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第9話 勇者の手記

 むかしむかし、ある場所で悪い魔王が現れました。


 魔王によって多くの人々が苦しめられ、傷つき倒れて行った。


 そんな人々の願いに応えて異世界からやって来たのが――勇者。


 彼は、異世界の人々から願われ、魔王を倒す為の旅に出る。

 旅の途中、様々な出来事があったが、勇者はついに念願叶って魔王を倒すことに成功する。


 その後、王から力を見出され功績を認められた勇者は国に迎え入れられ、王女と結婚して平和な世界を謳歌した。


 ――これが、今から200年前に行われた勇者の召喚の顛末だ。


「なんというか絵本みたいな感じね」


 旅の途中で起こったドラゴン退治や魔王の部下との戦いが絵と共に描かれていた。

 実際、本が置かれていた場所は図書室の児童向けの本が置かれている棚だった。

 この本がこの世界の子供にどれほど親しまれているのか知らないが、内容は子供向けに変更されている。


「僕たちの世界でも似たような童話はある」

「親しんだ冒険活劇って感じです」


 一緒に絵本を読んでいた増田と天堂さんもそれぞれ感想を言う。

 俺も絵本を読んだ時には似たような感想を抱いた。


「なら、次はこっちだ」


 収納から新しい本を取り出す。

 ただし、先ほど読ませた絵本のような本ではなく、手帳サイズの物で中には文章がびっしりと続いていた。


「これは、召喚された勇者の手記!?」


 手記の冒頭を読んだ櫛川さんが声を漏らす。


「そっちの手記で実際にはどんなことが起こったのか把握することができる」


 絵本に書かれていたことはほとんどが脚色されたことだった。

 いや、実際に起こったことは何も書かれていないと言っていい。


「うっ……」


 少し読んだだけで天堂さんが表情を暗くしている。

 たしかに普通の女子には辛い内容だ。



 ☆ ☆ ☆



 宝物庫にこの手記を隠す。

 願わくば、次に召喚された者が手にしていることを祈る。


 いつもと同じように学校で過ごしていると放課後になった瞬間に眩い光が学校全体を包み込んだ。その後、目を醒ますと全く知らない場所にいた100人近い生徒がいた。全校生徒が300人超だったことを考えれば3分の1が召喚されたことになる。


 だが、召喚されたばかりの頃にそんなことを考えているような余裕はなく、国王から言われた「魔王を倒せば元の世界に帰れる」という言葉を信じて訓練に明け暮れていた。


 そうして、異世界に召喚されて1週間後。

 初めての犠牲者が出た。


 魔王と戦う為にも最初は簡単な実戦で経験を積む為にパーティで別れて魔物討伐へと向かうことになった。そこで勇者である俺とは別のパーティが魔物に襲われ、4人の犠牲者を出してしまったことを聞かされた。


 みんなの空気が重い。

 最初は戸惑いながらも力を与えられたことによって魔王との戦いを楽観的に考えていたところがあった。

 しかし、犠牲者が出てしまったことによって自分たちが何をしようとしているのか、成功した時はともかくとして失敗した時にどのような結末が待っているのか、ようやく理解した。


 だが、逃げ出すことなどできるはずがない。

 元の世界に帰る為には魔王を倒さなければならない。

 だからこそ、残された俺たちは魔王を倒して元の世界に帰らなければならない。


 決意を新たに凶悪になった魔物や魔王の力を与えられた人間――魔族と戦う日々が続いていた。

 そんなある日、城で偶然にも最初に出た犠牲者4人を倒したのが魔物ではなく騎士であるということを本人が自慢げに話しているのを聞いてしまった。


 しかし、今さら真実を聞いたところで止まれるはずがなかった。

 俺が真実を知った時には既に15人の犠牲者が出てしまっていた。最初の4人と合わせれば19人だ。

 突然、異世界に連れて来られて戦わなければならない日々を過ごすことになり、無念にも帰ることができなくなってしまった彼らの分まで戦い続けなければならない。


 それに国の支援は戦い続けて行くうえで必要だ。

 食糧の確保、装備の修理、移動手段。


 戦いを続けるうえで、直接的な戦闘以外では国の力に頼り切っていた。


 その後も国の支援を受けながら戦い続け、魔王との決戦を残すのみとなった。

 この時にもなると召喚された当初には100人もいた仲間が20人しか残されていなかった。


「とうとうここまで来たな」


 誰の言った言葉なのか分からないが、覚えていないがその言葉を聞いた瞬間に全員の胸にこみ上げてくる物があったのは確かだ。


 俺たちは召喚された時に与えられたスキルやその後で発現した力を使って魔王を倒した。


 だが、魔王を倒しても元の世界に帰ることは叶わず、帰る手段が分かるようになったわけでもない。


 ここで諦めるわけにはいかない。

 魔王との戦いで10人以上が散り、残されたのは5人しかいなかった。


「これは、一体どういうことですか?」


 魔王討伐を祝した記念式典の準備が行われているメグレーズ国に戻ると国王から聞きたくなかった事実を知らされた。


「元の世界に戻る術など私たちは知らない。また、魔王を倒したところで元の世界に帰れる保証などない」


 国王は、最初から騙していた。

 その後は、魔王を倒した勇者として王国に迎え入れられたが、彼らの思惑として勇者の血を王族に取り込むことによって自分たちの権力をさらに強固なものにしようという魂胆らしい。


 生き残った仲間も貴族家に迎え入れられた。


 物語にあるような平和な日々が続いていた。

 だが、俺は元の世界に戻る為の方法を諦めたわけではない。王族として粛々と日々を過ごしながら元の世界に帰る為の方法を探していた。


 そして、1つの可能性を見つけた。

 魔法道具を集めるのは凄く簡単だった。王族として、それなりの権力を与えられていた俺は、道楽の振りをしながら様々な魔法道具を掻き集めていた。

 掻き集めた魔法道具の中に帰還する手段に成り得るような代物はなかったが、魔法道具を集めている最中にある魔法道具の話を聞いた。

 その魔法道具は、使用者を楽園へと連れて行ってくれる道具らしい。

 もしかしたら、その魔法道具なら楽園――元の世界へと連れて行ってくれるかもしれない。


 けれども俺には楽園へと連れて行ってくれる魔法道具を探す時間は残されていなかった。

 その噂話を聞いた時には、既に50歳を超えており現代ほど医療が発達していないポラリスでは病に侵された体を治療する方法はない。


 せめてもの抵抗として、この手記を残させてもらう。


 もしも、この手記を読んだのが自分と同じ異世界から召喚された勇者なら誰かに強制されるようなことはなく、自分の望むように生きて欲しい。


 不幸ではなかったが、できることなら俺も元の世界に帰りたかった。



 ☆ ☆ ☆



 そのように締め括られた手記には絵本とは全く違う勇者の苦難の日々が綴られていた。

 宝物庫で手記を見つけた瞬間、俺は国と決別する決意を固めた。

 手記にも書かれていた最初の犠牲者、俺が行動を起こさなければ前回の勇者召喚と同じように勇者を奮起させる為の駒として切り捨てられていただろう。


「俺の目的は、旅に出て手記に書かれていた楽園へ行く為の魔法道具を見つけることだ。とはいえ、実在しているのかどうかすら疑わしい魔法道具だ。あてもなく探すに等しい」


 だが、他に頼る物がないのも事実だ。

 魔王を倒したところで元の世界に帰してくれるわけでもないのに魔王討伐に協力するなんてまっぴら御免だ。


「それに勇者の願いでもある『自由に生きろ』。俺は、それを実践させてもらうだけだし、俺たちと同じ高校生の願いだ」


 手記が書かれたのは前回の勇者召喚が行われた約200年前のことだが、手記の内容から推察するに書いた人物は現代の高校生だ。


 時間に矛盾が生じている。

 元の世界と異世界では時間の流れ方が違うのか。

 それとも召喚を行った時期は違ったとしても召喚先の年代は同じ時間なのか。


 いくつか考えられるが、現代人であることには変わりない。


「勇者に何が起こったのか。それを知ったうえでお前たちはどうする?」


 手記を読んで表情を青くしている3人に問いかけた。


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