プロローグ 召喚
「ほい、買って来たぞコーラが2つにお茶が3つ」
「サンキュ」
教室の片隅。
放課後になっても教室で駄弁っている5人から頼まれた飲み物を渡しているのは俺、渡来颯悟。
教室にいるのは辛いのではっきり言ってさっさと帰りたいところだったが、こいつらに捕まってしまい、帰るに帰れなくなってしまった。
こいつら――同じクラスの男子生徒で安藤、緒川、鈴木、田上、山本。
不良というわけではないが、授業態度が悪いため教師の評判が良くない生徒だ。
俺も本当なら関わり合いになんてなりたくない。
しかし、教室という一種の閉鎖空間を最低でも1年は共有しなければならないため最低限の付き合いはしなくてはならない。
そして、こいつらは何かと俺に絡んでくる。
「やっぱ授業が終わった後に飲むコーラは最高だな」
「よく炭酸飲料なんて飲めるな」
「今は飲み物も健康飲料の時代っしょ」
5人が俺の買ってきた飲み物を飲んでいる。
彼らは、高校生になった今では部活をしていなかったが、中学生の頃は全員が何らかの運動部に所属していたため体はしっかりとしている。
それに比べて運動部に所属した経験もなく、中学生の頃は図書委員として活動していた俺の体は細かった。
そのため体付きのいい彼らからは体の良いパシリにされていた。
「じゃ、立て替えておいた金700円」
「おいおい、貸しにしてくれてもいいだろ」
「はぁ!?」
貸し借りは信用の置ける間柄でのみ成立する取引だ。
入学してすぐにこいつらからパシリ扱いされて1カ月。その間に俺が立て替えておいた金額は既に1万を超えている。決して裕福とは言えない家庭なので1万もの金額を自腹で払うのは大変だ。
――クソッ。
とはいえ、誰も助けてくれない。
みんな力の強い安藤たちに目を付けられるのが怖いのだ。俺の味方をすれば、その瞬間から安藤たちから敵だと認定される。力の強い安藤たちが相手では暴力に屈するしかない。
それは、教師も同じだ。
教卓の方を見ると放課後になったので職員室に戻ったはずの担任が忘れ物をしたことに気付いて教室に戻って来ていた。担任は、28歳の若い教師で化学を担当しているせいかいつも白衣を着た大人しそうな男だ。1度安藤たちの授業態度を注意した時に殴られたことがあり、それ以来無干渉を貫くようになった。
(教師がそれでどうする!?)
教師の仕事は生徒に勉強を教えること。
そして、勉強を教える為に必要な環境を整えることも業務の一環だ。
だが、担任に期待したところで現状が変わるわけでもない。
「おいおい緒川ってば異世界召喚とかに憧れているタイプだったのかよ」
「おうよ、やっぱり異世界行って特殊な力とか手に入れてみたいっしょ」
緒川が最近読んだ小説の話をすると5人がゲラゲラと笑い出した。
(異世界召喚、ねぇ……)
たしかに俺も緒川たちのいない世界に行って日常を送ってみたい気はする。それで異世界に召喚された特典で得た力を使って悠々自適な生活を送る。
ただし、本当にしてみたいとは思わない。
異世界に行くということは、この世界にある様々な物を置いたまま異世界で全てを1から始めなければならない。特殊な力が貰えたとしても俺にそこまでのことができるとは思えない。
うん、やっぱり本当に行くのはダメだな。
「あ~、俺も異世界に行って魔王とか倒してみたいよ」
安藤の呟き。
『じゃあ、君たちに魔王を倒してもらおうかな』
「へ?」
それに応えるような言葉がスピーカーから聞こえて来たかのような感じで頭の中に響き渡った。
聞きなれない少年の声。
そんな声が聞こえたのは安藤たちや俺だけでなく教室の中に残っていた3人のクラスメイトも同様だったらしく、宿題を終わらせる為に握っていたシャープペンシルを手放して呆然としていた。
『君たちは今回の勇者として選ばれました』
「なんだよ、これ!?」
足元を見ると光り輝く紋様が床に浮かび上がっていた。
漫画やアニメでよく見るような魔法陣、みたいだ。
けれど、決定的に違うのは教室全体に魔法陣が描かれているが、それは魔法陣の一部でしかなく教室の外にまで魔法陣の紋様は続いていた。
――マズイ。
そう思って体を動かそうとするものの体は全く動かない。
『こっちにも色々と事情があってね。君たちには魔王を倒してもらうよ』
「ちょっ……!」
誰かの声が聞こえたが、次の瞬間には視界が真っ白な光に塗りつぶされた。
☆ ☆ ☆
「うっ……」
顔に冷たい熱が伝わって来て目を醒ます。
どうやらいつの間にか気を失っており、気絶した俺はどこかの床に倒れていたらしい。
体を起こすと自分が今いる場所が学校でないことはすぐに分かった。
床が学校のリノリウムから石床へと変化していた。
現代では見ることのなくなった石床だったが、手を付くとその硬さがしっかりと分かる。
「ここ、どこ……?」
「一体何があったんだよ!?」
聞きなれない声に周囲を見渡すと同じ学校の先輩方がいた。
俺の通っている学校では、学年毎に男子ならネクタイ、女子ならリボン、共通でジャージの色が1年なら青、2年なら赤、3年なら緑と分けられている。
この場には3色の制服とジャージを着た者が、100人ぐらいいる。
100人もの人間が落ち着かずに騒がしくしていれば煩くなるが、とにかく冷静に状況を確認する必要がある。
(まず、ここは学校じゃない広い部屋みたいだな。で、ここには俺も含めて学校にいた人間が100人近く連れて来られた)
最初、自分がどこか知らない場所にいたことから誘拐の危険性を考えたが、その可能性は既に捨て去っている。
俺が気を失う前にいた場所は公立高校の教室だ。
そんな場所に危険を冒してまで押し入って生徒を誘拐するなど正気の沙汰ではない。
それに連れて来られたのは100人。これだけの人数を誘拐するだけのメリットがない。
となると……
「落ち着いてください」
騒がしくしている連中を黙らせる為の声が部屋の中に響き渡る。
声の主は白髪に白髭を生やした老人。真っ白なローブを着ており、魔法使いのお爺さんと紹介されれば納得しそうな人物だ。
「まずは、急な召喚をお詫びさせていただこう」
「召喚、ですか?」
「左様。この世界は現在、魔王と呼ばれる存在によって存亡の危機に立たされております。そのため古より伝わる特殊な召喚魔法によって異世界から世界の危機を救うことのできる勇者様を呼び出すこととなりました」
異世界召喚。
本当にあるとは思わなかった。
「でも、僕たちにはそんな力はありませんよ」
さっきから老人と話しているのは生徒会長の杉浦先輩だ。
杉浦先輩は生徒会長として率先して相手と話してくれている。
「安心して下さい。異世界から召喚される際に皆様には特殊な力が与えられております。それは、スキルであったり魔法であったりと様々ですが何らかの特殊な力が与えられております。そして、この中に1人だけ勇者に相応しい力を持った者がおります。他の方は召喚の際に特殊な力こそ与えられているはずですが、残念ながら勇者様の協力者ということになります」
つまり、100人近い召喚された人間のうち世界を救う勇者の力を持った者は1人だけ。
そして、他の人間は勇者の召喚に巻き込まれただけの人物。
とはいえ、巻き込まれた人間も何らかの力を与えられているみたいだから呼び出されて終わりというわけではないみたいだ。
「皆様には既にこの世界の人間なら誰もが持っているステータス表示の魔法は全員に与えられているはずですので、『自分の力を確認したい』と強く願って下さい。そうすれば皆様の持っている力の確認ができるようになっております」
つまり、ステータス確認か。
周囲を見てみると自分のステータスを確認してみようと両手を組んで願っている女子の先輩までいる。
(とりあえず、ステータスオープン)
両手を組むまでもなく、『見たい』と願うだけで確認することができるようになった。
どれどれ……
「え? 収納魔法……?」