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第25話 帝都陽動

ショウ視点です

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」


 騒ぎの起こっている場所へ近づくと人々の悲鳴が次々に聞こえてくる。


 理由は簡単。

 たった3人の人間が……魔族が暴れていた事で多くの犠牲者が出ていた。


 3人の内の一人は、両腕に大きなガントレットのような物を装着した大柄な男性で、目に付く人々を次々と殴り飛ばしていた。殴られているだけなのだが、肉体に一撃を受けた人の体は在らぬ方向へと曲がり、潰されてしまっていた。殴られたほとんどの人が起き上がれずにいた。

 駆け付ける直前に誰かが殴られて路地の裏まで吹き飛ばされていた。


 二人目はプレートメイルに身を包んだ剣士の男で、兵士や騎士を次々と斬り殺して行った。その表情は、血を見て興奮しているのか悍ましく歪んでいた。


 この二人は予選でソーゴさんに舞台から速攻で落とされていた魔族。


 そして、三人目……


「ウィンディアさん」


 一緒に駆け付けたレイさんが暴れている3人目を見て呟いた。

 武闘大会の予選でも戦っているので二人は知らない間柄でもない。


「あら」


 ウィンディアさんも近づいてきた僕たちに気付いた。

 手に持っていた誰かの頭部を投げ捨てると3人の魔族が近付いてくる。


「あなたたちがここにいるのはどうしてかしら?」


 ソーゴさんと一緒に行動しているはずの僕たち。


 もしもアクセルの奇襲が成功していたなら同行しているはずの僕たちも一緒に始末されているはず。

 たとえ何らかの理由により奇襲は失敗したとしても自分たちの上司が負けるとは微塵も思っていない。


「アクセルはソーゴさんに任せて来ました。僕たち3人は、あなたたち3人の対処です」

「そう」


 ウィンディアさんが興味なさそうに頷く。

 彼女たちにとって力を抑えて戦わなければならなかった武闘大会とは違って制限なしに戦えるこの場なら負けるはずがないと思っている。


 けど、その条件なら僕たちも同じ。


「……ごめんなさい」


 力のない弱々しい声をしながら近づく人に気付いて振り向くと準決勝を戦ったミラベルさんが左手で右肩を押さえながら近づいて来ていた。


「大丈夫ですか!?」


 レイさんが慌てて近付くと回復薬(ポーション)を掛ける。

 回復薬(ポーション)を掛けられると右肩にあった大きな傷だけでなく、全身にあった小さな傷まで癒されてしまった。


「すごい回復薬(ポーション)ね」


 通常、一般的に市販されている回復薬(ポーション)ではここまでの効果を発揮しないと以前に聞いた覚えがある。一般的な回復薬(ポーション)では体に掛けても時間を掛けてゆっくりと傷を塞ぎ、飲んだ場合でも効果がすぐに現れる事はない。


 そんな回復薬(ポーション)しか知らないミラベルさんからすれば異様な回復薬(ポーション)にしか見えない。


「私の特製回復薬(ポーション)です」


 治療を終えて一息尽く。


「優勝した彼から言われていたからしばらく闘技場の近くで待っていたんだけど、突然連中が暴れ出したのよ」


 帝城に侵入したアクセルを助ける為に陽動として暴れている魔族。

 その効果はたしかにあったらしく、武闘大会関連で多くの警備兵が闘技場近辺には待機していたのだが騒ぎに駆け付けた警備兵の多くが地面に倒れて血の海を作り出していた。


 ミラベルさんも健闘したらしいけど、体中に傷を作ってしまったらしい。


「まともに戦えているのは僕と彼女ぐらいだったよ」


 路地の裏からクライブさんが姿を現した。

 殴られた衝撃で体中が痛いのか自慢の槍を杖代わりにして立っていた。


「クライブさん!」


 アイテムボックスから取り出した回復薬(ポーション)を投げ渡す。

 瓶の蓋を開けると中身を詳しく確認する事もなく一気に飲み干した。


「ありがとう。これでまだ戦える」


 駆け付ける直前に殴り飛ばされていたのはクライブさんみたいだったけど、どうにかまだ戦えるみたいで安心した。

 安堵していたところへ剣を持った魔族がレイさんの背中へ斬り掛かって来た。


「マナー違反よ」


 ハルナが男魔族の剣を受け止めていた。

 そのまま蹴り飛ばすと男魔族が路地の向こうに消えて行く。


「あいつはあたしが相手をするわ」

「お願い」


 お互いに多くの言葉を交わす必要はない。

 人数もちょうど3人ずつなのだから一人につき一人を相手にすればいい。


「彼女一人で向かわせていいのかい?」

「だったらクライブさんが助けに行ってください」

「でも……」


 目の前に魔族はまだ二人もいる。


「問題ありません。僕よりも女性のハルナを気遣ってあげて下さい」

「分かった」


 僕の言葉に頷いたクライブさんがハルナの後を追う。


「じゃあ、わたしの相手はウィンディアさんですね」


 後ろから斬り掛かられても動じていなかったレイさんが立ち上がる。

 自分から動かなくても仲間が助けてくれると信じていた彼女は、治療に専念する為に魔族の事は敢えて無視していた。


「あら、本気で私と一人で戦うつもり?」


 戦うと言われたウィンディアさんは一人で戦うと言ったレイさんの事を笑っていた。


「何がおかしんですか?」

「予選で追い詰められたのを忘れたの?」


 毒を利用して引き分けには追い込んだけど、あのまま純粋に戦っていれば負けていたのはレイさんの方だった。


 あれから3日しか経っていないのに再戦しようとしている。

 しかも、今度は本当に制限なしの死合。


「たしかにあの時と同じ条件で戦えばわたしが勝てる見込みはないでしょう」


 けれども『制限なし』はこちらも同じ。


 レイさんがアイテムボックスから液体の入った注射器を取り出して自分の腕に突き刺す。

 この世界には注射器があるものの医療関係者しか取り扱う事が許されていなかったので僕が苦労して作り上げた代物。


 そして、注射器の中に入っている液体はレイさん特製の強化薬。


「ところで『制限』はどこまで解除していいと思います?」

「可能な限りで問題ないでしょう」


 僕たちは武闘大会に出場するとあってアイテムボックスによるステータスの上昇を最低限に抑えていた。


 魔族のパラードを倒した事でレベルが上昇したおかげなのか、以前以上にアイテムボックスによるステータスの反映が強化されていたのでアイテムボックスは作り直され、帝国に来るまでの間に狩った魔物で収納内を強化していたので今なら全力を出せば5000までは強化できるようになっていた。


 そんな人を辞めたような力を4人も発揮すれば騒ぎになる。

 だけど、既に起きた騒ぎを鎮める為なら仕方ない。


「それにハルナは許可も取らずに『制限』を取り払ったはずです」


 この場を離れたハルナの向かった先から大きな音が聞こえて来る。

 間違いなく彼女は『制限』を取り払ったうえで戦っている。


「じゃあ、遠慮なく」


 レイさんの姿が消える。

 全力と薬により強化された移動に僕でも目で追うのが精一杯。


 ウィンディアさんが剣を使ってギリギリのところでレイさんの握っていたメイスを受け止める。


 けど、最初から受け止められる事を想定していたレイさんは受け止められるのと同時にアイテムボックスから1本の試験管を取り出す。


 誰の手に触れる事もなく地面に落ちて割れる試験管。

 試験管の中から灰色の煙が溢れ出す。


「これは……!?」


 即座に口を手で塞ぎながら大きく後退するウィンディアさん。

 予選で戦ったことでレイさんが毒を使える事は分かっているので一目見ただけで毒だと分かるような物を目にして影響が及ぶ前に離れる事を選んだ。


 ウィンディアさんが予想したように、あの黒い煙は毒。

 毒の中からレイさんが姿を現す。


「貴女は無事みたいね」

「毒使いが自分の毒で苦しむはずがありません」


 正確には彼女だけでなく仲間にもレイさんが独自に開発した毒に対して有効な抗体を持つ薬を既に受け取っているので僕たちは毒の影響を受けない。


「それよりも油断していると本当に呆気なく倒されることになりますよ」

「ええ、そうね」


 レイさんとウィンディアさんも離れて行く。


 残ったのは僕と大きなガントレットを装備した男。


「ミラベルさんもレイさんの後を追って貰えますか?」

「大丈夫?」

「大丈夫です。武闘大会と違って街中で戦えるなら僕は実力を十全に発揮する事ができます。あの程度の敵には負けません。それよりも仲間に犠牲が出てしまう事の方が心配です。お願いできますか?」


 今こうして状況を認識している以上は、ソーゴさんの巻き戻しが行われていない証拠。あの人なら仲間に犠牲が出た瞬間にもう一度同じ時間を繰り返す。

 そうやって以前に無駄にしてしまった周回がある。


 時間を戻るのもリスクがない訳ではない。

 自分が傷付けば肉体が痛いし、仲間が死ねば心が痛い。

 そうした苦痛に耐えながら何度も同じ時間を繰り返す必要がある。


 僕には、その『知識』があるだけで限界だった。

 とても『感覚』まで耐えられる自信はない。


「さて、ソーゴさんが一番強い魔族を相手にしているんですから、せめて僕は一人で倒すぐらいの事はさせてもらいますよ」


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