第7話 雑用
「遅い……」
朝、大通りが人で賑わい始めた頃から待ち合わせ場所である南門で待っているが安藤たちの姿は一向に見当たらない。
南門で待って約2時間。
太陽が高い場所まで登っている。
大体10時すぎぐらい。
とはいえ、この世界において遅刻はそれほど珍しい事ではない。
日本と違って個人それぞれが時計を持っている訳ではないので待ち合わせの時間は非常に曖昧だ。時間を知る方法としては、太陽の位置から大凡の時間を確認するほか、都市が日に5回鳴らしている鐘を頼りに時間を知るぐらいだ。
9時の鐘は1時間ほど前に鳴った。
「お前たちが勇者様に雇われた冒険者か」
偉そうな態度の騎士5人が目の前に立っていた。
「たぶんそうですよ」
騎士が現れた理由は分からないが、同じ依頼を受けたはずの安藤たちの関係者らしい。
「お、いるな」
騎士の少し後ろに安藤たち5人がいた。
5人とも戦う準備は出来ているらしく剣やら斧といった装備を持っていた。
ただし、持っているのはそれだけだ。長期間の依頼に必要な食糧や野営に必要な道具は持っていない。
「じゃあ、荷物持ちさん。これを運んで行ってくれよ」
騎士たちと勇者たちがアイテムボックスから食糧や野営道具の入った箱取り出して目の前に置く。一応、取り出している事に気付いたので出される直前に地面の上にシートを敷いている。
取り出されたのは数日分の食糧が中心だった。
しかし、重たくなる野菜やら米まで含まれている。
通常、遠征する場合には荷物にならず日持ちする食糧を持ち込む。俺の【収納魔法】について知らない彼らなら一般的な量を持って来るはずだと思っていた。
「ちょっと多くないか?」
ちょっとどころではない。
はっきり言って無駄な物が多い。
「あ? 雑用はお前の仕事だろ」
「盗賊の討伐だけど」
「戦闘は俺らがやるの。代わりにお前らが雑用を全て引き受ける」
荷物運びから野営の準備や食事の準備。
雑用とはいえ、やらなければならない事はたくさんある。
つまり、面倒な仕事は全て押し付けて自分たちは戦闘だけをする、と言っている。
「あのな……ギルドで言われた人数の問題はどうするんだよ」
逃げられた場合などに備えて漏れがないように10人近い人数で仕掛ける。
それがギルドから決められたルールだったはずだ。
「問題ねぇよ」
そんなルールなど気にしていない安藤。
「はい。問題ありません」
国を守る要であるはずの騎士も同調していた。
騎士であるなら国民が盗賊に襲われているという事実は無視できないはずだ。
「戦闘には私たち騎士も参加します」
「いいんですか?」
「冒険者ギルドの規定には『騎士の力を借りてはいけない』などという記述はありません」
そもそも最初から想定していない。
騎士は国を守るのが本分なので冒険者の手伝いをするようなことはない。
「私たちは国から派遣された勇者が強くなる為のサポート要員です」
しかし、今回依頼を引き受けたのは冒険者として活動している勇者。そのため冒険者に力を貸す、というよりは勇者に手を貸すということになっている。
「戦闘の際には私たちがサポートに回ります。これで貴方たち冒険者が戦闘に参加する理由はありません」
レベルが上がり易い戦闘を勇者に経験させることで早く強くなって欲しい。
人数的にも問題なさそうだ。
「いいですけど、報酬は9人で均等割りですからね」
ここで参加したからと言って5人分追加すると分け前が少なくなる。
俺の言葉に騎士が笑い声をあげていた。
「問題ない。私たち騎士が依頼の報酬を受け取ったのなら他の騎士たちから笑い者になる。報酬について何か言う事はないと誓おう」
「そうか」
騎士からの了承も得られた。
仲間に確認してみると特に反対意見はないみたいだったので騎士の同行は許可する。
「戦闘は全てお任せしてしまっていんですよね」
「ああ。騎士になったばかりの新参者だが、盗賊程度を退治するぐらいの力はある」
「新参者?」
たしかに見てみれば鎧や剣は支給されたばかりの新品のように綺麗だった。というよりも新品なのだろう。
「私も詳しい事は聞かされていないが、先輩の騎士の方たちは魔王軍への対処など別の任務で国を離れている。そのため増員されたのが私たちだ」
「随分とお若いと思ったらそういう事ですか」
おまけに城にいた頃には見た事のない顔。
騎士になったばかりというなら俺たちが城にいた頃にいなかったのも頷ける。
しかも騎士たちは俺たちを『冒険者』だと思って接している。どうやら俺たちの素性については教えておらず、同じ依頼を引き受けただけの冒険者だと安藤たちは説明したみたいだ。
これなら接していても勇者だと知られないかもしれない。
問題は戦力になるのか、という事だ。
「実力は大丈夫なのか?」
安藤に尋ねる。
「さあ?」
「さあ、って……」
「だってこいつらが戦っているところなんて見たことがないからな」
これまでにも依頼に同行していた騎士だったが、魔物相手では勇者の力の方が圧倒的に強かったため彼らが戦うようなことはなかった。
そのため魔物との実戦経験すらない。
「大丈夫なのかよ」
不安しかない。
「大丈夫だって言っているだろ!」
しかし、安藤たちに騎士を気にしたような様子はない。
「盗賊なんて俺たちだけで全員倒してやるよ!」
安藤たちが意気揚々と歩き出す。
どうやら話はここまでみたいだ。
荷物はそのままだったので全てを収納する。
「え……?」
騎士が困惑した表情を浮かべていた。
「何か?」
「いや、【収納魔法】の容量は人によって違う。まさか、こんな量の荷物を苦も無く収納できるとは思っていなかったから驚いていた」
【収納魔法】の使い手の地位は今の会話から分かる通りかなり低い。
荷物持ち程度にしか役に立たないくせに容量は魔力量に依存している。しかも、戦闘向きなスキルではないのでレベルも上がり難い。
「ま、俺の事はどうでもいいです」
荷物持ちに関しては全て俺が担当するつもりだ。
「それよりも追い付きましょう」
俺たちの事など忘れてスタスタ先へ進んでしまった5人の勇者。
彼らを追い掛けて先へ進む。
☆ ☆ ☆
「よし、この辺で野営にしよう」
日が沈み始めた頃。
目的地までは時間を要するので今日は草の生い茂った広い場所を確保すると野営をすることにした。
「おい、さっさとテントを張れよ」
安藤たちは本気で手伝う気がないみたいでのんびりと過ごしていた。
仕方ないので折り畳まれた野営道具一式を収納から取り出して4人で協力して組み立てる。普段は組み立てられた状態のテントをそのまま取り出して使用しているので久し振りの組み立て作業だったので手間取ってしまった。
14人分なので組み立てるテントも多い。
「メシはまだか?」
3つ目のテントを組み立てている最中に田上がそんな事を言って来た。
「あのね……」
ハルナが何か言いたそうに前に立つが、肩に手を置いて止める。
こんな所で目立ちたくないというのは事前に相談してあった。
「分かったわよ……こっちの作業も終わりそうだから、作ってあげる」
「ヨッシャ! 女子の手作り」
普段は女子の手作りなど食べたことがない田上が喜びながら仲間の下へと戻って行く。
「とりあえず必要な物を出すか」
大きな岩を置いて台にして金網を置き、大きな鍋を用意する。
さらにシチューを作るのに必要な野菜や肉、調味料と調理台を置く。
「悪いけど、あいつらの為に作ってくれるか?」
「それはいいんだけど、このまま放っておいていいの?」
パシリのように使われている仲間。
俺一人が使われるだけなら気にしなかったけど、仲間まで巻き込んでしまったのは申し訳なく思ってしまう。
「時間を巻き戻すのは最後の手段にしたい。このまま目立たずにランクに見合った実力しか持っていない冒険者だって思ってくれていれば若い騎士も国に急いで報告する事がないかもしれない。だから戦闘に役に立たないスキルしか持っていないのに戦えるなんて情報は伏せておきたい」
こうして雑用に従事することで地味に同行する。
「ま、料理をご馳走するぐらいで喜ばれるんならいいけどね」
野営の癖に色々と持ち込んだせいで凝った料理を作らなくてはならなくなった。
しかも女子の料理を所望。ハルナとレイに申し訳なく思いながら残りのテントを設営する。