プロローグ~霞のおとぎ話~
霞は今日もあの話をした。
化け物に囚われたお姫様を、王子様が助けだし、永遠の愛を誓う。そんな、ありふれたおとぎ話。
僕はこの話が嫌いだ。少女を愛した化け物が報われることなく命を落とすから。醜い者の純愛が、美しいものの偽りの愛に壊されるから。
「はい、おしまい」と言った霞は、僕に感想を求めてきた。「昨日よりも上手だった。」と褒めてあげると、霞は自慢げに胸を張った。そして鼻歌を歌いながら、満足顔で床に就く。
「眠りにつくまで傍にいてあげようか。」と気を使って声をかけてみたのだが、子供扱いされたのが癪に障ったらしい。
霞は不服そうに頬を膨らませると、「一人で寝れるもん。」とだけ言った。それっきり取り合って貰えなくなった僕は、霞を子供扱いしたことに対して、全力で反省した。一匹、また一匹と羊を数える声に耳を傾ける。冬の静寂の中、霞の声はよく響いた。
霞が数える羊が四十匹を超えたあたりで、僕にも眠気が襲ってきた。しかし、ベッドは霞に占領されていて、眠るには彼女をどける必要がある。当然、僕にそんな事をする度胸がある筈もなく、一人肩を落とした。仕方がないので、その場で横になる。
天井はペンキが剥がれ落ち、空気は汚く、床は埃だらけ。そんな劣悪な環境で眠るのは至難の業で、早くもベッドの中で寝息を立てている霞が羨ましかった。
そんな中、眠れないときは楽しいことを考えると良い、と聞いたのを思い出した。このまま一晩過ごすわけにもいかないので、実践してみる事にする。目を閉じ、体を楽にして、考え事だけに意識を集中した。しばらくすると、ある美しい記憶が脳裏を彩った。
それは化け物のもとに現れた、お姫様の、白雪のような笑顔だった。