第4話 脱落した勇者たち
「まず、結果だけ教えてやるが、勇者に『死者』はいない」
「そうですか」
その報告に思わずホッとしてしまう。
自分から率先して助けに行こうとは思わないが、それでも同郷の人間なので生きていると聞けば安心してしまう。
「ただし、『戦闘不能』になった者は何人かいる」
「どういう事ですか?」
「勇者の中に物凄い回復魔法の使い手がいたおかげでどれだけ傷付いても勇者たちは戦線へと赴くことができた。それが勇者に死者がいない理由だ」
「おまけに勇者の中でも取り分け強力なスキルを与えられた者が率先して活躍したことも勇者の被害が少ない理由になっています」
シャーリィさんの補足もあって状況が詳しく分かった。
国は勇者に与えられるスキルについてある程度把握していた。その中でも工藤先輩が与えられたスキルは破格の力を持っていることは最初から分かっていたらしく、期待されていたので頑張ったのだろう。
「とはいえ、治療は勇者が優先、勇者も自分たちが担当している場所に攻めて来る魔物を相手にするだけで精一杯っていう感じだったから戦闘に参加した冒険者や傭兵にかなりの被害が出た」
残念ながら今の勇者はそこまで強くはない。
与えられたスキルは強いかもしれないが、スキルを手に入れてから2カ月弱。
自分のスキルだって扱い切れていない。
「伝説に聞いていたような話だともう少し頑張ってくれそうな気がしたんだけど、召喚されただけのお前には申し訳ないけど拍子抜けだったな」
「後ろから見ている限りだと、どうにも気後れしているような感じでしたね」
二人の言いたい事も分かる。
元が平和な日本で過ごしていた高校生だっただけにいきなり殺伐とした世界に放り込まれても適応できるはずがない。
もう少し後で大規模な侵攻があったならもっと効率よく動けたのかもしれないが、現在の彼らでは自分の身内とも言える勇者に被害が出ないよう立ち回れただけでも大成功と言っていいだろう。
「それに死者が出なかっただけだ」
「死者だけ?」
「戦場では常に負傷者が出る。物凄い回復魔法の使い手が一人いても負傷者全員の治療が間に合うはずがないんだ。日常生活に問題がないレベルまでは回復させられても今後も戦い続けるには支障のある連中が全体の1割程度、魔物の大群を初めて目にして戦意喪失してしまった連中が2割ぐらいいる」
「うわ……」
負傷者と戦意喪失者で3割の喪失。
死んだ訳ではないので、いずれは戦線復帰が見込まれるかもしれないが、それにしたって絶望的だ。
彼らは戦わなければいけないから戦い、既に少数の犠牲者が出たと知らされていることもあって自分が犠牲になりたくない、という想いから必死に戦っていたはずだ。
それでも体と心が挫けてしまった。
これ以上の戦いは不可能だろう。
「で、冒険者ギルドとしてはどうするつもりなんですか?」
「どうもしないな」
ギルドマスターがあっけらかんと言う。
「戦えない、戦う気のない連中を戦場へ連れて行っても邪魔になるだけだ。ギルドとしては次に大規模な戦いがあった時に備えて少しでも多くの戦力を保持しておくようにするだけだ」
今回、冒険者にも多くの犠牲者が出ていたはずだ。
それでも国が出した高額な報酬に釣られた金欠気味の冒険者が中心だったので虎の子とも言える冒険者に犠牲は出ていない。
戦力を用意するのは今後の為にも必要なことだった。
だが、国としてはそれだけでは困る。
「もちろん、こちらからも勇者たちには協力しています」
「協力、というのは?」
「今後も戦い続けることを選んでくれた勇者はまだ7割近くもいます。彼らは各地に散って冒険者として依頼を引き受けて様々な魔物と戦ってレベルを上げることに邁進しています」
一つのギルドだけでは紹介できる依頼も限られる。
全員をどこかで受け持つよりもバラバラに行動して依頼をこなした方が効率よくレベルアップできる。
「ま、強くなるなら1番確実なのは魔物を倒してレベルアップすることですからね」
俺の【収納魔法】が例外過ぎる。
普通はレベルアップが強くなる最短である。
「お前らのレベルはいくつなんだ?」
「気になります?」
「ああ、聖国と帝国からお前たちだと思われる噂を聞いた」
元魔族最強。
現魔王軍四天王。
自国に危機が迫った時に強力な魔族を犠牲なく倒してくれた冒険者がいる。
そんな噂を聞いて俺を知らない者のほとんどが信じられない中、ギルドマスターだけは俺の仕業だと確信していた。
「レベルは40ぐらいですね」
俺でさえレベル43だ。
スキルがハズレなせいか途中からレベルが上がり難かった。
「おいおい……そんなはずがないだろ」
成し遂げた偉業を考えればもっと高くてもおかしくない。
「残念ながら事実です」
「そうだったな。お前たちはステータスがおかしい奴らだ」
ギルドマスターもレベルが低いにも関わらずドラゴンを討伐した事実を思い出したらしい。
俺たちのステータスはレベルに依存していない。
「できれば何があったのか教えて欲しい」
「いいですよ」
勇者たちの現状について教えてもらったお礼代わりに今まで何をしてきたのか教えると開いた口が塞がらなくなっていた。
シャーリィさんは情報が信じられず頭が追い付いていない。
「信じる、信じないはそちらの自由ですよ」
「いや、そんな嘘を吐いても意味がないからな。間違いなく本当の事なんだろう」
ギルドマスターは信じてくれた。
情報の整理が追い付いたシャーリィさんが提案してくる。
「ギルドマスター。そんな力を持った人がギルドに協力してくれるなら、素晴らしいことではないですか?」
「……報酬に何を出す」
「それは……」
冒険者に依頼を出して街に留まってもらうなら報酬が必要になる。
おそらく契約を結んで街に留まってもらっている冒険者には高額な報酬を支払い続けているのだろうが、生憎と俺たちは金には困っていない。
俺たちが求めている物。
それは、元の世界に帰る為の手段だ。
そのことはギルドマスターには伝えてある。
だから、彼には自分たちが報酬を支払えることができない、と分かっていたので街に留まるよう提案するようなことをしなかった。
「失礼しました」
「いえ、いいんですよ。現在の状況を思えば不安になって誰かに頼りたくなってしまうのは仕方ないですから」
「そうです、気にしないで下さい」
「むしろ協力できないこっちが申し訳ないですから」
「……ちょっと手伝うぐらいならしてもいいんですけど」
4人から謝られてさらにペコペコし出していた。
国や都市と決定的なまでに対立してしまっているので個人的に協力するのも難しくなっている。
後は、この国の人たちでどうにかしてもらうしかない。
「ありがとうございました。これで現状はどうにか分かりました」
犠牲者が出た訳ではない。
だが、戦線を離脱してしまった勇者がかなりおり、残った勇者が各地に散って強くなる為に鍛えている。
犠牲になったはずの俺たちが鉢合わせてしまうと面倒な事になる可能性が高い。
少しは慎重に動いた方がいいかもしれない。
「各地に散っている勇者たちへの対応はそれでもいいかもしれないが、王国に残っている勇者についてはどうする?」
「彼らはどうしているんですか?」
「召喚したのは城の連中だからな。今は城の方で世話になっている。別に軟禁されているとかそういう訳じゃないけど、かなりのストレスが溜まっているだろうな。お前の目的を教えるなりすれば多少は希望が持てるんじゃないか?」
「却下」
ギルドマスターの提案を一蹴する。
俺たちが探そうとしているのは縋るにはあまりに小さな希望だ。
また、代わりに強力な力を手に入れた俺たちに頼られても困る。アイテムボックスによるステータス強化はあまりに強過ぎる。戦意喪失した勇者たちを助ければ、当然のようにメグレーズ王国の連中も付いて来ることになる。
国に仕えているような連中は助けたくない。
助けるなら本当にあるのかどうか分からない希望を自分から探しに行く旅に着いて来られる人物でなければならない。
「分かった。城にいる連中にもこっちからそれなりにフォローしておく」
「よろしくお願いします」
しかし、同郷の者として助けたいのも事実。
それなりに伝手があるらしいギルドマスターにフォローを頼む。ついでに依頼料という訳ではないが、金貨のぎっしりと詰まった皮袋を渡すと満面の笑みを浮かべられた。
「これだけ貰ってもできる事は限られるぞ」
「できる範囲で構いませんよ」
欲しい情報も貰えたので冒険者ギルドを後にする為に1階へ向かう。
「だから、これぐらいの依頼なら俺たちが片付けて来てやるよ!」
階段の下から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
ようやく初期の仕込みを活かせそうです。