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第一章 一日目・上司様がやってきた(五)

 最初のうち正宗は七穂が山を造成する様子を黙って見ていた。

 とはいえ、七穂はやたら山を作るのを連発し、星球儀上にドンドン山ばかり広がっていった。


 山ができあがるペースは、すでに異常で、絶対に自然にやったのでは形成できないような〝世界の尾根〟を作り上げていった。


 正宗の心と顔から笑みが消えた。全身が氷漬けされたように冷たくなっていく。

(ちょっと、なにやっての。拙いよ、拙いって、あんた、やりすぎだよ)


 七穂は停まらない。七穂は山を集中して一箇所に集めてドンドン作っていった。

 正宗は内心ハラハラしてきた。

(え、まだ、続けるの。もう、止めようよ。異常だ。異常すぎるよ。この山、ヤバイって。もう、山っていうレベルを超えてるよ。絶対あとで審査の時にクレーム来るって、百%言われるって)


 正宗は、ついに大声を上げた。

「ちょっと、ストップ。ストップー!」


 七穂が作業を止め、キョトンとした表情で振り返った。

「何ですか、クロさん? 今、良いところなんです。持ち上げた山の頂上を平らにして、その上にまた山をせり上げる。これを繰り返して、世界一大きな山を作るんです」


(世界一の山を作りたいなら、この世界でそれより大きな山を作らなきゃいいだろう。それに、そんなことを続けたら、世界がソフトクリームのコーン状になるわ。それは、星じゃねえだろう。惑星ロケットだろうが)


 だが、やはり、正宗は心で思っても、口には出せない。

 正宗は曖昧な営業スマイルで語りかけた。

「あのですね、七穂さん。大地は有限で無限じゃないんです。だから、山ばかりを作ることはできません。また、星には安定した構造を保つために、そこから計算された高さ制限や広さ制限があるので、それを越えるのはどうかと思います」


 七穂は少し困ったように訊いた。

「何か抜け道はないんですか?」


 おいおい、いきなり脱法行為化かよ。

「あのですね、七穂さん。星の構造計算は役所がきちんと計算し、完成前に厳しく測量しに来るんです。審査が通らないと、星の完成が認められないんです」


「そうですか。やるなら検査後に、見つからないように、ってことですね」


 グッ、この女、そこに瞬時に気がつくとは。

 確かに七穂が指摘した抜け道は存在した。実際問題として、惑星完成後の改造を、凄腕社員と呼ばれる奴らは、成績を伸ばすために陰で行っていた。


 だが、それも創造者がやることではない。あくまでも正宗たち社員が星を売買する時に、営業成績を考えて、買主の希望に合わせるためにやる改造だ。


 また、やるといっても、ちょっとだけ山を高くしたり、海を増やしたり――程度をこっそり行う事例がほとんどである。


 正宗も先輩方がやる改造を黙って見てきたので、詳しい手口は知っている。けれども、それは企業秘密である。


 正宗は自分たちのことはさておき正論を説いた。

「七穂さん。この星には、最終段階では生物が住み、多種多様な生態系が存在する予定なのですよ。星の構造が不安定なら、そこに住む生き物が可哀想じゃありませんか。もっと神様な視点で、愛を持って作りませんか?」


 七穂は腕組みして考え、結論を出した。

「そうね、不安定は拙いわよね。もっと頑丈な造りにしないと」


 七穂は世界の尾根の拡張工事を止め、黙々と平らな整地作業を続けていった。

(あ、話せば、わかってくれるんだ)


 正宗はほっとして、七穂の横で山や平地の細かな出来を補正していった。

 ジリジリジリ。目覚まし時計のベル音が、正宗のお腹の辺りから聞こえてきた。


 正宗は腹巻から金色の目覚まし時計を取り出して、時刻を確認してから、ベルを停めた。

「七穂さん。今日はこれぐらいにして〝上がり〟にしましょう。このくらいの大きさの星なら、ここまで造成できれば、期限には間に合います。細かなところは、私が直しておきますから」


 七穂はうっすらと掻いた汗を拭うと、今度は小さくなり、元のサイズに戻った。

 正宗も捻り鉢巻に再び触ると、星球儀と一緒に元のサイズに戻った。


(やれやれ、とりあえず、異常地形は回避された。まあ、あとは調子を合わせてオダテて、俺が手綱を握れば、いいようにできるだろう)


 地面から先ほどのリコール物のエレベーターが現れて、七穂が乗り込んだ。七穂は正宗に手を振り、微笑んだ。


「じゃあ、また明日ね。ロボットの国、忘れないでよ、クロさん!」


 エレベーターは現れた時と同様に、地面に消えていった。

 正宗は、扉が閉じて沈み行くエレベーターに、笑顔で手を振った。

「七穂さん、さようならー、また明日、会いましょうー」


 正宗はエレベーターが消えてからも、少しの間、笑顔で手を振り続けた。

 相手は創造者だ。扉をマジックミラーのようにしたり、消えたフリして、正宗の様子を窺っているかもしれない。


『創造者が消えても一分間は手を振れ』某先輩の、ありがたーい教えだ。


 正宗はエレベーターがもう確実にいないと確信すると、素の顔に戻り、一人ぽつんと呟いた。

「あーあ。やっと帰ったよ。俺も早く偉くなって、管理部門に行きてえな」


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