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第13話 素人の暗殺者

 アイテムボックスに入っていたナイフを同時に3本投げる。


 キ――ン!


 同時に投げられたナイフは暗殺者の振るったナイフの一振りで落とされてしまった。


 暗殺者は、すぐに身を落としながら夜の草原を駆け抜ける。


「シッ!」


 下から蛇が噛み付いて来るようにナイフを持った手が伸びて来る。

 俺も同じようにナイフを弾こうとするけど、蛇みたいに動くせいで手にもナイフにも当たらない。


「クッ……」


 仕方なく地面に倒れ込みながら転がる。


「危なかった……」


 暗殺者のナイフは俺の心臓を正確に一突きする軌道だった。


 ゾワッ!

 これまでに感じたことのない寒気に思わず全身が震える。


 ……なんだ?


「それが命のやり取りをする、という意味だ」

「命のやり取り……」

「相手の命を奪い、時には自分の命が奪われてしまう」


 本気で暗殺者は俺の命を奪いに来ている。

 それを殺気という形で感じてしまっている。


 元の世界にいた頃は喧嘩をした事もあったし、命の危険を感じるような殴り合いをしたこともあった。けれども、俺も相手も心のどこかで相手を殺す事に対して本気になれてなかった。

 本気になった者の気迫を初めて感じた。


「死ね――」


 短い宣告。

 だけど、その言葉に明確な殺意が含まれている。


「やるしかない!」


 こっちに向かって来る暗殺者に向かってナイフを投げる。同時に俺も駆け出す。

 暗殺者が自分のナイフで飛んで来たナイフを落とす。


 これでいい。

 ナイフを当てるつもりは最初からない。俺の投げたナイフを落としたことで暗殺者の視界が一瞬だけ遮られた。この夜の闇のせいで視界の確保は大変なはずだ。


 アイテムボックスから二本の短剣を取り出す。

 この短剣は王城からもらった物で、魔力を流すことで切れ味が何倍にも増す。


 両手に持った短剣を振り下ろす。

 真っ暗な世界が真っ赤な血で染め上げられる。


「あっ……」


 魔物で血は見慣れたつもりだった。

 けど、人が流す血を見た瞬間、気が動転しそうになった。

 訓練の時も血を流してしまうことはあったけど、その時は掠り傷から僅かに血が流れるだけだったり、擦り剥いた時に赤くなったりしただけだった。


 だから、こんな風に激しい血を見るのは初めてで……


「その程度か」


 暗殺者の手が動いてナイフが俺の胸に突き刺さる。


 なに、これ……?


 ナイフが突き刺さった場所からは血がドクドクと流れて目の前の景色がどんどん曖昧になって行く。

 思わず膝をついてしまう。


「チッ、斬り付けられた時の影響か狙いが逸れた」


 暗殺者のナイフは俺の心臓から少しズレた場所に突き刺さっていた。


 改めて暗殺者の様子を確認してみる。

 暗殺者の両腕は血で真っ赤に染まっていた。けど、二の腕の辺りが深く斬り付けられているだけで腕を動かすのも痛みを我慢していれば耐えられないほどではないみたいだ。


「お前、この期に及んで俺を傷付けるのを躊躇ったな」


 そんなつもりはなかった。

 けど、どこを攻撃するのか狙いを明確にしていなかった。


「殺意がない事なんて気配を読めば簡単に分かった。後は多少の怪我を負う覚悟で臨めばこっちの攻撃を当てるのは簡単だった」


 斬り付けられても耐えて近付いた。

 斬り付けた時の血に動揺していたせいで耐えながら近付いていることにすら俺は気付けなかった。


「まあいい。もう、お前は死んだ」

「なに、を……」


 立ち上がろうとする。

 けど、全身に力が入らなくて立ち上がることができない。


「お前は【暗殺術】を持っているみたいだけど、暗殺者としては三流――いや、素人と言ってもいい」

「どういう、意味だ」

「相手を殺すつもりがなければ、誰かを殺したことすらない人間を暗殺者とは呼べない」


 たしかに俺は人を殺したことがない。

 けど、気配を殺して魔物に気付かれることなく仕留めたことがある。

 気配に敏感な魔物にすら気付かれることなく近付けるなら『暗殺者』を名乗っても問題ないほどの技量だと城の連中からは言われていた。だから、俺も気分よく『暗殺者』を名乗っていた。


「ハハッ、何が暗殺者だよ」


 本物に言わせれば俺は素人同然だった。

 そして、そういう風に言う理由も分かった。


「そのナイフには毒も塗ってある」


 自分の体だから分かる。

 毒のせいで立ち上がることができない。


「俺の暗殺術は、お前と違って自分で鍛えて手に入れた物だ。俺のスキルは【毒精製】――自分の血に毒性を持たせることができる。暗くて分からなかったみたいだけど、戦いが始まる前に自分のナイフで指先を切って血をナイフに垂らした」


 毒に変わった血が塗られたナイフを突き刺されたせいで体が動かせなくなっている。

 早く、解毒ポーションを……


「無駄だ。俺の毒は特別製で、普通の解毒ポーションじゃあ絶対に治らない」

「なっ……!」


 万が一の場合に備えて城の連中から必ず持っているように言われて持たされていたポーション一式。

 アイテムボックスに入れていれば重たくないからと持ち歩いていた。

 それが、効果を発揮しないなんて。


「このまま放置しておいても毒で死ぬだろう。だが、お前に負けたという事実を消す為には、この手でトドメを差さないと気が済まない」


 暗殺者が一歩ずつ近付いて来ている。

 一気に近付いて来ていないのは俺を警戒しているからだ。

 毒で体が動かせなくなっているとはいえ勇者である俺の方がステータスは高い。


「これで終わりだ」


 目の前に立った暗殺者がナイフを振り下ろしてくる。


 暗殺者にとって致命的だったのは捕まった時に武器を取り上げられたせいで隠しておいた最低限の武器しか手にすることができなかったことだ。だからナイフを投げたりすることができなかった。

 そのせいで確実に刺せる距離まで近付く必要ができてしまった。


 ナイフが首に刺さる直前に体を僅かに逸らして突き刺さる場所を背中に変える。

 背中が凄く痛い。

 けど、痛みに構っているような暇はない。


「チッ、まだ避けられるだけの体力を……」


 ナイフから手を放す。

 服の内側に隠した予備のナイフを取り出そうとするつもりみたいだけど、その前に目の前にいる暗殺者に飛び掛かる。


「この野郎……」


 そのまま地面を転がる。

 体に力の入らない俺じゃあ無様に転がるのが原因だった。


「――死ね!」


 転がりながら手にしたナイフを暗殺者の体に突き刺す。


 顔、首、心臓――致命傷になりそうな場所に何度も、何度も突き刺して行く。


「がっ……やめっ……」


 暗殺者は俺から逃れようとしているみたいだったけど、俺のステータスの方が高いせいで逃れることができない。


 やがて、何十回も突き刺していると暗殺者が何も言わなくなっていた。


「……死んだ」


 さっき腕を斬った時とは比べ物にならないほどの量の血を流して暗殺者が倒れていた。全身を真っ赤に染め上げた状態で生きているはずがない。


「人を殺した……」


 その事実を認識した瞬間、体が一気に重くなったような気がした。


 人を殺した重圧。

 それが、こんなに重たい物だったなんて思いもしなかった。


「けど、背負い続けることはできない、みたいだ……」


 全身が動かなくなって暗殺者の横に倒れ込む。

 毒のせいで俺はこれまでみたいだ。

 でも、最後に一矢報いることはできた。


「はい。死ぬにはまだ早いかな」


 頭の上から軽い声が聞こえて来る。

 次の瞬間、冷たい液体が掛けられた。


「なにしやがる!?」


 思わず立ち上がって冷たい液体を掛けて来た渡来に詰め寄る。


「毒は大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 毒だけじゃない。傷も塞がっている。

 胸と背中に突き刺さっていたナイフも傷が塞がったせいで押し上げられるようにして抜けて地面に落ちていた。

 暗殺者は普通の解毒ポーションじゃあ解毒できないって言っていたのに。


「あの、わたしのポーションは特製なのであれぐらいの毒なら簡単に解毒できるんです」

「そうか」


 渡来の後ろに隠れた少女が教えてくれる。

 これまで何日も一緒にいたけど、渡来の仲間だからって興味がなかった。

 見た目からして日本人。おそらく俺たちと同じで異世界に召喚された勇者、ということは同じ学校の奴なはずだけど、城でこんな奴は見たことがなかった。


「とにかく助けてくれてありがとう」


 握手しようと手を差し出す。

 けど、握り返してくれる様子が全くない。


「あの、そんなに震えた手じゃ握れません」


 え……?


 言われて初めて手を見てみるとガタガタ震えていた。


「あ、初めての人殺しなら正当防衛でも怖くなって当然ですよ」


 怖い?

 自分の中で考えがまとまらない。

 俺は何を恐れている?


「こいつで、この調子だと残りの二人が心配だな」


相手を殺さなければいけない。

そんな状況に苦悩する様子を描きたかったんだけど、主人公が全く動揺してくれないんだよな……

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