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第九章 まだ、六日目・デスマーチの靴音(四)

 グッドマンはオドオドしながら確認する。

「創造者様。そこまで本当に必要なのですか?」


 七穂は土地神を振り返って見る。

「そうしないと、お神楽ができないでしょう? そうなると、土地神様が可哀想じゃないのー」


 グッドマンが後ろを振り向き、土地神に慌てて確認する。

「土地神様、創造者様が仰るとおり、お神楽は本当に必要なのですか?」


「あ、こら、バカ、余計なこと訊くな」

 と正宗は心の中で、グッドマンの軽率さを呪った。


 だが、遅かった。正宗の予想通り、土地神は笑顔で、

「はい、創造者様の仰るとおりです。お神楽は是非にも必要かと考えます。それなくして、この星の成功はあり得ませんわ」


 正宗は表情を変えないように曖昧スマイルを維持する努力をしつつも、心中ではグッドマンに文句をつけた。


「お前がグッドマンなら、そいつはイエスマンなんだよ。七穂の言うことに反対するわけないだろう。賛成意見を増やしてどうする。何でもかんでも多数決で押し通されるぞ」


 七穂は土地神の言葉で勢いづき、勝ち誇ったように胸を張った。

「ほら、土地神様だって必要って言ってるんじゃなーい。絶対そうよー。確信したわー!」


 だが、変更範囲のでかさを知るグッドマンは渋った。

「しかし、そこまでは難しいかと……」


 プログラムの設計なぞ、おおよそ知らない七穂は笑顔でお気楽に確約してのけた。

「大丈夫、大丈夫。ここまでできたら、あと少しじゃないのー」


 そんなはずはない。七穂が納得するレベルのオリジナルで高度な芸術表現は、極めて難しいはずだ。七穂の要求は仕事のために人工知能の知識をかじった程度だが、勉強した正宗にもわかることだった。


 案の定〝その道のプロ〟のグッドマンは頭を捻った。

「いや、そんな簡単に行きませんね」


「どうしてもー?」

「難しいです」


 七穂は困った顔で、白衣のポケットに手を突っ込んで能面を見上げた。

「なら、電子情報生命体構想を全面的に見直すしかないのかなー」


 その言葉を聞いた瞬間に、正宗は液体窒素に投げ込まれたように凍りついた。

 多額の借り入れをした挙句、ここまで金を注ぎ込めるだけ注ぎ込んで完成させておいて、いいだしたお前の思いつきのような無理が通らないから、土壇場で中止するのかよ!

 

 中止は最悪の決断であり、どうしても避けたかった。

 そう感じている人物は、もう一人いた。正宗が横のグッドマンを見ると、グッドマンも毛が逆立ち、青くなっていた。


 理由は想像がつく。ここまで来て中止されれば、契約書上からも代金は七割しか入ってこない。おそらく、GRC側で掛かった費用は、現時点で正宗が開発費として支払った額を遙かに超えているのだろう。


 それでもグッドマンがここまでやってきた理由は、ただ一つ。納品できれば収支上はプラス・マイナスがゼロだが、仕事を完成させれば技術力が証明され、納入実績がつくためだ。


 宇宙開発公社納入の実績がつけば、今まで相手にされなかった企業からも信用を得られる。そうなれば、これからの営業がスムースに行き、会社が軌道に乗せられる。それを見込でのグッドマンの社運を懸けたチャレンジなのだ。


 つまりグッドマンにとっては、仕様が追加されたから「約束が違う」と言ってここで手を引くことは、もう運転資金的にも会社の未来のためにも、できない選択なのだ。


 ここで電子情報生命体構想が中止されれば、正宗は会社を去らねばならない。ところがグッドマンは、会社を潰し、従いてきてくれた社員全員を社会の荒波に放り出す事態になる。


 七穂はそんなグッドマンの心的な苦痛なぞ想像しないのか、グッドマンには目もくれず、能面を見ながら溜息をついた。

「できないのなら、仕方ないわねー。あとは、こっちで、どうにかしてみるわー」


 正宗は頭の先から雷のようにテレパシーを出し、絶叫した。

「今さら、どうにかなんて、なるわけがねえだろうー!」


 正宗はすぐに七穂に、考え直させようとした。

「七穂さん、待ってください。歌と踊りを諦めれば、惑星は完成し、文明は栄えます」


 七穂はさも残念そうな顔で正宗を見た。

「クロさん、言いたいことはわかるわ。でも、これは重要なことなの。イチゴがないショートケーキは、ショートケーキじゃないのよ」


 大理石キッチンの次は、ケーキかよ! あんた、事態は、ご家庭の台所レベルじゃないんだよ! もっと深刻なんだよ!


 憤慨しつつ、意見を述べる。

「だからといって、廃棄することはないでしょう。もったいない精神が泣きますよ」

「でもね、やはり歌や踊りができないと、電子情報生命体の話は無しにして、方向転換しなきゃだめなのよ」


 この女、本気でまた〝トンデモ・プラン〟を進化させる気か。これ以上は止めてくれ! 俺が本当に死んでしまう!


 黙っていたグッドマンが大きな声を上げた。

「待ってください。少し時間をいただけないでしょうか」


 だが、七穂は冷たく言い放った。

「時間をかければ、どうにかなるの?」

「それは……」


 グッドマンは言葉に詰まった。無理もない。新たに追加された壁は、仕様書では〇・一パーセント程度だろう。だが、前回の一パーセントの課題が山の高さなら、七穂の要求は成層圏くらいの高さがある。


 七穂は済まなさそうに、

「御免なさい、グッドマンさん。私もこれから新たにプランを実行するにしても、もう時間がないの。だから、今すぐ判断しなきゃいけないのよ」


 グッドマンは震えていた。グッドマンはまるで、立場の弱さゆえの辛さに耐えているようだった。

 やがて、少しの間を置いて、グッドマンは顔をきつく顰め、絞り出すような声で懇願した。

「や、やらせてください」


 七穂は明るさを取り戻した。

「難しいけど、挑戦してくれるのね?」


 グッドマンは下を向きながら拳を握り締めた。グッドマンは、これから襲い来るであろう肉体的、精神的な苦難と苦痛に耐え忍ぶように、一言きっぱりと発した。

「はい」


 七穂はじっとグッドマンを見つめてから、正宗に向き直った。

「クロさん。グッドマンさんを信用して、プランは、このままで行くわ」


 正宗はホッとした。直面している危機は乗り切った。

 しかし、正宗が垣間見た明るい未来には、小惑星の衝突のようなインパクトがやってくるのが確実だった。


 果たして無理に無理を重ねた改造が、他のロジックに影響しないだろうか?

 幸い七穂からその後は大きな仕様の追加や変更は出なかった。だが、追加された問題は実に大きい。


 正宗は七穂を見送ったあと、グッドマンに同情しつつ慰めの言葉を掛けた。

「いや、大変だと思うが頑張るしかないよ。完成すれば明るい未来が待っているからさ。がんばろうよ」


「え、いや、はい。でもどう頑張ればいいのか……」

 グッドマンは呟くよう正宗の言葉に答えながら、青い顔でフラフラしながら帰って行った。


 七穂の要望はグッドマンにはかなり応えたらしい。だが、正宗自身にも余力はない。残すところ惑星開発は、あと一日だ。


 こうなればもう、自分は宇宙の辺境で未確認生物に襲われて、緊急脱出ポットで暗い宇宙に投げ出されたも同然。足掻いても、どうにもならない。


 会社を辞めることになっても仕方ないかもしれないが、この星の結末だけは見届けようと正宗は思った。


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