色々と役立ちそうな情報が描かれている日記だけど、内容に関しては全てデータ化させているので日記そのものは必要ないとも言える。
「おいおい……」
「こりゃ、酷い」
「逃げ出すのも無理ないわよ」
当時の王家が必死になって隠していた事実が明らかになる。
その後、日記を読んでいない人たちの為にシャーリィさんが過去の勇者の身に何があったのかを必死に説明する。
冒険者たちからブーイングが上がる。
騎士たちは自分が仕える王家がそんな事をしていたのか、と知って言葉を失くしている。
「こんな事実を知れば王城から逃げ出さずにはいられませんよ」
「そうでしょう」
「あなたは知っていたんですよね」
宰相に詰め寄るシャーリィさん。
ただの受付嬢にすぎない彼女が王国を支える宰相に詰め寄るなど本来ならしてはいけない事だが、初めてメテカルに来た時から色々と親身になって恩まで感じてくれている彼女は自分の立場も無視して協力してくれている。
「たしかに私は勇者が本当はどのような末路を辿ったのか知っていたし、その日記についても読んだ事がある。だからこそ魔王という世界の脅威を取り除く為には過去の教訓から学ぶ必要があると考えた」
今回も同じように進めれば魔王を退治する事ができる。
だが、前回の勇者召喚にしたって多くの犠牲者が出てしまっている。
宰相は、魔王を退治する為ならそれでもいいと言っている。
「あんたは何も悪いと思っていないんだな」
「悪い? 私は何も間違った事はしていない」
自分の行動に間違いがないと本気で思っているのか悪びれた様子がない。
逆に感心してしまうぐらいだ。
「宰相、あんたの家族は?」
「子供は3人いて、最近では4人目の孫も生まれた」
悪びれた様子がないせいか俺の質問に対して素直に答えてしまう。
「よし、7人とも今すぐ殺してくるか」
「なっ……!?」
「あんたに文句はないはずだ」
「ふざけるな! 家族が殺されて文句がない人間などいるはずがない!」
「それはおかしな話だ。俺たちには元の世界に帰る手段がない状況にしながら魔王を退治しろ、と自分たちの要求を一方的に伝えている。しかも、要求を叶えたところで理不尽な目に遭わせるつもりでいる。あんたには、家族と一生会えない状況にしておきながら悪びれた様子がない――自分が同じ目に遭っても俺たちに文句は何一つ言えないんだよ」
「な、何を言っている……」
「魔王を退治して欲しい、そう要求するなら最低でも元の世界へ帰る方法、それから魔王を退治した報酬を用意してからでないと受ける奴なんている訳ないだろ」
グルッと冒険者たちを見渡す。
「この中で依頼を果たしても約束していた報酬が貰えないどころか不幸になってしまう。それでも依頼を引き受けてもいい、なんて考えている奇特な奴がいたら手を上げて欲しい」
誰も手を上げない。
たしかに魔王を討伐したという名誉が手に入るかもしれないが、その過程でどれだけの物を失ったのか……何も手に入らないようでは納得できない。
冒険者だけではない。
騎士たちの責めるような視線が宰相に突き刺さる。
「ええい! 魔王退治は、この世界に生きる全員の悲願! お前たちだって魔王を退治して欲しいと願っている連中ではないか!」
椅子から立ち上がって周囲へ怒鳴りつける。
論点が違う。
魔王を退治して欲しいと願っている。
しかし、待遇があまりに悪すぎる。
「お前たちも異世界から召喚された勇者だと言うなら文句を言わずに魔王を退治しておればいいのだ」
「もう、いいよ」
これだけ言っても宰相に反省した様子はない。
同情した視線を向けてくれる騎士もいたけど……勇者に対する最高責任者である宰相に反省した様子がなければ意味がない。
「あんたに後悔した様子も謝る様子もないから罰を与える」
「罰だと?」
「――【収納魔法】第4段階、発動」