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第21話 3周目

「――来たな」


 意識を覚醒させると目の前にグィード皇帝がいた。


 今いる場所は帝城の廊下。

 状況的に考えて宝物庫に案内される為に帝城へ入ったところであるのは間違いない。


「どうやら2回目も問題なく成功したみたいだな」

「なに?」


 俺の呟きに皇帝が訝しむ。

 あまり、ゆっくりしていられる時間もない。


「ちょっと待っていてもらえますか?」


 皇帝から許可をもらって仲間と一緒に隅の方へ移動する。


「どうしたの?」


 ハルナが首を傾げながら尋ねて来る。

 そんな様子を見ると数分前には血を流して死んでいるようにしか見えなかった顔が嘘のように思える。


 だが、確かに起こった事であり、俺がなかった事にした出来事。

 そして、これから起こる出来事でもある。


「状況を端的に説明する。今の俺は3周目だ」

『……!』


 3人とも驚く。


 『聖典』の効果については説明してあり、死んでしまう事も考慮しなければならない武闘大会で致命的な負傷をしてしまった場合に備えての保険として『聖典』を使うつもりである事は説明していた。


「でも、武闘大会はもう終わっていますよ」

「数分後にトラブルが起こる」


 宝物庫の扉が開けられた直後に起こる出来事を語る。

 未来に起こる出来事を語るなど普通なら正気である事を疑われても仕方ない場面だが、『聖典』を所有している事を知っている3人は疑うこともなく現実を受け止めていた。


「……信じたくない出来事だけど、その時にわたしたちは死んでしまうんですね」

「確認したわけじゃないから確かな事は言えないけど……」

「いや、そんな量の血を流して倒れるとか避けたいから過去に戻って来てくれたのは賛成なんだけど」

「過去に戻って来たソーゴさんには負担を掛けますね」


 記憶だけを持って過去へ戻って来た俺の体には傷が全くなかった。

 だが、数分前に致命傷を負った時の痛みと苦しみは脳に刻まれている。


「気にするな」


 これぐらい3人を助ける為なら我慢できる。


「これが2周目に起きた出来事」

「1周目は?」


 あの時はとにかく酷かった。

 突然自分の体を襲った激痛、再生能力のおかげで命は助かったが、立ち上がった俺の目に映ったのは血を流して倒れている仲間の姿。

 犯人について考える余裕もなく収納から取り出した『聖典』を使って過去へと跳んだ。

 跳んだ先を指定せずに過去へ行ってしまったせいで行き先は今朝になってしまった。


 だが、今朝まで戻ったおかげでこれから起こる事が事前に分かっており、何が起こっても良いように魔力を温存して戦う事ができたし、どのような攻撃が来るのか事前に分かったうえで準決勝と決勝を戦う事ができた。


「それで、3周目の今回はどうするの?」

「今回は最初から捨てるつもりで行く」

「え……?」


 俺の言っている意味が分からずハルナがキョトンとしている。


「2周目のおかげで犯人が魔族のアクセルだという事が分かった。3周目の今回は奴の目的を確認する」


 そのうえで突然のはずの襲撃を無傷で生き延びる事ができないか確認する必要がある。


「あたしたちは、あんたでも反応するのが精一杯の攻撃に対して適切に動けるかどうか確かめる必要があるのね」


 ハルナの言葉に頷く。

 今回は捨て回だ。失敗したとしてもやり直せる俺たちには問題ない。



 ☆ ☆ ☆



「……失敗したな」


 俺の心臓をアクセルの腕が貫いていた。

 ハルナたち仲間は既に血を流して床に倒れていた。彼女たちも襲撃がある事が事前に分かっていたから対応しようとしたが、動き出した瞬間には体をアクセルに貫かれていた。

 俺も最初の一撃には対応して伸ばされた腕に剣を叩き付けようとしたが、神速の動きで反応したアクセルが体を反転させて俺の胸を貫いていた。


 アクセルが俺の胸から手を離す。

 反動で俺の体が後ろへ倒れ尻餅を付く。


「突然の襲撃にも対応できるだけの力はあったみたいだが、結局はその程度の実力だったというわけだ」


 既に死んだと思ったのかアクセルが宝物庫へ近付く。


「待てよ」


 貫かれた胸を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 傷は既に塞がっているが、アクセルに塞がっている事を悟らせない為に必要な演技だ。


「お前の目的は対魔王兵器か」

「そうだ。あれは脅威になる可能性があるからな」


 既に死ぬ相手だと思っているのかアクセルの口が軽い。

 それとも簡単に致命傷を負わせられた事で脅威ではないと判断したのか。


「俺の役割は世界各地にある対魔王兵器を使用不可にする事。部下を連れているのは情報収集の為だ」

「武闘大会に参加したのは?」

「この宝物庫は俺たちの力でも開ける事ができない可能性が高かった。その宝物庫が確実に開けられるのは武闘大会で優勝した者を連れて行く時」


 だから確実に立ち会えるよう武闘大会で優勝しようとした。

 だが、俺というイレギュラーがいたせいで計画を変更せざるを得なかった。


「宝物庫が開けられる瞬間に俺が加速して飛び込む。こんな状況になった事を知っているお前たちは誰も動けない。後は、宝物庫の中にある対魔王兵器を破壊するなり回収すればいいだけだ」

「なるほど」


 計画は成功している。

 過去へ戻れる『聖典』という魔法道具を持った俺がいなければの話だが。


「お前たちの目的は分かった。それに、3回目なおかげで目が慣れて来たのかお前の全速力にもある程度慣れて来た」

「何を言って……」


 もう3周目でする事は何もない。

 収納から『聖典』を取り出す。


『ここに我が足跡を記し、書となれ。我は旅人にして記録者なり』


 詠唱すると『聖典』に3周目の出来事が記される。


「おまえ……」


 手に『聖典』を持って詠唱する為に胸から手を離しているのでアクセルも俺の傷が塞がっている事に気付いた。


 そして、その目が『聖典』へと向けられる。


「それ、『聖典』か?」

「よく知っているな」

「……まだ、俺が人間だった頃に一度だけ見た事がある」


 聖都ウィルニアにある大聖堂で展示されていた『聖典』。

 見るだけなら一般人でも可能だ。


「どうして、それをお前が持っている?」

「パクったわけじゃないぞ」


 俺の【収納魔法】と『聖典』は凄く相性が良かった。


 本来の使用方法だと過去に戻った場合、持って行けるのは記憶とステータスだけだ。

 時間をやり直して犠牲にした時間の間にステータスを鍛えて勝てなかった相手に挑む。


 まるでゲームみたいだな、と思いながらセイジは何度も同じ時間を繰り返して自分のレベルを上げて魔族パラードへと挑んでいた。

 並々ならぬ努力があったからこそ封印する事ができた。


 だが、俺が使用すると記憶とステータス以外にも持って行ける物があった。


 収納の中にある物だ。

 過去に戻る瞬間に入れていた物だけでなく、収納から出していた俺の所持品全てが収納内へと入れられていた。


 そして、同じ物が本来あるべき場所にもある。

 この効果のおかげで、世界に一つしかないはずの物も二つ目を持つ事ができるようになった。


 大聖堂で使用した時、試しに自分の足跡を綴った直後まで戻った。

 俺が過去へ戻った瞬間に手にしていた『聖典』と収納の中にもう一つの『聖典』が収められていた。


「さて、ここまでにしようか」


 アクセルは『聖典』の存在は知っていても『聖典』の効果までは知らなかった。


『記された過去の栄光をこの手に。在りし日の記録は現在(いま)となり、現在(いま)は在りし日となり新たな物語を綴り始める』


 書に記された過去へ戻る為に必要な呪文を詠唱する。

 目の前の景色が暗転し、帝城の廊下へと一瞬で変わる。


「大丈夫?」


 目の前には顔色の悪い俺を心配そうに見て来るハルナの顔。

 正直に言ってやり直せるとは言っても気分のいい物ではない。


「失敗したんですね」


 俺の顔色を見てショウは気付いたみたいだ。


「……ああ」


 3周目が失敗だった事を告げる。

 過去へ戻った現在は、2周目までに起こった出来事を帝城の隅でショウたちに全て説明し待っているグィード皇帝の下へ向かおうとしていた直前。


「何があったのか説明する」


 そのうえで対魔王兵器を狙っているアクセルに対抗する術を相談する必要がある。


過去をやり直して手放した物すら手放していない事にできるスキル。

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