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第九章 まだ、六日目・デスマーチの靴音(二)

 七穂がやってくる日が来た。正宗は惑星の上で、スペース・コースターの順番を待つようにドキドキしていた。


 正宗としては、七穂が来たら、この星が完成しない危険性も明らかにした上で、実行をしてもらえるよう説得しようと既に決めていた。


 正宗はそのための資料を作成して腹巻の中に潜ませ、七穂の到着を今か今かと待っていた。

 決断の日以来、時々迷いが心を過ぎるものの、ちゃんと眠れるようになった。


 それに、もう惑星開発日の六日目だ。GRCにも今日、電子情報生命体の出来栄えを見せて七穂に決断してもらうことを伝え、準備をさせてある。

「どのみち今日の決定で、この星の行末と自分の運命が決まる」


 地面から、七穂がやってくる時に使われる灰色のエレベーターが、スーッと姿を現した。扉が開くと、今日の七穂は科学者のような白衣を着て、赤い眼鏡を掛けていた。


 七穂は何か良いことでもあったのか、えらくご機嫌で、ニコニコしながら話かけてきた。

「こんにちは、クロさん。ルクレールちゃんから聞いたよ。今日はいよいよ、この星の住人がやってくる日だよねー」

「ええ、まあ、今日がお披露目ですので、取り敢えず。ご覧ください」


 七穂は空に向かって元気良く、友達を呼ぶように大声で叫んだ。

「土地神様、一緒に見に行こう」


 すると七穂の声に反応して、七穂と同じ顔の土地神が空間に姿を現した。光る冠を被って銀色の草履を履き、煌びやかな神様の姿をしている。


 あ、こいつ、近くにいたのか。だったら、貴様から先に挨拶しろよ。

 正宗の視線が土地神を捉えると、気付いた土地神は、七穂の後ろに隠れるように、ささっと移動した。


 七穂を土地神に対する正宗の様子を見て、両方を叱った。

「こら、クロさん。土地神様に怖い顔を見せないの。土地神様も、後ろ暗いことがないなら、ビクビクしないの。二人ともこの惑星にとっては大事な人なんだから、仲良くしなさい」


 正宗としては土地神を未だに認めたくはなかった。だが、上司である七穂が採用を決めた〝人材〟なので、認めないわけにもいかない。


 正宗は七穂の言葉を土地神に伝えると、いやいやながら笑顔を浮かべ、片手を差し出した。

「七穂さんの仰るとおりです。仲良くやりましょう」


 土地神は腰を引き気味にして、おずおずと片手を出し、握手をした。

「こちらこそ、不束な土地神ですが、よろしくお願いします」


「別に結婚するわけじゃないだろう」

 と、心の中で突っ込みを入れつつも、土地神の手を握ると、手はほんのり温かかった。


 手が温かい。以前、馬乗りになって殴った時には、温かみなど全く感じなかったが。

 こいつ、七穂の創造者の力で、本当に幽霊から土地神とやらになったんだな。創造者は星の上では何でもありと聞いていたが、本当にここまで、できるんだ。


 正宗は驚きを胸にしまうと、腹巻から黄色のヘルメットを取り出し、七穂に渡した。

「それじゃあ、サーバールームに行きましょうか。今日は開発元の社長も来ています。さあ、こちらのエレベーターへ」


 正宗の案内した先には、上下に分厚い金色の金属板がついている、大きなガラスで覆われた円筒形のカプセルがあった。


 カプセルを見た七穂は気を良くし発言する。

「エレベーターが〝それらしいの〟になっているー」

「前回は仮設でしたが、今回は本番用の物です」


 正宗は星に設置された円筒形のガラスに乗ると、カプセル型エレベーターは一旦ふわっと宙に浮き、地表に空いた穴から地下に降りていった。


 エレベーターが穴を下りていくと、上部に空いた穴は塞がるように閉じていった。

 しばらく行くと、辺りが開け、地下都市が見えた。


 地下都市はかなり整備が進んだ様子で、天井には白いライトが埋まり、以前は剥き出しだった地層は、道路の建設工事が行われていた。


 空飛ぶカプセル型エレベーターが中央の作りかけの四角く布に囲われた建物に向かって、ゆっくり降下していった。


 建物はまだ配線や骨組みが剥き出しで、間をロボットたちが動き回り、建築に勤しんでいた。

 建築中の建物の上から、エレベーターが下りていくと、幾つもの階層を抜けて一番深い所に到着し、停止した。


 その後、カプセルが横に移動し始め、十分くらいで金属製の大扉の前にやってきた。

 七穂たちがそこでエレベーターを降りると、大扉がゆっくりと三方向に下がり、開いた。


 奥にはもう一枚、奥に大扉があった。大扉がゆっくりと開くと、扉の奥には薄明かりに照らされて、お多福の面が目に飛び込んできた。真っ白な顔で、黒い眉に半笑いの表情を浮かべている。


 お多福面の上下からは多数のコードが飛び出し、天井と床に延びていた。お多福面の裏側に回ると、金色の目をして、大きな口を開いて牙を剥き出しにした、真っ赤な鬼の面があった。


 能面サーバーの周りを一周した七穂は、正宗に小さな疑問を投げかけた。

「あれ? 一つ足りないよ。翁の面がないよー」


「まだ、設置が間に合ってないんです。それと、業者からの提案で、もう一つの翁の面ですが、ここではバックアップ用に別区画に設置したいと言うのですが。よろしいですか?」


 七穂は白衣のポケットに両手を突っ込み、頭上に浮かぶ巨大な能面状のサーバーを見上げながら、少しばかり残念そうな顔で、諦めたように口にする。


「本当は三つ並べると壮観だと思ったんだけど。システムの安定性上の問題じゃ、仕方ないわね。いいわ、翁は別区画に設置して」


 三つ並べると壮観という感覚は全然わからない。というより、能面サーバーは、それ自体が不気味ではないのか。


 正宗が七穂の後ろを従いて回る土地神を見ると、何か怖いものを見ているようだった。

 土地神の顔は七穂と同じでも、感性は明らかに違うようだ。

「七穂さん。了解しました。そのように伝えます」


 七穂が能面サーバーから無数に飛び出す太い線の束を指差した。

「あと、このコードの束、どうにかならないの? せっかくの美的センスが台無しよー」


「コードは地表に設置された開発機器と繋がっていまして、本番稼動時には撤去されます」

「それならいいけどー」


 七穂は満足げに能面サーバーの周りを歩いていた。


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