第28話 金と鎧
「あなたはどうしてこんな事をしているんですか?」
僕の目に映るのは灼け焦げながら体を斬り裂かれた者、鋭く四肢を斬り落とされた者、驚異的な力で押し潰されてあらぬ方向へ曲がってしまった者の体。まだ息をしている者もいるみたいですけど、あんな出血量や状態では絶望的でしょう。
そんな悲惨な光景を作り出した者の一人に尋ねます。
「あん? 理由なんかねぇよ」
「理由がない?」
「俺やグウィンの奴はただ暴れたいだけ。ウィンディアの奴も命令されたから従っているみたいだな。実際、命令とか関係なしに俺は楽しんでいるけどな」
魔族――ガレスが近くに転がっていた死体を踏み潰しながら哂う。
魔族となった者が魔王の命令には逆らえないことは知っています。
魔王から命令されれば何の罪もない人を虐殺することに対しても抵抗なく行えるようになってしまう。
改めて魔王の力に恐怖してしまいます。
「悪いですけど、これ以上の蛮行を許す訳にはいきません」
腕輪状態にしていたシルバーを槍に変化させます。
「あんたのスキルは知っているぜ」
ガレスが僕を見ながら笑っている。
「【錬金魔法】――触れている金属の形状を変化させることができるスキル。腕輪を槍に変化させたところを見るに相当強化したスキルらしいけど、俺の特性とは相性が悪いな」
ガントレットを装備した両腕を構えるガレス。
予選では力の片鱗を見せる間もなく場外に落とされてしまったせいで、どんな特性を所有しているのか全く分からない。
けれども、僕のやることは変わりません。
槍を構えたまま突っ込む。
――ガン!
シルバーの槍がガレスの左手のガントレットに阻まれてしまっています。
けど、ここまで近付けば十分。
槍が阻まれた直後、先端部分から触手のように二本の突起が伸びてガレスの背中へと襲い掛かる。槍を受け止められるガントレットを装備していても他の部分は剥き出しで無防備になっている。
そこが狙い目。
「無駄だ」
――ガン!
再び槍がガントレットに受け止められた時と同じ音がガレスの背中からする。
咄嗟に槍を腕輪に戻しながら後ろへ跳んで距離を取る。
直後、右手のガントレットが僕の立っていた場所に穿たれて地面を粉々に吹き飛ばします。
「チッ、勘のいい奴だ」
もしも、シルバーの触手が何かに阻まれてしまったことに動揺して動きが止まっていた場合には僕の体も殴られてグチャグチャにされてしまっていました。
「大丈夫?」
優しく腕輪に問い掛ける。
シルバーから返って来たのは「問題ない」という意思。
付き合いが長くなったおかげか何を伝えたいのか、ある程度なら分かるようになりました。
「何があったのか分かる?」
これにも頷く反応が返って来る。
具体的な事は伝えられないけど、背中で何が起こったのか大凡は伝わって来た。
「……そういう事」
背中を突き刺そうとした瞬間、ガントレットに衝突した時と同じ事が起こった。
ガレスの装備はガントレットだけではない。
「それ、特性で作り出した物ですね」
「分かるのか」
僕の質問を肯定するかのようにガレスが全身に瘴気を纏うと周囲1メートルの範囲にあった地面が消失し、瘴気のあった場所に鎧が形成されていた。
僕はてっきり重たいガントレットを装備していたことからガレスの特性は、膂力を強化するようなものだとばかり思っていましたが、本当の特性は周囲の物体を利用して『鎧』を作り出す能力。
「ただ周囲の物体を利用して鎧を造り出しただけじゃない。俺の瘴気を混ぜ込んだことで耐久力を格段に上昇させている。テメェの槍で俺の鎧を貫けないことはさっきの攻撃で実証済みだ」
全身を覆われては触手で背中を攻撃するような方法も使えない。
ガレスが1歩踏み出す。
重たい鎧の歩みはゆっくりとしたものだが、1歩踏み出すだけで地面が罅割れて揺れが僕のところまで伝わって来た。
「周囲の物体を利用して作り出された鎧」
鎧の精製方法を反芻しながら攻略方法を考える。
「どう?」
シルバーに確認してみると「足りない」という返答。
だけど、補充は可能。
僕は笑みを浮かべながら足元に魔力を流して行く。正確には地中へと流し、周囲へ行き渡らせる。
「何をしている? ……っ!」
ガレスも僕が地中に魔力を流していることには気付いた。
けど、次の瞬間には自分のすぐ前にある地面から飛び出して来た幅1メートル四方の突起物に下から突き上げられて後ろへ吹き飛ばされている。
重たい鎧を着ているガレスは受け身も取れずに背中から倒れ込んでいる。
「な、何だ……今のは!?」
けど、鎧を着ていたせいでダメージはない。
ゆっくりと立ち上がると僕を見据える。直前に魔力を地中へ流していたし、僕が何かをしたのは間違いない。
実際、突起物は僕の【錬金魔法】によるものです。
「僕は【錬金魔法】で周囲の金属の形状を変えることができます」
「は!? 地面は金属なんかじゃねぇぞ」
この世界、魔王が復活する200年毎に日本から勇者を召喚しているせいか知識と技術が伝わっている。召喚しているのが高校生なせいで、その精度は拙いですけれど。
その伝わった技術の一つとして大きな都市のような場所では地面や建物の壁にはコンクリートが使われています。正確には『鉄筋』コンクリート。
金属の含まれた物質で含まれているため地面や壁も形状を変化させられる対象とすることができる。
僕にもどんな材質が使われているのか分からないですけど、【錬金魔法】の対象にすることができるということは金属が含まれているのは間違いありません。
「この野郎!」
ガレスが僕に向かって走って来る。
「ぶへっ!?」
地面や建物の壁。
ありとあらゆる場所から向かって来た突起物に吹き飛ばされて僕へ向かっていたはずなのに僕から離されて行くガレス。
ガレスを吹き飛ばした突起物を元の状態に戻すと鎧の表面が削られていた。
「無駄だ!」
再び瘴気を使って特性を使用する。
すると削られた鎧が元通りに修復されていた。
「この攻撃が槍よりも強力なのは分かったし、俺の鎧を削れることも分かった。だけど、それだけだ。俺は鎧を修復することができるし、お前の攻撃が鎧を完全に砕くことも……ぶへっ!?」
鎧の修復力と防御力を自慢するガレスに構わず再び突起物で攻撃する。
とにかく鎧の表面を削りたかったので、この方法での攻撃が最も有効だった。
「無駄だっていうことが分からないのか!?」
「無駄?」
そんなことをするはずがない。
三度、鎧が修復されたのを確認するとシルバーに尋ねる。
――量は十分
ガレスが鎧に覆われた拳を振りかぶりながら僕に近付いて来る。
「【錬金魔法】発動」
「へっ?」
僕まで5メートルと迫ったところでガレスの鎧が粉々に砕ける。
「……あん?」
自分の鎧が砕けた理由が全く分からず呆然としていたガレスの胸に槍を突き刺す。
どれだけ強力な鎧を生み出すことができる特性を持っていても鎧の内側にあるのは無防備な肉体。鎧の一刺しで致命傷を与えることが可能です。
ガレスは自分の胸から流れる血が信じられないように眺めていました。
「なんで……」
「通常の【錬金魔法】は手で触れている金属の形状を変えるぐらいです」
だから事前に装備品を用意しておく程度にしか認識されず、メグレーズ王国から捨てられることになってしまった。
けど、その条件は正しくない。
正確には『魔力で覆った金属』の形状を変化させる。
そもそも周囲の地面や壁に対して【錬金魔法】を使うことだって条件を満たしていないので使えるはずがありません。
その条件を満たす為に僕はシルバーに協力してもらいました。
この場に駆け付けた直後からスライムの体を【分裂】してもらって分体を周囲に行き渡らせる。周囲で起こっていた騒ぎのおかげで地面を這うように移動するシルバーの分体に誰も全く気が付いていませんでした。
長く一緒にいるおかげでシルバーの体には僕の魔力が染み付いており、シルバー自身に離れていても10メートルぐらいなら【錬金魔法】を使えるようになりました。そのうえ、シルバー自身を中心に周囲に対して【錬金魔法】を使用することが可能になった。
これが手で触れていなくても形状を変化させられる理由。
「あなたは鎧を修復する為にシルバーの潜んだ地面を利用し過ぎました」
鎧は瘴気で強化されていたため僕がスキルを使用するだけでは【錬金魔法】の対象とすることができなかった。
けれども何度も鎧を修復させて、より多くのシルバーを取り込ませることによって鎧の支配権を徐々に奪い取って行った。
後は【錬金魔法】を使用するだけで鎧は粉々に砕ける。
「残念だったな。この程度で魔族は死なない」
胸を槍で貫かれながら手を伸ばして槍を掴んでくる。
「いえ、この程度では終わりません」
槍の形状を変化させて先端部分を傘のように広げます。
内側からの攻撃に耐え切れずガレスの血と肉が周囲に飛び散る。
「さすがにこれを回収されてしまっては特性を使用することができないでしょう」
広げた胸から魔族だけが持つ魔結晶を回収する。
魔結晶を失ったガレスが地面に崩れ落ちて動かなくなります。
「おそらく、これで帝都にいた魔族は残り一人です」
ハルナとレイさんも問題なく倒せているでしょうから、残ったのは四天王と思われるアクセルのみ。
錬金魔法
・強化されたことで従魔を通して遠隔発動が可能になった。