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第十章 七日目・誕生に愛を(二)

 GRCの連中は総力戦に突入し、月日が経った。しかし、依然として完成の知らせは来ない。また。催促のメールを出す。

『あと少しです』

 というメールが返ってくる。しかし、返信の反応速度は確実に落ちた。


 今回の件でGRCの連中は顧客との意識合わせの大切さと、契約書の文言の重要さを理解し、ビジネスの大変さがわかっただろう。


 今回の苦い経験を活かし、次は頑張って欲しいと思う。だが、今回もし失敗すればGRCに次はないだろう。

「思えば、気の毒な奴らだった」


 何物も怖れない若さと、自分の力を信じて飛び立とうとしたのだろうが、あまりにも無謀すぎた。

 若さは関係ない。自分だって今回は、どうにも対処できなかった。全てはあの七穂のせいだと呪ったこともあった。だが、もうそれを愚痴っても仕方ない。


 これが会社の設立当初からの方針であり、誰も惑星開発の方法を変えようとせず、今までやってきた。結果は、おかげで九十九・九パーセント惑星ができるという実績を残してきたのだ。これはこれで正解だったのかもしれない。


 そう、俺は残り〇・一パーセントを処理するための、いわば責任処理の切腹要員もしくは〝蜥蜴の尻尾要員〟なのだ。


 正宗は椅子に腰掛け、白い天井を仰ぎ見た。

「もう、いい。あとはできるだけのことをして、全てを見守ろう」


 正宗は半ば会社を去る寂しさ感じつつも、会社を辞める恐怖を感じなかった。正宗は戦に負け、捕えられて処遇が言い渡される前に辞世の句を考えている武将の心境だった。


 そんな心境だったので、正宗の魂が半分は仕事の重力を抜け出し、幽体離脱していた。

 コンコン。聞きなれた電子音がした。誰かがやってきた。


 わかっている。源五郎だろう。最近では、正宗の内情が惑星開発事業部中に知れわたったのか、人が遠ざかった。しょうもない回覧どころか、出入りしていた保険の外交員や出前のチラシすら、回ってこなくなった。

「源五郎か。気にせず入ってくれ」


 ドアを開けて入ってきたのはピンクのリボンのついたヒトノツラに身を包んだ源五郎だった。

 源五郎は相変わらず可愛らしい声を出す。

「邪魔するぜ」


 正宗は半ば自嘲気味に述べる。

「邪魔でも何でも、好きにしてくれ」


 源五郎は白く細い綺麗な手で、正宗の小さな肩を軽く叩いた。

「どうした? 明日に刑が執行される死刑囚のようだぜ」


 外から自分を見ると、そんな感じなのだろうか。

「冤罪だがな。それより、死刑囚なんて見た経験あるのか?」

「いや、ない」


 簡潔に答えると、源五郎は可愛らしい声で親父臭く喋る。

「ドッコイショ」


 掛け声と共に、もはや自分の椅子のようになった無人の椅子に腰を掛けた。

 それから源五郎は、ヒトノツラを脱いで本性を現し、月の輪熊の巨体を自由に解放した。


「それで、実際のところ、どうよ、仕事のほうは?」

「もう、なるようにしかならない。というより、もうどうにもならない」


「諦めたら、そこで終わりだぞ」

 源五郎のスポ根マンガのようなセリフも、今の正宗の心には、蚊の鳴き声ほどにも響かなかった。


 正宗は今までの記憶を思い返す。

「七穂がやってきた時点で、結果は決まっていた。そう、終わりだったんだ。そう考えると、今日まで悩んできたのが悩み損だと気がついたよ」


 源五郎は顔の傷を軽く掻きながら訊く。

「お嬢ちゃんのこと、恨んでいるのか?」


 正宗は自ら到達した正直な心境を述べた。

「最初は恨んだが、もう恨んじゃいない。会社の制度は、実際に会社が今日まで発展してきたんだから、上手くできているよ。シマウマの群れだって、ライオンが襲ってきたら一頭だけ犠牲になるだろう。俺がそのシマウマだったのさ」


「おいおい、まだ失敗だって決め付けるのは早いだろ」

 正宗は『来い来い屋』から貰った今年のカレンダーを見ながら、七穂が来る惑星開発最終日を確認した。


「そうだな、あと七日ある。そこで全てが決まる」

「まあ、何とかなるさ」


 プルルルル、プルルルル。正宗の灰色の事務机の上で、今まで良い知らせなぞ運こんでこなかったクリーム色の電話が鳴った。


 正宗が電話を取ると、GRC社のグッドマンからだった。

 電話の向こうのグッドマンは明かに興奮していた。

「できました! できましたよ。クリアーできたのです、最後の壁が! 歌って踊れる電子情報生命体が! さっそく、見てください」


 正宗は興奮するグッドマンを宥めた。

「ご苦労様。明日から連休だから、連休明けの三日後に見に行くよ。それまで、ゆっくり休むといいよ」


「そ、そうですか」

「そうそう、じゃあ、また来週」


 正宗は電話を静かに切った。

 源五郎にも今の会話が聞こえたらしかった。源五郎は鋭い目に少しだけ好奇の色を見せて、正宗に尋ねた。

「どうした、どこからの電話だったんだ?」

「GRCからで、電子情報生命体が完成したそうだ」


 源五郎は怪訝そうに発言する。

「その割には、あまり嬉しそうじゃねえな」


 正宗は確かに嬉しかった。が、今までの経験から、もう良い出来事に対して注意深くなっていた。

「たいてい良い話で持ち上げられてから、一転して悪い話で奈落に突き落とされるのさ。今回だって、日数ギリギリだ。疲労した頭で作った物に欠陥が潜んでいないとも限らないだろ?」


「素直じゃねえな。嬉しい時は喜んで、悲しい時は泣けば良いじゃねえか。それが人生を楽しむコツだぜ」


 だが正宗は、やはり素直には喜べなかった。

「そうだな。それじゃあ、惑星が売れたら、祝杯を挙げよう」

「ああ、きっとだぞ」


 正宗は約束どおり休日明けに惑星に行った。惑星には大きな銀色の卵形宿泊モジュールが停泊しており、その周りを沢山のロボットが忙しく動き回っている。


 正宗はさっそく、地下都市に降りてサーバー室に向かった。途中、ボロボロになったスタッフが疲れ切って、アチコチで毛布を敷いて倒れるようにして眠っていた。


 社長のグッドマンも、ヨレヨレの背広でボサボサに毛を立てて出迎えた。グッドマンはメインサーバー室のアチコチで眠っている社員を起こして、どかそうとした。


 正宗はグッドマンを停める。

「いいから、いいから、寝かせておいて。創造者様が来るまでに綺麗にしてくれれば良いから」


 グッドマンはアル中の酔っ払いのようにフラフラしながら声をだす。

「わかりました、そうします」


 正宗はグッドマンに能面サーバーの前に連れて行かれ、完成品を見せてもらった。


 さらに完成度が高まり、洗練されたデモが始まった。

 デモの最後のほうで、障害となっていた情報生命体の歌が流れた。その余韻が空間に消えると、正宗は思わず涙した。 

「行ける! これは行けるよ! 俺、努力した甲斐あったよ!」


 正宗がグッドマンに向き直ると、グッドマンは泣いていた。

「そうですか。OKなんですね!」


 どこからやってきたのか、土地神様もグッドマンの側に来ていた。グッドマンは土地神様と抱き合った。


 グッドマンは土地神様を抱きしめながら、

「やりました。やりましたよ! 土地神様。貴女のアドバイスのお蔭です。我々の苦労が、苦労が報われたんです!」


 その後、三人は肩を組み合って泣いていた。


 グッドマンたちは見事に〇・一パーセントの、成層圏の高さとも言える壁を完全に乗り越えたのだ。乗り越えた先には、確かに電子情報生命体文明の末長い発展の可能性が垣間見えた。


 正宗は惑星開発事業部のチーフとして確信した。

「この星は素晴らしい! これを見てもらえれば売れる。この星は、この宇宙に新たなる風を吹き込む」


 そう感じると、正宗はフツフツと闘志が湧いてきた。

「俺は絶対この星を売ってみせる!」

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