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第19話 宰相との対話―前―

 酒場のテーブルに着く。


 俺が真ん中に座り、隣にハルナとレイが座っている。後ろでは何があっても反撃できるようにショウが立っている。


 正面には宰相だけが座っている。ただし、ゾロゾロと数だけはいる騎士が周囲に立っている。はっきり言って最初は苦戦させられた騎士だけど、今のステータスから言えば雑魚同然だ。


「お久しぶりですね」


 酒場のテーブルに着くと宰相が挨拶もなしに言って来た。


 いや、これが宰相にとっての挨拶なのだろう。

 彼にとって俺たちは異世界から召喚された勇者の内の一人である事は間違いようのない事実となっている。

 下手に否定しても意味がない。


「俺たちが何者なのか覚えているんですね」

「はい」


 まずは認めさせるところから始めないといけない。


「あなたは俺たちが何者だと思っているんですか?」

「……」

「言えませんか?」


 何も答えられないみたいなので立ち上がろうとする。


「4人とも勇者召喚によって異世界より召喚された勇者の一人です」

「正解」

「……!」


 宰相の答えを肯定すると冒険者たちのどよめきがギルド内に広がって行く。

 以前から運び屋として注目を集めていた俺たちだったが、まさか勇者の一人だとは思われていなかった。


 最低限の事実は認めなければ対話を続けるつもりはない。

 俺の姿勢を理解した宰相は認めるしかなかった。


「どうして、勇者のこいつらが冒険者なんかに?」

「ほら、ウチのギルドにだって冒険者をしている勇者がいるだろ」

「なるほど」


 安藤たちと同じようにレベル上げの為に冒険者をしていると思われた。

 別にそのままでもよかったんだけど、誰かが気付いた。


「あれ、こいつらが冒険者になったのって……」


 勇者召喚が行われてから。

 他の勇者たちに対して冒険者になるのが早過ぎる。


「俺たちはあなたが言うように異世界から召喚された勇者の一人です。ですが、誰かが言ったように俺たちが冒険者になったのは勇者召喚が行われてから数日後の話です。その頃の勇者は王城に匿われて戦闘訓練に勤しんでいたはずだ……どうしてこんな場所で冒険者をしているんでしょう?」


 話をはぐらかす事はできない。

 オープンにされている場所での会話は多くの人に聞かれている。


 騎士たちはともかく冒険者たちは事情を知りたいという想いを隠さず表情に表している。


 下手な言い訳をした場合には即座に逃げるつもりだ。


「私が聞いた報告では野外での訓練の最中に魔物に襲われて逃げ出したと聞いていました。遺体は見つかりませんでしたが、現場には夥しい量の血が残されており、そのような怪我では生きていない、と……貴方たちに与えられたスキルは弱いものでした。おそらく城での訓練が嫌になって逃げ出したのでしょう」


 城からいなくなったのは、あくまでも自分たちの意思。

 たしかに協力するのが嫌になって自分から逃げ出したけど、その原因を作り出したのが誰なのか認めさせない訳にはいかない。


「これ、な~んだ?」


 酒場の床に突然出現した遺体。


 その遺体は、宰相の周囲にいる騎士たちと同じ鎧を身に纏った騎士。しかし、既に息絶えていた。


 その正体は俺たちに襲い掛かって来た騎士ライデンだ。

 収納されている事を今まですっかり忘れていたので入ったままになっていた。


「……っ!」


 突然出現した遺体。

 しかも騎士の物となれば騎士たちが警戒するのも当然だ。


 思わず剣に手を掛けている。


「止めろ!」


 宰相が声を張り上げて静止させる。


「しかし……」

「お前たちが武器を抜いたところでどうにかなるものでもない」

「そうですよ。武器を抜いていないからこそ対話に応じています。もしも、武器を抜いた場合には逃げ出すか……武器を持てない体になってもらいます」

「っ!?」


 騎士たちが武器から手を放す。


「これでいいでしょうか?」

「そうですね」


 生きている騎士たちについてはこれでいい。


「ところで、この騎士は何者ですか?」

「野外訓練時に俺たちの引率を引き受けてくれた騎士です」

「なるほど。魔物に倒された騎士の遺体を保管してくれたのですね。そして、その後どうにか生き延びた貴方たちはこの都市へと逃げて冒険者として活躍していた」


 どうやら美談に持って行きたいらしい。

 宰相の推測を聞いていた冒険者たちの中から「そうだったのか」となどと身を挺して勇者を守った騎士を称賛する声が聞こえて来る。


「それなら、メテカルへは来ずに王城へ戻ればいいだけでしょう」

「自分たちだけが生き残ってしまった事が後ろめたくて王城へ帰る事ができなかったのでは?」

「俺たちにとっては未知の世界で、自分たち以外は知らない人間しかいない都市へ逃げた、と? 自分たちの常識が通用するのか分からないのにそんな場所へ逃げ出しますか?」


 逃げ出した先で辛い訓練に耐えるよりももっと酷い状況に陥るかもしれない。

 実際、チートスキルがなければ逃げ出しても生活ができなくなっていた可能性の方が高い。


「そんな選択をするぐらいなら多少は後ろめたい想いがあったとしても王城へ帰る方が賢明です」

「ですが、貴方たちは帰って来なかったではないですか?」

「ええ、だから『王城へ帰る事ができなかった』んです」


 未知の世界へ足を踏み出すよりも辛い事情が王城にはあった。


「ところで、彼はどうして死んだのだと思っていますか?」

「……魔物に殺されたのでは?」

「いいえ、俺が殺しました」


 そう言った瞬間、騎士たちが俺の事を睨み付けて来た。

 本当は剣を抜いて襲い掛かりたいところだけど、それは宰相に止められているから実行に移す事ができない。


「殺した理由は向こうが先に勇者であるはずの俺たちを殺そうとしてきたので返り討ちにしただけですね」

「騎士がそのような事をするはずがないだろ!」


 一人の若い騎士が咆える。


「たしかに騎士が勇者を襲うなんてあり得ない。けれど、そういう命令が上からされていたらどうだろう?」


 たぶん目の前で怒っている騎士は宰相の思惑とかライデンが受けた命令とかについては知らされていないのだろう。

 しかも他の騎士以上に怒っている姿を見るにライデンと知り合いだったのかもしれない。


「……何が言いたい?」

「この騎士は、宰相からの命令で『俺たちの力が使い物にならないようなら処分しろ』と受けたため襲い掛かって来たと言っていました。こっちは降りかかって来た火の粉を振り払っただけです。どうして責められないといけないんです?」

「あ、あいつは立派な騎士だったんだ……!」

「つまり、そちらの身勝手な理由で異世界に召喚されただけの俺たちに『役に立ちそうにないから』なんていう訳の分からない理由が原因であの場で殺されていれば良かった、と?」


 そんな事は絶対に認められない。

 馬鹿な事を言って来た騎士を睨み付ける。


「ち、ちが……」


 騎士が尻餅をついて後退する。

 少し殺気を飛ばしただけなんだけどな。


「そう言っているんだよ」


 少なくとも言われた方の俺はそういう風に感じた。

 怯えるなんておかしな話だ。


 逆に怒られたせいで驚いたレイが俺の服の裾を掴んでいる。彼女にとっては異世界に連れて来られたばかりの日に騎士に襲われた事実はトラウマ以外の何物でもない。不安にならないよう手を握ってあげると少しは落ち着いてくれたみたいだ。


「たしかに私が命令しました」

「宰相!?」


 あっさりと認めた宰相に騎士が驚いている。

 清廉潔白であると自負している騎士にとっては信じられない出来事だ。


「勇者を奮い立たせる為には犠牲者の存在がどうしても必要でした。実際、犠牲者が出たと知った勇者たちは必死に訓練するようになりました」


 誰だって死にたくない。

 俺たちが死んだのはスキルが弱かったから。


 そして、魔王と戦うなら弱いままの自分も彼らのように死んでしまうかもしれない。

 そんな風に考えてもおかしくない。


「それに勇者の中から役立たずが出るようでは困ります。そういう意味でも貴方たちは処分する必要があった、それだけです」

「処分、ね……」


 今すぐにでも殴り飛ばしたい衝動を抑える。


「そんな事よりも私がこのような場所を訪れたのは、貴方が姿を消した頃と同時期に起こった盗難問題について事情を聞く為です」


 そんな事――こっちの命が狙われた事を『そんな事』扱い。

 誠心誠意自分の犯してしまった罪を認めて謝るなら許してあげる事を考えなくもなかったけど、宰相には自分が間違った事をしたという自覚がない。

 非常に不愉快だ。


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