第2話 ガス欠問題
「先ほどはすみませんでした」
城の食堂で朝食を食べ終えるとこれからの予定を決める為に部屋へ集まることになっていた。
集まっているのは俺とショウが使用した部屋。
既に片付けは終わっているとはいえ、女子の部屋に集まる訳にはいかなかったのでこっちの部屋に集まってもらった。
部屋に備え付けられていた椅子は女子二人に譲り、男子がベッドに腰掛けた瞬間にレイが土下座して来た。
謝りたい理由は分かっている。
「幸い、俺だったから後遺症とかなかったけど、絶対にショウには使わないように」
『再生』能力を持っている俺だったからすぐに回復することができたが、一般人では致命的なダメージとなって後遺症も残っていた。
ちなみに効果が気になってので聞いてみたところ、痴漢撃退用の薬を霧状にした物なので男性機能を一撃で殺すことができるらしい。
その言葉を聞いた瞬間、ショウが俺の後ろに隠れてしまった。
「それは、重々承知しています」
寝惚けていたとはいえ、そんな薬を仲間に使っていたことを後悔していた。
そのせいで朝食の間はずっと俯いていた。
ただし、このままではいけない問題が出て来たので相談したいと言われた。
「燃料が足りません」
「燃料? 食糧ならかなりの量を保存しているぞ」
無限と思えるほどに収納できる俺の【収納魔法】。
途中で立ち寄った村や街、帝都を出発する前に買える限り色々な品物を買い込んでいたので俺が一般人よりも多く食べることを考えても数か月分の食料を溜め込んでいる。
しかし、レイが言いたいのは俺たちの燃料ではなかった。
「そうではありません。そのままの意味で車の燃料が足りません」
慌てて収納の中に入っていた燃料に必要な素材を取り出してテーブルの上に置く。置けてしまった……
「たしかに足りない」
「……そうなんですか?」
テーブルの上一杯に置かれた素材を見てショウが呟いた。
こいつとハルナは最初に俺たちがどれだけ買い込んだのか知らないから、テーブルを埋め尽くすほどの量があるだけで十分だと思っている。
「最初は、この100倍の量があったんだ」
「え……」
最初に買い込んだ量を聞いて言葉を失くしている。
俺たちも市場で買い求めた時にあまりの量に店主から引かれてしまった。
「しまった……必要になったら適時取り出すようにしていたから在庫の確認を怠っていた」
「このままだと確実にガス欠になります」
使用しているのはガソリンではなかったが、燃料が尽きた状態をどうしてもガス欠と表現してしまう。
そうなってしまった場合は歩かなければならない。
この世界の基準で考えると馬車よりも速く走ることができ、疲れ知らずな車は異常だと言っていい。
元の世界にいた頃から慣れ親しんだ車での移動を続けて来た俺たちに馬車での移動が耐えられるはずがない。歩いての移動も面倒だ。
「どれぐらい保つと思う?」
「……ルート次第ですけど、よくてメグレーズ王国の途中まで、選んだルートが悪路などで燃料を予想以上に使った場合にはメグレーズ王国へ入った直後に燃料が尽きてしまうことになります」
残量から進める距離を大凡計算したレイが教えてくれる。
「それだと意味がないんだよ」
俺たちとしてはメグレーズ王国をさっさと走り抜けたかった。
改めて地図を確認する。
「俺たちの次の目的地は西にある大国だ」
フェクダレム帝国の北西。
メグレーズ王国の西。
帝国の西には険しい山脈があるので車での移動は不可能だった。今のステータスなら山脈越えぐらいは簡単なのだろうが、車という楽な移動手段があるのだからそちらに頼りたかった。
ルートの都合上、どうしてもメグレーズ王国を抜ける必要があった。
「燃料が必要だって言うなら手に入れるしかない」
☆ ☆ ☆
「ごめんね。その薬草は置いてないんだよ」
「置いてない!?」
燃料精製の為に必要な素材は全部で5つ。
ナフサ草とレクアルス草という薬草を掛け合わせながらスライム溶液と混ぜ合わせて特殊な油を加え、最後にクボンの実という物を加えることで完成する。
スライム溶液と油、レクアルス草に関しては聖都にある市場で手に入れることができた。
しかし、ナフサ草とクボンの実に関しては市場のどこを探しても見つからなかった。
そろそろ昼食の時間だったので聖都で一番大きな道具屋に入って事情を聞くことにした。
「ごめんね。アレはメグレーズ王国でしか手に入れることができないんだよ」
「デュームル聖国のどこかで手に入れることはできませんか?」
できれば聖国内で必要な物を全て揃えておきたい。
「申し訳ないけど、今は個人なら持っている人がいるかもしれないけど、どこの店にも置いていないだろうね」
「『今は』? 以前は置いていたんですか?」
「ああ、普通に交易があった頃には輸入していたよ」
聞けばメグレーズ王国による経済制裁によって自国でしか手に入れることのできない品物のいくつかが外国へ輸出されることを禁止されていた。
ナフサ草もクボンの実も禁止指定を受けていた。
「こっちは商売あがったりだから困ったもんだよ」
「一体あの国は何を考えているんですかね?」
「少し前に聖都が魔王軍に襲われるんじゃないかっていう事件があったのを知っているかい? その時に裏で暗躍していたのがメグレーズ王国だっていうんで国の方で色々と文句を言ったらしいんだよ。それに周囲の国も同調した。当然、王国としては面白くないからこういう手段に出ているんだよ」
ああ、面倒な事になっている。
北にある砦でパラードと戦うことになった際にパラードの封印を解いてしまった者がいた。それらしい者を捕えてみたところ、メグレーズ王国の潜入工作員だと思われた。だが、潜入工作員なので捕まった時に備えて自分の本当の身分に繋がるような物は何も持ち合わせていなかった。
そのため、適当な証拠品を持たせたうえで王国の潜入工作員だと偽りをでっち上げてしまった。
それが、こんな風に影響してくるなんて考えていなかった。
聖王様に頼み込めば城で備蓄している分を融通してくれるかもしれないが、この世界の住人に対して必要以上に借りを作りたくない。
「ねえ、どうやったら今でも手に入れることができるの?」
道具屋の品物を退屈そうに物色していたハルナが店主に尋ねる。
今の状況がどうであれハルナが言うように今でも手に入れることができれば問題ない。
「ナフサ草はメグレーズ王国にあるいくつかの高山で簡単に手に入れることができるから国内の道具屋へ行けば手に入ると思うよ」
国内なら経済封鎖もない。
そして、フェクダレム帝国から一気に駆け抜けた時には簡単な身分証のチェックがあったぐらいで、車を降りていたこともあって国境で止められるようなこともなかった。
「ただ、クボンの実に関しては王国の西の方でしか手に入れることができないから聖国に近い場所だと手に入れるのが難しいかもしれないね」
その場合でも国の中心へ近付けば手に入れることができるかもしれないと教わった。
道具屋の店主にお礼を握らせて後にする。
「……どうする?」
メグレーズ王国へ行かなければ必要な素材を全て手に入れることができない。
そして、燃料は一つでも欠けていれば車を走らせることができない。
尋ねるまでもない問題だったが、一応は確認しておきたかった。
「どうせ走らないといけないんだから立ち寄るしかないでしょ」
「そうですね。それに確認しておきたい事もあります」
「確認しておきたい事?」
俺にはないが、ショウにはあるらしい。
「勇者の現状です」
「ああ」
武闘大会に参加する前にメグレーズ王国に魔王軍が迫っているので冒険者の戦力を募集しているという話を聞いた。
大会終了後は、どうなったのか帝都で情報を集めてみたが、勇者が魔王軍を撃退したという結果を聞けるだけで詳しい内容については全く入って来なかった。
まだ、日が経っていなくて詳しい情報が手に入らないというよりはメグレーズ王国の方で詳細が伝わるのを防いでいるような感じだった。
「勇者を率先して助けるつもりはありませんが、あの国がどのように動くかで僕たちの行動も変わって来ます。現状を把握しておく必要はあるはずです」
ショウの意見ももっともだ。
詳しい情報は手に入れた方がいい。
「わたしはメテカルの人たちが無事なのか気になります」
「あそこには世話になった人が何人かいるからな」
城を追い出されてから初めて立ち寄った街。
冒険者ギルドでは初めてな事だったので色々とお世話になった。
俺にも反対する理由はない。
「じゃあ、気乗りはしないけどメテカルの近くまで寄って行くことにするか」
という訳で燃料確保という名目で王国へ戻らなければならなくなりました。