第15話 為すべき事
人質になってしまった田上。
田上を盾にすることでこの場から逃れようと考えているのだろう。
「状況は分かったな?」
盗賊団の頭領が追い付いて来た俺たちに言う。
「こいつの命が惜しいなら俺たちを見逃すんだな」
「……そいつが無事でいる保証は?」
「ない。だが、信じざるを得ないはずだ」
田上の首にはナイフが突き付けられて血が流れていた。
少しでも力を込めるだけで致命傷になる。
「渡来……」
緒川が不安そうな面持ちで俺を見て来る。
元の世界にいた頃には見たことのない表情だ。
こいつの気持ちも分かる。ついさっき二人の仲間が死に掛けたばかりだ。そのうえ、さらに二人が死んでしまうと自分だけが残されてしまうことになる。
人質になった田上も心配だが、重傷を負った鈴木の治療も必要だ。
下手に抵抗する訳にはいかない。
そんな事を言いたいのだろう。
が、そんな物は全て無視だ。
「お前たちは何も分かっていない」
「あ?」
「そいつに人質としての価値なんてない」
俺が言うと田上の視線が地面に向けられた。
「おいおい、仲間じゃないのかよ」
「いいや、同じ依頼を受けただけの同業者だ」
収納から銃を取り出す。
「銃!?」
この世界にないはずの武器を見て緒川が驚いている。
「チッ、状況が分かってねぇみたいだな」
「それはお前たちの方だ」
ビチャビチャ。
弾け飛んだ血と肉が人質になっていた田上の半身に撒き散らされる。
「なっ……!」
田上を拘束していた盗賊だったが、今では羽交い絞めにしていた盗賊は頭部のほとんどを弾き飛ばされ、ナイフを持っていた盗賊は上半身が消失していた。
俺が高速で撃ち出した鉄塊を受けて弾け飛んでいる。
ナイフを持っていた腕が手首から先だけを残して弾け飛んでしまったためナイフと手が地面に落ち、拘束されていた田上も崩れ落ちる。
「何をした!?」
「人質っていうのは拘束し続けていられる力があるからこそ効力があるんだ」
拘束していると言っても一人が後ろから羽交い絞めにし、もう一人が横からナイフを突き付けているだけだ。
人質になっている田上を傷付けずに盗賊だけを撃ち抜くスペースはいくらでもある。
「後は残りの奴だ」
頭領の疑問には答えず、別の盗賊も次々と撃ち抜いて行く。
誰も彼もが鉄塊を回避することができずに体の一部を吹き飛ばされている。
「悪いが、全員俺の方で対処するぞ」
「あ、ああ……」
次々と肉片になっていく盗賊を前にして緒川は呆然としていた。
鈴木や田上も俺の質問に答えられるような状態ではない。
とはいえ、パーティの一人から了承を得られたのだから後は蹂躙するだけだ。
「に、逃げろ……!」
「殺されるぞ!」
「バラバラに逃げるんだ!」
盗賊たちが俺のいる方とは違う方向へと逃げ出す。
バラバラに逃げれば誰か一人ぐらいは逃げ切れると考えているのだろう。
「甘いんだよ」
逃げ出した一人を射殺する。
3秒後――二人目も射殺されていた。
狙いを定めて撃つまでに3秒。
たった3秒では2、30メートル程度しか移動することができない。
結局、頭領以外の全員を射殺するのに1分ほどしか掛からなかった。
「なん、なんだよお前……!」
自分以外の盗賊が殺された光景を見て頭領が慄いている。
「お前らの抱えた面倒事を解決する為に誘拐された子供だよ」
「化け物が!」
頭領が大剣で斬り掛かって来た。
「は?」
大剣を銃で軽々と受け止めると頭領が驚いていた。
両者の武器では大きさに差があり過ぎる。
とても受け止められるようには見えなかった。
「残念。こいつは改良を施して特殊な金属で造り直してもらっている。それに、お前程度のステータスで俺の力に勝てるはずがない」
「うおっ!」
力任せに押し返すと頭領が後ろへ倒れて行く。
そのまま頭の側面に移動すると頭を踏み抜く。
――ゴキッ!
仰向けに倒れていたはずが、顔だけは俯せになっていた。
もう盗賊団の頭領が起き上がって来る事はなかった。
「大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるのかよ」
血を流し続けて切断された腕の肩を押さえている鈴木。
ある程度は落ち着けられる時間が得られたおかげで受け答えぐらいはできるようになっていた。
改めて切断された場所を見てみる。
「随分と綺麗に切断されているな」
服の上から切断されていたおかげで分かり易いが、スパッと切断されていた。
これだけ綺麗に切断されていればくっ付けるのも難しくないはずだ。
「レイ」
「早くしましょう」
近くに寄って来たレイ。
隣に立ったショウの手には切断された腕があった。女子にこのような真似をさせる訳にはいかないので率先して回収していた。
ショウが切断された腕を元々あった場所に添える。
傷口にレイがスプレーを吹き掛ける。
「冷たっ!」
スプレーが吹き掛けられた場所には白い泡のような物が付着していた。
ショウが添えていた手を放す。
持っていた腕も切断されたままなら地面に落ちるはずだ。けど、切断されたはずの腕は地面に落ちることなく鈴木の肩にくっ付いたままだった。
「すげぇ……斬られた腕が元に戻った!」
腕をグルグル回して状態を確かめている。
「あまり激しく動かさないで下さい。一応の治療はしましたけど、あまりに激しく動かしてしまうと再び落ちてしまう可能性があります」
「お、おう……」
レイに言われて大人しくなった。
「傷口を再結合させる回復薬を使いました。傷だけではなく神経も繋がっているので動かすだけなら問題ないはずです。後は自然回復力に任せてリハビリを頑張っていれば1週間程度で今までと変わらずに動かせるようになるはずです」
「1週間!? そんなに早いのか!?」
「ええ、そうですよ」
既に回復についてはチートと言っても過言ではない力を持っているレイの手に掛かれば切断された腕を元通りにするぐらいは造作もなかった。
ただ、リハビリは必要になる。
とはいえ、腕を切断されるという失態を犯したのは鈴木だし、現代医術を上回る回復効果を受けられるのだからリハビリぐらいは頑張ってもらわないとならない。
逃げ出した盗賊の再捕獲に出た3人を連れて野営地に戻る。
野営地では既に意識を取り戻してどうにか自力で立てる程度まで回復した安藤と山本もいた。
合流すると5人で固まって落ち込んでいた。
「で、お前ら自分たちの失態を理解しているんだろうな?」
「失態?」
「たしかに元の世界の常識に照らし合わせれば相手が犯罪者と言えども殺すのは問題だ。だけど、ここは平和な日本じゃないんだ。盗賊みたいな連中は拘束した程度じゃあ正しい事をしているはずでも逆にこっちへ牙を剥けて来る事があるっていう事を理解したんじゃないか?」
「……」
5人は俯いたまま何も答えない。
盗賊の命に手を掛ける事を躊躇ってしまったばかりに騎士は死亡し、全員が危機に陥った。
「お前は平気なのかよ!?」
人を手に掛ける事が……
「平気だ」
田上の叫びに対して平然と答える。
「もっとも俺の目的を阻む者に限られる」
「目的?」
「お前らだって元の世界に帰りたいって願っているから『魔王討伐』なんて面倒な依頼を引き受けているんじゃないか?」
「そうだよ――」
メグレーズ王国の王城に残された連中に与えられた元の世界へ戻る為の選択肢はたった一つしかなかった。
つまり、魔王討伐する事で勇者は元の世界へ還ったという伝説。
生憎と俺はそんなあやふやな伝説に頼るつもりはない。
なにより嘘を吐いていると知ってしまっている。
「俺の目的も『元の世界に帰る』だ。だけど、魔王討伐なんて方法には頼らないで別の方法を探している。その邪魔をするような奴がいるなら迷いなく俺の前から弾き飛ばすだけだ」
言葉の最後に殺気を飛ばす。
俺の表情から何かを感じ取ったのか後ろへ下がろうとしていた。
「いや、いくら目的があると言っても人殺しは――」
「人殺しをやろうとしている連中に注意をされても説得力の欠片もないな」
「は……? 何を言っているんだ?」
思わず5人の表情を見てしまった。
こいつらは本当に何も理解していない。
「お前らは最終的に魔王軍と戦うつもりなんだよな」
「そうだぜ。どれだけの魔物がいたって俺たちが撃退してやるぜ」
メグレーズ王国が魔王軍に攻め込まれた時に勇者たちも率先して戦っていた。
その時の魔王軍の構成は魔物だけと聞いている。どこかに指揮官となる魔族が隠れていたのかもしれないけど、遭遇していたなら魔族の姿が伝わっていてもおかしくない。
「魔王軍と戦えば最終的に魔族と戦う事になるぞ」
「それが、どうした……」
「魔族は元人間だ」
俺の情報に息を呑んでいた。
そこで、魔族が魔王の発生させた瘴気を取り込んだ人間だと教えてやる。
「いや、元人間なら勇者と戦うはずがない……」
「魔族は魔物と同様に魔王の命令には絶対服従らしい。しかも、魔族になれる人間は特定個人や社会そのものを強く憎んでいたり、敵対しても構わないと思っているような連中だけだ。勇者なんて格好の的だぞ」
どう足掻いたところで最終的に魔族と戦うのを避けることはできない。
そうすれば元人間とはいえ、人の姿をした相手と戦うことになる。
「自分の目的を達成するには何をすればいいのか? 為すべき事が何なのか考えるんだな」
「でも……」
「だったら良い言葉を教えてやる」
「え……?」
「『郷に入りては郷に従え』。この世界では盗賊はさっさと討伐する対象なんだからこの世界の流儀に則って斬り捨てるべきなんだよ」
それだけ伝えてその場を離れる。
こっちには騎士の死体や血に濡れたテントの撤去などやらなければならない後片付けがいくつも残っているので構っていられない。
盗賊討伐終了。
為すべき事の為なら邪魔者を全て排除できる主人公です。