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第11話 立場

 形の整った岩を積み上げて作った竃の上で大鍋の中のシチューがグツグツと温められている。

 野営中はシチューに日持ちする乾パンで簡単に食事を済ませる。


「こういう時シチューは簡単だよな」


 美味しさを追求して手間暇掛ける必要もない。適当に切った野菜や肉を鍋に放り込んで小麦粉、牛乳や水などと一緒に煮込むだけ。

 お手軽だが、手っ取り早く栄養を得ることができる。

 なによりも人数が多い場合には量を多く用意するのが簡単だ。


「多少人数が増えたところで少し手間がかかるぐらいっていうのはよく言うけど、さすがに30人分も増えるのはちょっと……」


 シチューを掻き混ぜていたハルナが愚痴を零す。


「悪いな」

「ソーゴは何も悪くないじゃない」


 ハルナは悪くないと言ってくれるが、そもそもこんな益にならない依頼を引き受けることになってしまった俺に原因がある。


 今回の依頼で雑用を担当することになっている俺たちは野営場所に戻ると10人分の食事を用意しようとしていたが、盗賊を捕らえた安藤たちから盗賊たちの分も用意するように言われてしまった。

 断って自分たちで用意させることもできた。だが、「疲れた」や「命令に従え」だの色々と愚痴を言って来て、最終的に食事を既に始めていることもあって押し付けられることになった。


「ま、こんな物でいいでしょ」


 大鍋の中には40人分になる大量のシチューがあった。


 食事を頼んだ安藤たちは適当に休んでいる。

 丸太を椅子代わりにして一番近くで休んでいた田上を揺すって起こす。


「おい、食事ができたぞ」

「うぁ?」


 戦闘をした影響か疲れているせいで半分ほど寝ていた田上。


「食事ができたんだからお前たちが捕まえた盗賊にも持って行けよ」

「……面倒だ。こっちは戦って疲れているんだからお前たちが持って行けよ」

「あの程度の戦闘で……」


 たった30人。

 それも自分たちに比べれば雑魚と呼んでもおかしくない程度の実力しか持っていない相手だ。この程度で「疲れた」とか言っていたら俺たちのこれまでの旅はなんだったのかと言いたくなる。


「あはは……すいません」


 俺と田上のやり取りを見ていた騎士の一人が笑いながら近付いて来る。


「おそらく肉体的な疲労よりも精神的な疲労が強いんでしょう」


 小声で言った訳ではないが、寝惚けている田上の耳には届かなかった。

 彼ら勇者はこれまで騎士との訓練を中心に行っていた。その後、レベルを上げる為に魔物と戦っていた。


 そのため、誰かと本気で戦ったことがなかった。

 初めて他者から本気の殺意を受けたことで動揺している。


「そういうものか」


 俺はよく覚えていなかった感覚だ。


「私たちもしますので盗賊に食事を持って行くのを手伝ってもらえませんか?」


 さすがに30人に食事を提供するのは5人だけだと時間が掛かる。

 別に食事を提供しなかったせいで盗賊がどうなったところで知った事ではないが、下手なトラブルを避ける為には協力した方が良さそうだ。


「……分かりましたよ」


 30人分の食器を用意してシチューをよそう。

 食器を洗うのが面倒だった時に備えて安売りされていたのを買い込んだ物だ。今まで使う機会がなかったが、意外なところで役に立ってくれた。


「ほら」


 騎士と手分けしてシチューを運んで行く。

 俺が持って行ったのは盗賊団の頭領と側近たちの前だ。騎士からは盗賊団の頭領なんかとは関わり合いになりたくない、仲間からはいざという時に対応できるようにということで頼まれた。


 頭領が地面に置かれたシチューを一瞥した後で俺を見上げる。


「この状態でどうやって食えって言うんだ?」


 盗賊たちは縄で体の周りを拘束されて手を動かせないようにされていた。

 少なくとも食器を持てる状態ではない。そもそも熱々のシチューを出されているにも関わらずスプーンらしきものがない。


「そんなもの皿を舐めるように食べればいいだけだろ」


 さすがに拘束を解く訳にはいかない。

 普通に食べさせる訳がなかった。


「テメェ、俺たちを馬鹿にしているのか!」


 頭領の横で拘束されていた盗賊が叫ぶ。


「いらないならそれまでだ」


 回収する為に食器へ手を伸ばす。


「待て!」


 頭領が待つように言う。


「食べる」

「お頭!」

「お前らも食っておけ。この先どうなるのか分からないが、食い物を食っておかないと何もできないぞ」

「……分かりました」


 頭領に言われて隣にいた男も渋々這うようにして地面の上に置かれた食器へ顔を向けてシチューを口の中へ運んで行く。


 盗賊の顔が歪む。

 煮込まれたばかりのシチューの熱さに舌が火傷を負い、こんな体勢で食べなければならない状況を悔しんだ。


「頭領のあんたは食わないのか?」

「食うさ。だが、その前に聞いておきたいことがある」

「……何だ?」

「どうして俺たちは生かされている」


 盗賊団がこれまで犯して来た所業を考えればその場で討伐されていてもおかしくない。それぐらいの事は頭領も理解していた。

 だからこそ自分たちが今でも生きている状況が理解できない。


「お前らは都市まで行って犯罪奴隷として売り捌かれるんだよ」

「馬鹿な連中だ。たしかに犯罪奴隷は売れるが、俺たちの値段なんて二束三文も良いところだぞ」

「そうなのか?」


 頭領によると高額で売れるのは高い戦闘力を持っている犯罪奴隷。男の場合は労働力や戦闘力ぐらいにしか期待されない。盗賊団に所属している個人が持っている力は、冒険者で言えばEランク程度しかない。人数が集まっているからこそ脅威になり得た。


 高額で売れることがあるとしたら頭領と暗殺者ぐらいらしい。

 残りのメンバーは売れたとしても連れて行く手間の方が高くなる可能性が高い。


「さっさと殺してしまった方がお前たちの為だぞ」

「……お前たちの処遇を決めるのはあいつらだ」


 あいつら――自分たちが戦った5人の姿を思い浮かべて頭領の顔に笑みが浮かぶ。


「あの餓鬼共か」

「ああ」


 どうして笑みを浮かべるのか分からなかった。


「俺の目にはあんたの方が強いように見える」

「え!?」


 シチューを啜っていた盗賊が驚く。

 対照的に隣にいた暗殺者だけは頭領の言葉に頷いていた。


 一定以上の力を持つ者には相手の力がなんとなく分かる。それはステータスの強さだけでなく経験が関わって来る。ステータスだけなら安藤たちの方が強いはずだが、経験が不足しているせいで俺の実力が分からなかった。唯一分かっていた緒川も以前の俺を知っていた為に可能性を排除してしまった。


「ああ、そうだろうな」


 否定する意味もないので肯定する。


「それがどうした?」

「どうしてあんな餓鬼共に従っている?」


 力関係を思えば俺の方が上だと考えているのだろう。


「あいつらは勇者様だよ」

「勇者様――ああ、なるほど」


 それだけで頭領は俺たちの間にある力関係――権力を理解した。


 勇者に反抗するのは国を相手に反抗するのと等しい。

 盗賊だって、それがどれだけ愚かな事なのかは理解している。


「俺たちが生かされている理由が理解できたよ」


 そのまま地面に置かれて食器に口を付け始めた。



 ☆ ☆ ☆



「トイレトイレ……」


 勇者や騎士が寝静まった頃。一人の騎士が用を足す為にテントから離れて草葉の陰へと移動していた。

 人目に付かない場所に立つと用を足して安堵する。


「ふぅ~」


 用事を終えた騎士がテントへ戻るべく振り向く。


「うっ……!」


 いつの間にか振り向いた先にあった草むらに潜んでいた盗賊の一人に口を押さえられて言葉を発することができないようになる。


 突然の襲撃に驚きながらも腰に手を伸ばす。

 しかし、そこにあるはずの剣はテントに置いて来てしまっていた。


 そうして襲撃に対応できないまま喉をナイフで掻っ捌かれて騎士は絶命する。


「上手くいきましたね」


 騎士を殺した盗賊が拘束されている頭領に近付く。


「あの餓鬼共が甘ちゃんだったおかげで助かったぜ」


 縄で拘束されているはずの頭領が立ち上がる。

 頭領の体を拘束していた縄がパラッと地面に落ちる。縄には鋭利な物で斬られた跡があった。


「あいつらが俺たちの身体検査すらしなかったおかげで簡単に抜け出すことができたぜ」


 全員が武器を持っていた。

 盗賊たちは武器を失った場合やどんな状態からでも襲えるように目立たないよう懐にナイフを忍ばせていた。

 拘束することに夢中だった勇者たちは隠し持っている武器の存在に気付くことができず、騎士たちも新人ということもあり実戦で自分たちの犯したミスに気付くことができなかった。


「お頭、これからどうしますか?」

「決まっているだろ。あいつらに復讐だよ。眠っている今が絶好の機会だ」


 盗賊という立場上、力で舐められたままというのは許容できなかった。

 少なくとも復讐しなくては今後に差し支える。


「ただし、見張りをしている連中には手を出すなよ」


 相手の力を理解できる頭領はソーゴたちに手を出さない決断を下す。


名もなき騎士が一人退場しました。

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