第30話 ヘスペリスの光
輝きを取り戻した対魔王兵器。
力を失っていたにも関わらず、力が再び使えるようになっていた理由は単純。
俺が自分自身の魔力を聖鎧から取り出した魔力によって回復させたのと同じように保存しておいた魔力を聖鎧から対魔王兵器へと移し替えた。
ただ、それだけ。
しかし、輝きを失ったヘスペリスの姿を見たことでアクセルはどこか安心していた。俺の手にあった自分を確実に殺すことができる武器。それが使い物にならなくなった。
俺を畏れる必要がない、という安心がどこかにあった。
その結果、無警戒に近接戦闘を挑んでくれた。
「この距離なら外すことはないだろ」
「クソッ……!」
ヘスペリスから逃れようと体を暴れさせているが、俺にガッチリと両腕を掴まれているせいで離れることができずにいる。
アクセルも魔王軍四天王を名乗れるだけの十分なステータスを持っている。人間を逸脱した筋力が備わっているが、特性の影響なのか敏捷に偏ったステータスなため筋力の数値はパラードや俺には及ばない。
光を稲妻のようにバチバチと放ちながら力を槍の先端に溜め込んで行くヘスペリス。
「おい、このままだとお前も巻き込まれることになるぞ」
俺とアクセルはほとんど密着していると言っていい状態。
こんな状態ではアクセルだけに狙いを定めることは叶わず、俺ごと攻撃する必要がある。
ダメージが俺にも及ぶような他の攻撃なら躊躇するところだが、攻撃方法が対魔王兵器による物なら恐れることはない。
「対魔王兵器の効果は、光を浴びた者の瘴気を吹き飛ばすっていう物だ」
使い捨てにした周回で何度も確かめたので間違いない。
魔王に対して使用すれば一撃当てるだけで消滅させることができ、魔族に対しても防御不可能な攻撃となる。
試しに魔物を相手に使用してみたが、どんなに硬い体を持っている魔物でも防ぐことが叶わなかった。
「だから俺ごと攻撃しても問題ない」
そして、今の状況における最大の利点は瘴気を持たない者――人間に対しては全く効力がないという点。
俺を巻き込んでも俺にダメージはない。
「お前だけ――消し飛べ」
「ちょ……」
アクセルの蹴りが腰に当たる。
だが、筋力と同じように耐久も勝っているので握力と同じようにどれだけ蹴られたところでビクともしない。さすがに加速状態から繰り出された速度を活かした攻撃ならダメージを負っていたかもしれないが、密着した状態ではアクセルの特性が全く活かし切れていない。
「――発射」
ヘスペリスから真っ白な光が放たれる。
俺の視界が白一色で埋め尽くされて何も見えなくなる。手からも何かを握っていた感触がなくなり、徐々に光が収まり始める。
「討伐完了」
この世界から完全にアクセルが消滅していた。
死体が残されていないし、消えて行く瞬間も光に呑み込まれていたせいで誰も見ていないため生きている可能性があるかもしれない。
「……ん?」
そう思っていたら足元に結晶が転がっているのを発見した。
魔族の誰もが体内に持っている『魔結晶』。命の源でもあり、特性を使用する為に必要な物でもある。
これが転がっているということは、アクセルは本当に消えたみたいだ。
「……疲れた」
魔結晶を回収して腰を落ち着かせる。
何があっても対応できるように隣に置いた聖鎧から魔力を引き出して魔力を回復させ、パラードから奪った『再生』で体の傷や疲労は回復させたが、たった1日の間に色々とあり過ぎたせいで疲れた。
午前中には武闘大会の準決勝と決勝。
それも、何度も同じ時間を繰り返し、倒す為の準備を行って来た俺にとっては何カ月も前の話だ。
けれども、途轍もない時間を費やしたことで魔王軍四天王を倒すことに成功した。
「ははっ、やればできるもんだな」
今度こそ正真正銘の四天王。
パラードは本当に強かったが、現代の魔王軍の四天王という訳ではなかった。
自分の実力が本当に魔族の中でも最強クラスを誇る相手に通用するのか不安だったが、今回のことでハッキリした。
「俺なら魔王だって倒せる」
あれだけ強かったアクセルの魔結晶を回収した。
これで、また強くなることができる。
魔王軍四天王の力まで取り込めば、後は魔王ぐらいしか倒せる存在はいないだろう。
「ま、やらないけどね」
今回は仕方なくアクセルの討伐を決意した。
帝国の宝物庫にある宝物を求めて武闘大会に参加し、自分の目の前で誰かが理不尽な暴力に晒されている。時間を戻して逃げることも可能だったが、今後に備えて対魔王兵器があった方がいいということがアクセルの襲撃によって分かった。オリジナルは宝物庫の中に残されたままだったが、外で使う為の言い分が欲しかったので対価として討伐させてもらった。
「ちょっといいだろうか?」
座り込んで休憩していると数人の騎士が俺の前まで駆け寄って来た。
「……なんですか?」
不機嫌な様子を隠さずに尋ねる。
体力・魔力共に回復していたが、やらなければならない事を全て終えて精神的に疲れていたので手短に済ませてほしかった。
「そんなに邪険にしないで欲しい。私たちは皇帝の近衛騎士だ」
金髪に蒼い瞳のイケメン騎士を筆頭に見た目のいい騎士がズラッと並んでいた。
「君が先ほどまで戦っていたのが魔王が復活した時のみ現れるという魔族でいいのだろうか?」
「ええ、そうですよ」
俺たち以外では魔族を見た事がある者こそ稀だ。
特性を遺憾なく発揮し、全力で戦っている状態なら人の体から瘴気が漏れ出して魔族だと一目で分かるのだが、魔族がどのような存在なのか初めて見て分からないなら確認するのも仕方ない。
「あれが、魔族……」
近衛騎士がボロボロになった帝城の庭を見つめている。
街中で戦う訳にもいかず、庭で戦うしかなかったとはいえ少しやり過ぎてしまったかもしれない。
「魔族が暴れるとこのようになるのか。これは異界の勇者でなければ太刀打ちできないというのは本当の事だったかもしれないな」
たしかに、この世界の住人の力では魔王軍四天王を倒す為には数千人規模の犠牲を覚悟のうえで戦ってどうにか討伐する事ができるかもしれない、というレベルの実力差だ。
「魔族を倒してくれた君に心からの感謝を言わせてほしい」
代表して喋っていた近衛騎士が頭を下げると他の騎士も一斉に頭を下げ始めた。
「あなた方の想い、たしかに受け取りました」
ここで変に卑屈になる必要はない。
俺は、彼らに感謝されるだけの働きをしたのだからお礼は受け取るべきだ。
「現在、皇帝陛下は皇族だけが使用することを許された秘密の通路を通って避難の最中だが、魔族が討伐された事を報告する為に一人を伝令に走らせている。すぐに皇帝陛下も戻って来るはずなので謁見をお願いしたい」
「それは、いいんですけど……どうせなら全員まとめてやってしまいましょう」
「全員?」
分かっていないようだったので帝都のある方を指差す。
「帝都で暴れていた魔族も俺の仲間が倒しました」
先ほどまでは激しい戦闘音のような物も離れたこの場所まで聞こえていたが、それも少し前には聞こえなくなっていた。
どっちが勝ったかなんて考えるまでもない。
「お礼がしたいって言うなら仲間と相談してから、仲間の分も含めて色々と相談したいことがあります」
「……分かった。いいだろう」
皇帝を相手に要求を突き付ける。
皇帝を守る役割を担っている近衛騎士ならすぐにでも突っぱねてしまいたい要求なのかもしれないが、俺たちがいなければ魔族によって帝都が壊滅状態にあったという事も理解しているので受け入れざるを得ないという葛藤に苦しんでいる。
「助けてくれた事には感謝している。しかし、あまり無茶な要求はしないで欲しい」
「大丈夫です。損をする訳ではありませんから」
帝国での戦闘はこれで全て終わりです。
あとはリザルドと交渉になります。