第16話 盗賊団討伐後の帰還
持ち帰らなければならない物を全て回収する頃には太陽が昇り始めていた。
とてもではないが、今から休むような気にはなれなかった。
「さて、どうするか?」
物は収納すれば苦労することなく持ち帰ることができる。
問題は生物だ。
たった一晩の間に色々とあったせいで何もやる気がしないのか焚火の前で俯いたままだ。体力的な消耗もそうだが、精神的に疲れているせいで意気消沈している。
こんな状態の安藤たちは足手纏いでしかない。
しかし、ギルドへ依頼の結果を報告する義務を考えると放置して行く訳にもいかない。
「仕方ない。アレを出すか」
収納から車を取り出す。
「……!?」
異世界には不似合い。
しかし、元の世界では見慣れた乗り物を見て安藤たち5人が驚いている。
「お前、これ車だよな」
「それ以外の何に見える?」
「どうやってこんな物を手に入れたんだよ」
異世界ポラリスにおける乗り物と言えば馬車が限界。
さらに馬車を魔法道具で強化するところまでしか文明は進んでおらず、燃料を使用して動く乗り物など存在していない。
「もちろん自分たちで造った」
「造った?」
「車なんて便利な物はあった方がいいだろ」
造った過程や動く仕組みについては説明しない。
説明が面倒というのもあるが、それ以上に自分たちの特異性を教えたくない、という気持ちがあった。
「でも、車には4人しか乗れませんよ」
レイが言うようにこの車は4人用だ。
自分たちしか使わない前提で造ったので人数制限があるのは仕方ない。
「これで大丈夫だろ」
車の後ろに荷台を出す。
何かあった時に自分たち以外の誰かを運べるようにと用意しておいた物だ。用意したと言っても速度を出しても問題ないように頑丈さを優先させた金属製の箱に車輪を4つ取り付けただけの物。
車と荷車の間を鎖で繋ぐ。
「お前たちは後ろの荷車に乗れ」
安藤たちに荷車へ乗るように言い、俺たち4人は車へ乗り込む。
「いいんですか?」
「荷車に乗っているだけならどんな方法で動かしているのか分からないだろ」
たとえ車が奪われて調べられても動かしている方法に関しては分からない。この車は外装こそ元の世界の車と同じだが、動かしている方法は俺たちのスキルに依存したものだ。
スキルを使っているところを見られなければ車が特別だと言い張ることもできる。
「そうではなくて、あの荷車だと安定性とか皆無ですから最悪の場合には振り落とされる可能性だってありますよ」
「他に連れて行く方法がないから仕方ない。それとも俺たちにあいつらを背負って行けとでも言うつもりか?」
さすがに女子にこんな仕事を任せる訳にはいかない。
ステータスのおかげで荷物のようにして運ぶことはできるけど、俺とショウの二人で手分けしたとしても面倒な事には変わりない。
たしかに危険はあるが、そこまで面倒を見ていられる余裕はない。
こんな状態になるまで自分たちが何をしようとしているのか見て来なかった安藤たちの責任だ。
「行くぞ」
☆ ☆ ☆
メテカルが遠くに見える場所まで戻って来た。
歩いて盗賊団のアジトがあると思われる場所まで行った時は3日掛かってしまった距離も車を使えば数時間で辿り着く。
車を見られる訳にはいかないので、ここから先は歩いて行くしかない。
全員荷車から振り落とされるようなこともなく、怪我もないので歩くのも問題ない。
車を降りると見られる訳にはいかない物を収納する。
「うっ……」
地面に足を下ろして立った安藤たちが吐かないように耐えている。
車酔いだ。
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
全然大丈夫そうに見えない顔色だ。
「なんだよ、この乗り心地最悪の乗り物は?」
ポラリスの乗り物以上に乗り心地の悪い乗り物。
なにせ速度と耐久性を追求するあまり乗り心地を捨てて行った乗り物だからな。慣れない奴は耐えられなくても仕方ない。
「ほら、しゃんとする」
依頼を終えて戻って来た勇者がこんな調子では人々を不安にさせる。
これから先どんな選択をするにしても、選択次第ではこいつらには勇者としての姿を続けてもらう必要がある。人々を不安にさせるような姿を見せる訳にはいかない。
俺に言われた事が気に障ったのか疲れた表情はしていたものの前を向いた。
安藤たちにも勇者としての気概が少しは残っていたらしい。
「あ、お早いお帰りですね」
メテカルを出た時と同じ門を使用すると俺たちの事を知っていた門番が駆け寄って来た。
少年のような顔立ちの門番。
門番がキラキラとした視線を向けて来る。
「普通なら盗賊団のアジトがある場所まで行くだけで3日は掛かるのに4日で戻って来るなんてさすがは勇者様ですね」
少し失敗したかもしれない。
さすがに4日で帰って来れば不審に思われてしまう可能性もあった。
けど、全ては勇者が一緒にいたからという理由で納得してもらえた。
「あれ? 冒険者の人たちは一緒にいますけど、行く時には一緒にいた騎士の人たちはどうしたんですか?」
「……」
門番の何気ない質問に安藤たちは答えられない。
自分たちの失態で王国の貴重な戦力を失ってしまった。
「別行動中ですか?」
「そ、そうだ……!」
鈴木が慌てた様子で答える。
門番は鈴木の様子を不審に思うものの世界を救う為に召喚された勇者を相手に不信感を抱く訳にはいかないと自分を納得させたみたいで、職務を全うする為に俺たちの冒険者カードを確認して行く。顔は知られているとはいえ、身分証を確認せずに都市の中へ入れてしまうのは問題だ。
「はい、確認できました」
冒険者カードが返される。
メテカルへと入ると活気に満ちた声が聞こえて来る。
門の近くにいた人たちは勇者の帰還に沸き立っていたが、当の本人たちは余裕のない表情をしていた。
「……皆さん!」
無言のままメテカルを歩いて冒険者ギルドに入るとシャーリィさんがすぐに戻って来た事に気付いた。
普段なら知り合いの冒険者が危険な依頼から帰って来たとしても受付嬢は冒険者が報告の為にカウンターへ来るのを待っている。どれだけ嬉しくてもカウンターから出て来るような事はない。
ところが、シャーリィさんは急いで俺たちに近付いて来た。
「あの、依頼完了の報告をしたかったんですけど……」
「そんな物は後でも構いません。とにかくこっちへ来てください」
シャーリィさんに案内されて奥の倉庫へと連れて行かれる。
「どうして、戻って来たんですか!?」
「いえ、依頼を終わらせたなら報告の為に戻って来るのが普通だと思うんですけど……」
そんな当たり前の事を言うとシャーリィさんの表情が歪んだ。
「そういう事を言っているんじゃないです。街の門にいた門番からは何も聞いていないんですか?」
「門番? いえ、何も聞いていないですけど……?」
あの少年門番は普通に対応して街へと入れてくれた。
特別、おかしなところはなかったはずだ。
……いや、シャーリィさんの反応を考えると何もなかった方が異常だったのかもしれない。
「……どうやら上から手を打たれてしまったみたいですね」
「上?」
「はい。門番にはお金まで支払ってソーゴさんたちが戻って来たらメテカルへは入らずにそのまま旅立ってくれるようお願いしていたんです」
「そんな事は一言も言われていませんよ!?」
少年門番に不審な様子はなかった。
「おそらく向こうは報酬だけ貰って連絡不備を理由にあなたたちを中へ通すことが目的なんです。ここまで入ってしまえば何事もなくメテカルを旅立つのは不可能です。何より戻って来た事が知られているので逃げられません」
「……何があったんです?」
シャーリィさんの様子は唯事ではない。
俺たちに対して感謝と申し訳なさを感じていたシャーリィさんやギルドマスターは日頃から協力したいと考えていた。そこに俺たちの知らない何らかの危機が訪れようとしていたから先に逃がそうと行動を起こしていた。
しかも自分たちは監視されているみたいなので門番に報酬まで支払って頼み込んでいた。
ただ、それも権力を持っている相手に潰されてしまった。
「この国にソーゴさんたちが戻ってきている事が国の上層部に知られてしまったみたいです。それに、ソーゴさんたちの事を国が捜しています。今すぐにでもこの国から離れた方がいいです」