第29話 慣れた加速世界
王剣と聖剣を手に帝城の庭を駆け巡る。
その先にいるのは、加速能力を持ったアクセル。
俺の両手に持った二本の剣とアクセルの両拳が衝突し、衝撃波を発生させる。庭に転がっていた瓦礫を吹き飛ばされるが、気にしているような余裕はない。
衝突した直後、フッとアクセルが後ろへ跳ぶ。
その拳からは血が流れていた。
「どうして俺の速度に付いて来られる」
どうして、と言われても……
「慣れ、かな?」
「はあ!?」
信じられないと言った様子で口を開けたままになるアクセル。
「俺のステータスは元々加速したお前と同等の敏捷を持っていたんだ。ただ、いきなり強くなったせいで最大速度の出し方、速くなった世界の流れに感覚が追い付いていなかった」
しかし、加速したアクセルの動きを必死に追おうとした結果、ようやく感覚が追い付いてくれた。
皮肉なことにアクセルが俺の力をさらに高めてくれた。
「ふ、ふざけるな! 俺がお前の前で加速を使ったことはない!」
だが、アクセルにそんな自覚は全くない。
彼にとって【加速】は奇襲時にしか見せていない。それまで見せていないにも関わらず、その時にはしっかりと目で追えているようだった。
何度も見せたから追えるようになった。
しかし、一度も見せたことはない。
矛盾した言葉に困惑している。
「隙だらけだぜ」
懐へ飛び込むと右手に持った王剣で斬り付ける。
加速状態になったアクセルが後ろへ跳んで回避するが、それを追うように左手の聖剣から放たれた斬撃が飛んで来る。
「チッ!」
鋭く舌打ちしながら放った拳が斬撃を弾き飛ばす。
攻撃を防ぐことには成功したものの弾く為に使用した拳からは血がさらに流れていた。
「俺も気になっていたんだけど、どうして武器を使わないんだ?」
剣を持っている俺の攻撃に対して素手で防御している。
何か武器を用いて迎撃していれば怪我をするようなこともなかったし、拳に籠手のような防具すら装備しないのは危険すぎる。
「……加速した俺の感覚に武器を持った状態が追い付かないんだ」
剣を振っても狙った場所に当たらない。
そういう事情があるのは俺も同じ事情を抱えているから分かる。それでも剣を使えているのは、俺が本当の意味で剣を振っているだけだからだ。ただ、当たって斬れればいい。元々、剣術なんて身に着けていない俺にとってはそれが限界だ。
「防具だってそうだ。加速するなら自分の体を重くして速度を落とす装備なんて不要だからな。俺には『防御』なんて必要なかったんだ」
加速すれば全ての攻撃を回避することができる。
だから、防御なんて考えて来なかった。
「自分の速度に追い付ける敵がいるなんて想定しなかったことのツケが来たな」
「そんなことはない!」
加速したアクセルが俺の背後へ回り込む。
鋭く伸ばされた手刀は俺の首へと狙いを定められていた。
「もう、見えているんだよ」
「……!」
息を呑み込む気配がする。
俺とアクセルの間に10本の剣を収納から取り出す。
聖剣ではない、普通に店売りされている剣。
しかし、加速状態であり手刀が当たるまでの短い時間の間でアクセルには判断できない。いくら加速状態から繰り出された手刀が剣と同等の威力を持っていて斬ることができたとしても聖剣を相手に斬るのは難しいどころか自分にダメージがある。
手刀が聖剣に届く直前に拳を握り、斬るのではなく砕くことに切り替える。
実際には聖剣ではないのだから斬ることができた。
それに気付くことができたのは、聖剣だと思っていた剣があっさりと砕かれたことで理解した。
「な、に……?」
飛び散る剣の破片。
俺の姿を隠すには十分だった。
「隙あり」
「ぐっ……」
俺の姿を見失っている間に後ろへ回り込んで二本の剣で背中を斬る。
無防備な状態から斬られた傷だったが、魔族の耐久力が致命傷には至らせなかった。
振り向きながら睨み付けて来るアクセルの背中を前へ蹴り飛ばすと刃の破片が体に突き刺さりながら地面を転がる。
「ハァッ!」
起き上がったアクセルが気合と共に体から魔力を放出させると突き刺さっていた刃の破片が零れ落ちる。
そのまま両拳を使って何度も殴り掛かって来るが……
「だから言っただろ、見えているんだよ」
一発も当たらない。
右へ左へ揺ら揺らと動くせいで全ての攻撃が空振る。
「……どうやら、そうらしいな」
いくら認めたくなくても事実は事実だ。
ここまで目と感覚を慣らすのに9回も仲間を犠牲にしてしまい、力が及ばなかったばかりに準備を行う為に2回もやり直した。
「俺も覚悟を決めよう」
決意に満ちた表情でアクセルが踏み込んでくる。
後ろや横でもない、正面からの突撃。
その両手は鋭い刃へと構えられていた。
王剣と聖剣をもって迎え撃ち、アクセルの胸に血を流す二本の傷跡が生まれる。
「クソッ……!」
体を斬られながらもアクセルは踏み止まり、手刀を振り下ろす。
二本の手刀が俺の両肘を斬り落とし、剣を掴んだままの腕が吹き飛ばされて刃が地面に突き刺さる音が響き渡る。
「ははっ……これで俺の勝ちだ」
ダメージを負う事を覚悟で俺の両手を使い物にならなくさせる。
加速という特性を手に入れてからは全ての攻撃を回避してきた男が絶対に考えてこなかった起死回生の策。
――ガシッ!
「は?」
自分の両手を掴まれる感覚にアクセルが呆ける。
――何に掴まれた?
疑念を抱えながら視線を掴んでいる物へと向ける。
「どうして……!?」
掴んでいるのは斬り飛ばされたはずの俺の両手。
訳の分からない状況に対する恐怖心から咄嗟に離れようとするものの自分を上回る圧倒的な力に掴まれているせいで離れることができない。
「助かったよ」
「なに!?」
「速度を活かして俺の隙を突くっていう攻撃が通用しない以上、次に出てくるのは超至近距離における近接格闘じゃないかって思っていたんだ。手刀で俺の両腕を斬り飛ばすっていうのはちょっと意外だったけど、俺にとって重要だったのは至近距離まで近付いてくれることだ」
アクセルの速度を封じる為に最も単純な方法は拘束してしまうことだ。
ただ、遠距離から拘束する為に動いているっていうことがバレるような動きをしてしまうと回避に専念される恐れがあったので近接格闘を挑んでくれるのをずっと待っていた。
そして、予想以上の結果が得られた。
捨て身の覚悟で攻撃して来たアクセルは俺の両腕を斬り飛ばすことができた安心感から密接した状態で気を抜いてしまった。
おかげで再生させた腕で簡単に両腕を掴むことができた。
「な、なんで……無事なんだ!?」
アクセルの視線が斬り飛ばされた手へと向けられる。
そこには剣を掴んだままの手がきちんと残っている。
「じゃあ、この腕はなんだ?」
ああ、なるほど。
どうして腕を斬り飛ばした程度で安心していたのかと疑問に思ってしまったが、目の前にいるアクセルは俺がパラードから『再生』能力を奪っていることを知らない。知っているのは奇襲に成功した周回のアクセルだけだ。
「悪いが、このまま逃がさない」
「俺を逃がさない為に両手を掴んだままのお前にも何もできないぞ」
両手は使えない。
しかし、足は普通に使えるので蹴り飛ばそうと足を振り上げようとした瞬間、頭上に現れた魔法陣から飛び出して来た短剣が地面に突き刺さると周囲1メートルが凍り付いてしまう。
「この短剣は突き刺した場所の周囲1メートルを凍らせる効果を持った魔法道具だ」
攻撃に使うには効果の弱い魔法道具。
しかし、こうして地面に突き刺して使用することで相手の動きを封じることができる。
「この程度で……!」
力任せに振り上げられた蹴りによって氷が砕かれる。
動きを封じることができたのは数秒。
それだけあれば十分。
「うおっ!」
頭上に突如として現れた槍に驚いている。
「対魔王兵器ヘスペリス――装填」
備わっていた力を使い果たして輝きを失ったはずの槍に輝きが戻っていた。