第9話 盗賊団襲撃
盗賊団のアジトに近付いた。
「よし、気付かれていないみたいだな」
緒川が周囲の気配を確認しながら呟く。
周囲には誰かがいるような気配はなく、魔物も臆病そうな小型の魔物が遠くからこちらを窺っているだけで襲うような様子はない。
「行くぞ」
勇者である安藤たちが洞窟の中に入って行く。
依頼を引き受けているのは勇者のレベルアップを効率的に行う為だ。そのためサポート役である騎士は戦闘には参加せず、少し離れた場所から援護ができるように待機している。
俺たち4人は、騎士からさらに後ろの方で戦闘の様子を見させてもらっていた。
洞窟を進んでいると前方にある曲がり角の先から音が聞こえる。
「誰かの足音だ」
緒川が小声で注意を促す。
残念ながらその気遣いは無意味だ。
「こっちから妙な音がしたんだよ」
「おいおい、マジかよ」
聞き慣れない音を聞きつけた盗賊の内、二人が確認する為に近付いて来ていた。
「し……」
曲がり角を曲がった瞬間に見つけた見知らぬ10人以上の相手。
侵入者の存在に気付いた一人が声を上げてアジトの奥にいる仲間に知らせようとしたが、首に緒川の手刀を受けて気絶していた。
さらにもう一人の盗賊は鈴木の腹パンを受けて気絶した。
二人とも勇者を名乗るだけあって戦闘力は十分にあった。
「何か縛る物持っているか?」
「持っているけど……」
使い道があるかと思って持っていた縄を渡す。
縄を受け取ると気絶した二人が逃げ出さないようにする為に体を拘束していた。
「よしっ」
しっかりと拘束され、気絶したままであることを確認すると奥へと進む。
……まあ、いいだろう。
「止まれ」
何度か曲がった道を真っ直ぐに進んでいると灯りが漏れているのが確認できた。
さらに、その場所からは笑い声のような物も聞こえる。
間違いなく盗賊団がいる。
「盗賊団を見つけましたが、いかがいたします?」
「俺たちが盗賊なんかよりも弱いと?」
騎士の言葉に笑みを浮かべながら答える山本。
これは――突撃する気だ。
「なにもんだ!」
特に細工を施すでもなく姿を現した5人。
その光景に後ろから見ていた騎士が頭を押さえていた。
「正義の味方だよ」
鞘から剣を抜いた田上が真っ先に叫んで前に出て来た男に剣を向ける。
「テメェら」
「へい」
盗賊たちも自分の武器を抜く。
30人ほどの人間が一斉に武器を抜くと壮観だ。
ナイフや剣を装備している者が多い。中でも特徴的なのが先ほど叫んだ男が持つ刃の部分だけでも1メートル以上ある巨大な斧だ。持っている男は筋骨隆々としたはちきれんばかりの筋肉をしており、洞窟という限られた空間のせいもあって自分たちを遥かに超える巨体をしているように見える。
「行け」
叫んだ男――頭領らしき人物の合図に従って盗賊たちが斬り掛かって来る。
田上が前に出る。
最も襲い易い位置にいた田上に3人の盗賊が正面と側面から襲い掛かる。
「こんなものか」
「え……?」
側面から襲い掛かって来た二人の盗賊が倒れた。
正面から襲い掛かった盗賊は持っていた剣がいつの間にかなくなっていたことに気付き、仲間が倒れている光景を見て呆けていた。
「お前も寝ていろ」
剣を盗賊の頭に叩き付けて気絶させる。
盗賊たちには動きが速過ぎて見えなかったが、田上は正面から襲い掛かって来た相手の剣を弾き飛ばすと返す刀で左右から襲い掛かって来た二人の頭を叩いて気絶させていた。
「チッ、随分と強いじゃねぇか」
「こっちはむしろ盗賊が想像以上に弱すぎて拍子抜けするところだ」
「あまり調子に乗るなよ」
――キン!
洞窟の天井付近で響いた金属音。
状況の分かっていない安藤たち4人が見上げる。
天井付近ではナイフとナイフがぶつかり合って地面へと落ちて来るところだった。
「よく気付いたな」
盗賊の固まっている場所から一人の男が飛び出してくる。
そいつは真っ黒な短剣を持って自分の投げたナイフを落とした相手と対峙する。
「コイツは俺がもらうぞ」
「ああ」
盗賊団の暗殺術に精通した人物が紛れ込んでいた。
暗殺者は、盗賊と侵入者が戦っている間の隙を狙って攻撃できる瞬間を待っていた。そして、圧倒的な力で捻じ伏せて気を良くしている瞬間の隙を狙って黒いナイフを投擲した。
黒く染められているナイフは暗い洞窟に紛れて見え難くなっていた。
だが、【気配探知】ができた緒川は仲間に接近するナイフの存在に気付くことができて自分もナイフを投げて落としていた。
お互いに短剣を打ち付け合いながら洞窟の中を別の場所に繋がっている通路を進んで縦横無尽に駆け巡る。姿は見えなくなったが、短剣の音だけはしっかりと聞こえていた。
「チッ、ガレットの奴でも手に負えないのか。お前ら――」
頭領が指示を出そうと振り向いた先では数人の盗賊が既に倒れていた。
「ん?」
数人の盗賊を倒してそんな状態にした安藤が見られていることに気付いて首を傾げていた。
倒された盗賊は体から煙のような物を出しており、焦げているようだ。
「う、うぅ……」
倒れている盗賊から呻き声が聞こえる。
体が痙攣しているところから電撃のような物を浴びて麻痺させられているのだということが分かる。
「そう言えば、あいつのスキルは【剣術】スキルだったな」
剣に様々な魔法効果を持たせることができる。
電撃を纏わせた状態で相手を叩けば体を麻痺させることも可能かもしれない。
【剣技】で剣を自由自在に振り回すことができる田上、【暗殺術】を持っていて気配に敏感な緒川、【格闘術】を持っていて相手を一撃で気絶させられる鈴木も自分のスキルを熟知している。
「派手に行くか」
剣からバチバチと雷撃を発生させた安藤が盗賊に次々と襲い掛かって行く。
盗賊たちは目の前から迫って来る雷撃を相手に為す術もなく逃げ惑うばかり。
「いらっしゃい」
「さようなら」
逃げた先には鈴木が拳を構え、田上が剣を振りかざしていた。
挟み撃ちにされるように盗賊が次々と無力化されて行く。
「オレを無視してんじゃねぇ!」
頭領が持っていた斧を駆け回る安藤を狙って振り上げる。
「おっと」
「!?」
斧を持つ手首をいきなり掴まれて驚いている。
勇者としての身体能力を活かした山本がステータスを活かして頭領の懐に飛び込むと両手で斧を持っている左手の手首を掴んでいた。
「ボスを倒した方が経験値は多そうだ。お前は俺と戦ってもらおうか」
頭領が掴まれた手を引こうとしている。
だが、万力で締め付けられたように掴まれた手はビクともしなかった。斧を持っている手は重たく、動かないようにしておくなど簡単なことではない。
「は、放しやがれ!」
「いいぜ」
手を放されて軽くなる体。
思わず後ろへ転がりそうになってしまうのを踏み止まる。
「あ?」
だが、予想以上に軽くなった状態に頭領が不審に思っていた。
そして、自分の手を見て理解した。
「随分と重たい斧を使っているんだな」
「返しやがれ!」
「嫌だね」
頭領の手を放した直後、山本は手を伸ばして頭領が持っていた斧を奪い取っていた。
頭領は見た目通りの筋力をしていたはずで、巨大な斧も軽々と扱うことができていた。
だが、山本は一般的な高校生の体格でありながら一般人では持ち上げることすら難しい斧を……頭領ですら両手で持って使っていた斧を軽々と振り回している。
「てい」
そのまま斧の腹でゴチンと軽く叩くと頭領も気絶してしまう。
『か、頭!?』
残っていた数人の盗賊が慌て出す。
そのまま洞窟の奥へと消えて行く。
「はっ、洞窟の奥へ逃げるとか馬鹿じゃねぇか」
逃げて行く姿を見て山本は笑っているが、洞窟の奥には俺たちが使った入口とは別の入口がある。そこまで逃げ切ることができれば、圧倒的な力を持つ勇者から逃れることができるかもしれない。
「はい、終わり」
それも安藤の手によってすぐに気絶させられて静かになる。
この場だけではない洞窟全体が静かになっている。
「こっちも終わったぞ」
頭領からガレットと呼ばれた男を気絶させた緒川も戻って来る。
いくつもの気絶した男の体が転がる洞窟。
そう――全員が気絶させられていた。
ここまでが第6章のプロローグみたいなものです。




