第1話 聖王の許可
「――と言う訳で王城にある宝物の使用許可だけを頂きたいのです」
俺たちは現在デュームル聖国へと戻って来ていた。
目的は、聖王様から収納内に回収させてもらった宝物庫にある宝物の使用許可を貰う為だ。魔王軍四天王アクセルに対抗する為に必要だったとはいえ、無断で拝借してしまったのは問題だ。
現に俺たちが魔王軍四天王と戦った話は伝わっていた。
レベルアップもあってハルナが車の『速度』を強化してくれるおかげで以前よりも効率よく移動することができた。
デュームル聖国に辿り着くまでに5日。
その間に冒険者ギルドにある遠距離での通信が可能になる魔法道具によって帝国から聖国へと戦いの様子は伝わっていた。
その際にデュームル聖国にとって国宝とも言える聖剣を使用した話も伝わっており、事実確認をする為に王城は大慌てだったらしい。
結局、宝物庫内に聖剣がある事が確認されたため何かの間違いだと判断されていた。
ところが、実際には聖剣が使われていた話が伝わって謁見の間にいる人々は動揺していた。
「いかがでしょうか?」
本当は拝借する時に許可を貰えれば問題なかったのだが、最初からやり直す予定だったため許可を貰う意味がなかったので話すらせずに拝借していた。
だが、許可は貰えると考えていたので緊張もそれほどしていない。
魔王軍四天王と言えば、魔王に次ぐ世界の脅威と言っていい。
そんな存在を討伐する為に国宝が使用された。
国にとって、これ以上の名誉はない。
「問題ない。私たちは全く損をしていないどころか世界平和に貢献させてもらっているのだから今のところは利益しかない話だ」
これが宝物庫の宝物を提供して欲しい、という内容だったなら断られていたかもしれない。
ところが、彼らにとって宝物庫の中身は全く減っていない。
さらに言えばデュームル聖国の危機すら救っている俺たちの要望なので余程の損失がないかぎりは受け入れられると思っていた。
「しかし、帝国へ旅立つ前へ許可を貰えばよかったものを」
「あの時は、まだこのような使い方ができるとは考えていませんでしたから」
「それなら仕方ないか」
聖王様が笑い出す。
聖国に戻って来るだけでも結構な手間と日数が掛かってしまっている。次は西側へ行く予定でいるので遠回りしている。
「次はメグレーズ王国へも許可を貰いに行くのか?」
俺がメグレーズ王国の宝物庫からも拝借していることは聖王様も知っているので王国にも許可を貰いに行くと考えたのだろう。
が、そんな必要性を俺は考えていなかった。
「なぜですか?」
「よいのか?」
「はい。彼らは俺たちが役に立ちそうにないから、という理由で捨てることを選びました。宝物庫の中身がいくつかそのままになっているだけでも感謝して欲しいぐらいです」
残念ながら最初に王城に居た頃に盗み出した物は、収納の中にある物だけだが、時間遡行能力を手に入れてから手に入れた代物に関しては宝物庫の中に収められたままだ。
「しかし、王国も馬鹿ではない。さすがにお前たちの動きにそろそろ気付くはずだぞ」
「そうなんですよね」
国を相手取るのは非常に面倒だ。
こちらは個人なのでメグレーズ王国をひたすら避けて逃げに徹すれば国に捕まるようなことは回避できるだろう。
「とはいえ、盗んだ物を返すつもりも全くありませんけどね」
命を狙われた慰謝料代わりに拝借した物だ。
それなりに使い易い道具ばかりだったので、今さら手放す気にはなれない。
「メグレーズ王国の連中は愚かなことをした」
俺たちを手元に置いておけば魔族に単独で対抗できるだけの戦力を自国で保持することができた。
ところが出奔されたうえに宝物まで盗まれている。
国にとって大損以外の何物でもない。
「この後は、どうする?」
「今日は街の宿屋で過ごして明日の朝には出発する予定です」
仲間とも相談して、必要な物の準備を終えてから出発するつもりでいた。
「ならば王城で休んで行くといい」
「……いいんですか?」
「ああ。晩餐にも招待したい。そこで、どのような事が帝国であったのか話を聞かせて欲しい」
聖王として帝国の現状を少しでも知っておきたいのだろう。
晩餐に呼ばれると聖王を相手にしているということで緊張から体を強張らせているレイを隣に置いて話をすると王城にある一室で休むことになる。
☆ ☆ ☆
「うおっ……!」
眩しい朝陽に起こされると同じベッドで寝ている女子がいることに気付いた。
俺たちに与えられた部屋は二人部屋を2室与えられたので男女で分かれて休むことになり、部屋の奥にあるもう一つのベッドではショウが寝ている。
ハルナとレイは隣の部屋で寝ているはずだ。
決して同じ部屋にいるはずがないのでベッドの空いたスペースにレイが寝ているのが信じられない。
「あちゃあ……やっぱりこっちにいたか」
「……ハルナ!」
薄手のシャツとハーフパンツをパジャマ代わりにしたハルナが隣の部屋からやって来て俺の前に立っていた。
この状況は非常にマズい。
慌てて立ち上がろうとしたが、レイにTシャツを掴まれているせいで体が起き上がらない。
仕方なく寝そべったまま事情を説明しようとすると、
「いいわよ。どうせレイが潜り込んだんでしょ」
「……分かるのか?」
「まあ、ね。あたしも5日前から夜になると潜り込まれていたからね」
5日前、と言うと帝国を旅立った時である。
途中は車での移動だったが、夕方になる前には近くの街や村に立ち寄って宿屋で休ませてもらっていた。
「その子は、夜になると不安から人の温もりが恋しくなってベッドに潜り込んでいるんだけど、どうして不安になると思う?」
その日に何があったか?
魔族とそれぞれが戦うことになり、レイも初めて命懸けの戦いに赴くことになった。それまでは俺たちの命懸けの戦いに立ち会うことはあっても自分の命を懸けるようなことはなかったので不安になっても仕方ない。
「……命懸けの戦いが怖かった?」
「それもちょっと違う。相手の命を奪うことが怖くなったのよ」
「ああ」
思い返せばショウやハルナはデュームル聖国に初めて辿り着く前に盗賊を相手に人殺しを経験して慣れていたが、レイが『人』の命を奪ったのは帝都で戦ったウィンディアさんが初めてだ。
たとえ相手が魔族であっても見た目は人と変わらない。元々は人だった連中だ。
日本にいれば、ほぼ体験することのない人殺し。
ただの女子高生が体験するには重過ぎる。
よく見てみれば目尻が薄らと濡れていた。
「でも、普段はそんな様子を見せていなかったぞ」
戦闘後も普段通りにしか見えなかった。
それにこれまでの5日間でも変わった素振りはなかったように思える。
「この子なりにわたしたちに気を遣って気弱なところは見せる訳にはいかないって思っていたらしいの」
自分と同じように人の命を手に掛けているにも関わらず気丈に振る舞っている俺たちを気にして本音をずっと隠して来た。
俺は『必要な事だから』と割り切っていたが、ショウやハルナも心のどこかでは葛藤があったのかもしれない。
自分が大丈夫だったからと安心していた。
「だから戦闘中と同じで薬を使って気分を無理矢理高揚させていたの」
「マズくないか?」
変な副作用でもあった場合にはすぐに止めさせないといけない。
だが、今のところは副作用が出ている様子は見られない。
「大丈夫でしょ。スキルを使って自分で調合した薬なんだから問題になるような薬は作らないはずよ」
「そっか」
安心してホッと胸を下ろす。
「う、ううん……」
理由が知れたところで話し過ぎたのかレイの目が醒め始めた。
「どうするんですか?」
「……起きていたのか」
奥のベッドで寝ていたショウは既に目を醒ましていた。
状況が状況だったので黙って見ていたみたいだ。
俺にだって分からない。
「おはよう」
「……おはようございます」
目を擦りながら目線だけを声のした方――後ろに向ける。
「また、わたし潜り込んでいたみたいですね。ご迷惑をお掛けしました」
「ううん。今日はそんなに迷惑を掛けられていないわ」
「……?」
寝惚けた頭では状況を把握し切れていないみたいだ。
やがて、ハルナの方を向いているにも関わらず背後から気配を感じて恐る恐る振り返る。
「えっと……」
俺とレイの視線が交差する。
「き――」
レイの手が持ち上がる。
咄嗟に殴られる覚悟をするものの痛いのは勘弁して欲しかったので、腕を交差させて防御する。
しかし、レイの行動は予想の斜め上だった。
「きゃあああああ~~!!」
アイテムボックスから取り出した正体不明のスプレーを顔面に吹き掛けて来た。
なんだ、これ!?
「ぐはっ! 痛い! 顔が焼けるように痛い」
最初に感じたのは顔全体に襲い掛かって来る激痛。
そんな激痛もしばらくすると消えて来た……というよりも麻痺の効果もあったらしく体が動かなくなって意識が遠退いて来た。
おそらく痴漢撃退用に作った薬品なんだろうが、強力過ぎる……
「あ、ごめんなさい!」
ようやく薬品を吹き掛けたのが俺だと理解したレイが慌てて用意しておいた解毒薬を飲ませてくれる。
いや、収納の中にある『再生』の魔結晶が自動で効果を発揮してくれたおかげで解毒薬を飲む前には回復が始まっていたんだけど、毒が強すぎるせいで一瞬で回復という訳にはいかなかった。